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幸田文 どうぶつ帖

 以前も読んだ、平凡社から出ている幸田文さんのエッセイ選集を。久しぶりです。

幸田文 旅の手帖
幸田文 季節の手帖

幸田文 どうぶつ帖
幸田 文 / 平凡社

 幸田文さんは、動物が好きだった。何頭・何匹もの犬や猫を飼い、動物園に行くのも好きだった。そんな文さんが、飼っていた犬や猫のこと、動物園の動物たちを描いたエッセイを集めています。エッセイだけでなく、犬との日々を描いた「町の犬」、猫との日々を描く「あじの目だま」の小説2作も収録しています。

 動物、とりわけ犬と猫のことを書いているエッセイを集めたこの本。私も動物は大好きだ。犬も猫も、鳥も、なかなか行く機会はないけど動物園も好きだ。子どもの頃はセキセイインコと金魚を飼っていた。昆虫ではあるが、アゲハチョウを幼虫から成虫まで観察しつつ育てたこともある。動物たちのくりくりとした瞳、何かをじっと見つめる視線、愛くるしい仕草、様々な鳴き声…こう思うと、何も飼っていない今がちょっと寂しい。

 でも、動物、とりわけ犬や猫は「ペット」とされてきたが、彼らはれっきとした生き物であり、生命である。食べ、排泄もし、子孫も残す。飼っていた犬や猫のことを、愛情に溢れた文章で書きつつも、文さんは生き物であることを忘れさせない。決して、人間の「ペット」ではない。そんな想いも感じられました。文さんは動物そのものが大好きなのだなぁ、と。

 犬であれ猫であれ、飼っていると別れの時、死別の時が必ず訪れます。その描写も、心をわしづかみにされました。こちらは人間、あちらは犬・猫と同じ生き物でも種類が違う。でも、一緒に暮らし、毎日・生活を共にしていれば家族であり、パートナーだ(「ペット」は人間のためのもの、というイメージがある)。特に猫の「ふたつボン」での別れは、なんとも悲しい。最後の力を振り絞って家に帰ろうとした…この猫も「家族」だったんだ、と。

 どうぶつのエッセイということで、愛くるしい様が描かれているのかと思いきや、結構重めの内容もありました。でも、「深刻」「陰鬱」と思わせない文さんの文章。やっぱり文さんは動物が好きで、愛情を注いでいたのだろうと感じました。
by halca-kaukana057 | 2012-08-17 22:33 | 本・読書

幸田文 季節の手帖

 再び、幸田文のエッセイ選集です。
・前回の記事:幸田文 旅の手帖


幸田文 季節の手帖
幸田 文:著/青木 玉:編/平凡社/2010

 前回は旅に関するエッセイ選集でしたが、今回は季節に関するものを集めています。季節によって移り変わる気候、自然。それに合わせて変化する人間の暮らし。季節と自然と人間の暮らしのかかわり。文さんはその変化を、敏感に感じ取って、繊細な、細やかな言葉で表現している。文さんは本当に季節の変化を、身の回りのこと…天候・自然から、町の様子、人々の暮らしまでをじっくりと見つめていたのだろう。そして、発見したこと、感じたことを流すことなく文章にしてきた。文さんが生きこれらのエッセイを書いた時代から40年ほど経っているが、季節の変化を大事にする気持ちを、私達は忘れてはならない、後世へ日本の文化として伝えなければならないと強く感じた。

 特にそう感じたのが、「秋ぐちに」という一遍にある、座布団の話。座布団は縦と横の寸法が微妙(1寸か1寸5分)に異なる。縦が少しだけ長い。縦長にしく座布団のことを知らない人がいて、残念だと書いている。私もこの一遍を読むまで知らず、思わず家の座布団で確認してしまった。その座布団の縦長の違いを
「これはいわば先祖の残した美しさである。日常生活の道具でしかない座布団にも、一寸という幽かなところで、美しさを出さないではおかなかった先祖たちなのである。滅茶苦茶にしてしまっては、愛が足りないことだ。忙しい生活がやさしさを奪うので、人間がわるくなったとか、美しさがわからなくなったとか、悪く解釈してはいけまい。ただ、時世がかわるとか、様式がうつるとかいう大きなことは、こうした座布団の寸法、縦横、といったごく小さい美しさから、崩れ失われていくのだろうか、と考えさせられるのである。」
(113~114ページ)

 と書いているのを読んで、申し訳ない気持ちになった。座布団のわずかな寸法の違いは季節には関係はないけれども、そのわずかな違い・変化に気づかず通り過ぎてしまう、または、当たり前のものだと思ってないがしろにしてしまうことは、季節の変化に関しても同じなのではないか、と思ってしまった。

 この選集にも、父である露伴との思い出が綴られている。露伴も季節の変化を敏感に感じ、楽しんでいた。また、これは小説かと思うような、夢か現かわからないような文章もある。春の竹を描いた「いのち」、「藤の花ぶさ」、「風の記憶」、「緑蔭小話」など。季節は、自然は時に、不思議なものを見せてくれる。人間の想像を超えるような。

 最後に、今の季節に合う一遍を。「雪 ―クリスマス」。文さんの母の発案で、週に一度近所の子どもたちのために牧師さんを招いて集まりをしていた。そのクリスマスで、か弱い身体つきの幼い姉弟がいた。2人は静かな歌を歌うことになったが、歌声もか弱く、小さくて通らない。他の子たちがやじを飛ばしたりしていたが、2人は声は小さかったが、生き生きとした表情で歌っている。騒いでいた子たちも大人しくなり、2人の澄んだ歌声が響いた。歌が終わった後は拍手喝采だった。
「大勢のなかにいて自分の声を失わないのは強い。」
(164ページ)

 この姉弟のような姿勢でいたいと思う一遍だった。
by halca-kaukana057 | 2010-12-13 22:53 | 本・読書

幸田文 旅の手帖

 図書館でふと気になって、幸田文のエッセイを読んでみることにしました。とりあえずこの本から。


幸田文 旅の手帖
幸田文:著/青木 玉:編/平凡社/2010

 これまで、幸田文さんのエッセイを読んだことはありませんでした。幸田露伴の娘さんであることは知ってはいましたが、幸田露伴の作品を読んだこともないダメ日本人です…。もっと色々な近現代の文学作品に親しみたいと思う今日この頃。


 という話は今は置いておいて、読んで、文さんの文章に惹かれました。この本は数多くある文さんのエッセイの中から、旅に関わるエッセイをまとめたもの。編者は孫の青木玉さん。最後の初出一覧を見ていると、様々な雑誌などに文章を書き続けていたのだなと思う。感じたことや思ったこと、考えたことを書くのは、楽しいけれども難しい。どんな言葉を使ったらいいか、感じたことを全て書くのではなくどの部分を切り取ったらいいか…それは、自分の感じたことを誤解なく、読んだ人も同じことを感じられるようにするためのこと。それが本当に難しいと思う。自分自身の覚書ならまだいいが、雑誌や新聞に載り、誰かが読むことが確実な場合、自分自身が文章へ求めることのハードルは高くなる。文さんはそれを自覚していたのかどうかわからないけれど、旅の情景が頭の中に浮かびあがってくる、みずみずしい文章で、すーっとその世界に入り込んで行けました。入り込む…というよりは、包まれる、という表現が合うと思う。読んでいると、その文さんの観た風景が、今私がこの本を読んでいる場所にふわりと近寄ってくるような感じ。

 年譜を読むと、文さんは随分と苦労をされた方だと感じた。父である露伴とのこと、病気も何度もしている。収められているエッセイの中にも、病気の療養のために温泉宿へ行く作品がある(「雨」)。収められているエッセイのほとんどは、50~70代でのものだ。今は、60・70代…それ以上でも海外旅行は珍しくはない。しかし、文さんの文章からは年代を感じさせない。文章の中に齢のことが出てくることもあるけれども、気にならない。寧ろ、「そうだったの?!」と驚いてしまう。身体的な年齢ではなく、心の年齢のためなのかもしれない。文さんの文章からは、旅を丁寧に味わい、楽しんでいる様が伝わってくる。

 特に気に入ったのが、「朝の別れ」。旅先でお世話になった雑誌社の人との別れのひとこまと、帰途での想いを書いた作品なのだが、読んでいるこちらまでさびしく、切なくなる。一人旅でも、誰かとの旅でも、途中で誰かと別れる時、同じようにさびしさや切なさを感じることがある。住んでいる土地に戻って、またいつもの生活が始まる。仕事にも行かなきゃいけない。旅は楽しかった。でも、いや、だからこそ、名残惜しくて、さびしさや切なさを感じるのかもしれない。

 また、「あられ」もとても気に入った作品。北陸への旅で、タクシーの運転手さんとの会話にまつわるエッセイなのだが、そのタクシーの運転手さんの言葉の表現の巧さにいいなぁ!と思った。日本海側の冬の、北陸の天候・気象について、運転手さんはポジティヴな、柔らかな表現で文さんに紹介する。日本海側の冬の気候といったら、私もまず「陰鬱」という言葉が出てくる。重苦しい、暗い、寒い…。北陸と私の住む土地の気候はまた少し違うけれども、似ているところは数少なくない。それを、ネガティヴな言葉を使わず、それでもその天候をイメージできるような言葉で表現してしまった。あられについても、チャーミングな表現を使っている。自然や物事をじっくりと見つめ、みずみずしい文章で表現する文さんは、言葉の表現の巧さに敏感なのかもしれない。巧い人だからわかる、表現の巧さ。そしてそれをまた巧い言葉で誰かに伝える。文さんが数多くのエッセイを遺してくれたこと、それが数多く出版されていることに感謝です。

 この「あられ」に興味深い一文がありました。
愚痴をいうひまに、おもしろがれ (163ページ)

 運転手さんからあられの話を聞いて、あられが降ってくるのを期待していたのに、翌日は雨。しかも、旅先での雨。でも、文さんはそれまでの経験から、雨でも構わないと書いている。この姿勢は是非見習いたい。愚痴を言うよりも、いいところを見つけよう。ひとつだけ、ほんのちょっとのことでもいい。それだけでも、気持ちが変わってくるなぁと感じます。

 幸田文さんのエッセイで読みたいものがまだあるので、読んだらまた書きます。
by halca-kaukana057 | 2010-10-19 22:43 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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