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 読み進めています「魔女の宅急便」原作、5巻です。

・1巻:魔女の宅急便 (原作)
・2巻:[原作小説]魔女の宅急便 2 キキと新しい魔法
・3巻:[原作小説]魔女の宅急便 3 キキともうひとりの魔女
・4巻:[原作小説]魔女の宅急便 4 キキの恋

魔女の宅急便 5 魔法の止まり木
角野栄子/講談社・講談社文庫/2013
(単行本は2007年福音館書店、2013年福音館文庫)

 19歳になったキキ。これまで通り、コリコの町でお届けもの屋さんを続けている。とんぼさんも学校で昆虫や生き物の勉強を続けている。キキはとんぼさんからの手紙をたのしみにしているけれども、好きな昆虫の話ばかり。会えない日々も続いていて、不満を抱えていた。キキは新婦さんのためにベールのお届けものをしたり、町長さんに恋するウイさんの町長さんへのプレゼントを届けたり、そんなことをしているうちにキキととんぼさんの将来のことも考えてしまう。
 そんな中、ジジも白猫に恋をする。その頃から、キキとジジの関係、そしてとある出来事からキキの空飛ぶ魔法にも変化が…。

 キキが19歳、10代最後の年を迎えました。表紙も、扉絵イラストも、大人っぽくなりました。しかし、おてんばでやきもち焼きなところはまだまだ変わっていません。とんぼさんからの手紙は、相変わらず昆虫や生き物のことばかり。一方、キキは…女心ってやつですねぇ…。

 4巻の副題が「キキの恋」。5巻も恋・恋愛がテーマかと思いきや、それだけではありませんでした。キキの魔法に変化が起こります。まず、ジジとの会話。キキとジジは魔女猫言葉で会話している。ジジの声は、普通の人には猫の鳴き声にしか聞こえないが、キキはジジの言葉がわかるし、ジジもキキの言葉がわかる。しかし、ジジに恋人(恋猫?)ができ、ジジは魔女猫言葉で話しているのを普通の猫語に直そうとしている。普通の猫から聴くと、ジジの鳴き声は異なるものだった。魔女猫であるジジを、普通の猫の視点から見たら、聴いたらどう感じるのか。これが面白い。普通の猫とも違うものなのか…。キキがとんぼさんのことを想うのを時に冷ややかに見ていたのに、恋人の猫に惚れるジジもまた、恋は盲目状態。ジジ、人のことを言えない…w

 もうひとつの変化…キキがうまく飛べなくなってしまった。飛べないことは無いのだが、思い通りに高く飛ぶことができない。その原因はこの5巻の冒頭から出てくるのだが、「ほうきにおまかせ」のところで決定的になる。魔女にとって魔法とは何なのか。そして、思い通りに飛べなくなった理由の解釈も面白い。それが、5巻の副題の「魔法のとまり木」。

 私たち一般人も、様々な分野の第一線で活躍する人も、どんなに得意なことがあっても、スランプに陥ることがある。なぜかうまくいかない。いつも通りにやっているはずなのに、手応えがないと感じたり、不調に陥る・失敗ばかりしたりする。何とかしようと焦り、もがけばもがくほど蟻地獄のように更なるスランプにはまってゆく…。そんな時、原因は何だろう、どうしたらいいだろうと悩む。基本に立ち返ったり、開き直って休んだり、いつもと違うことをして息抜きをしたり。しばらくすると、あのスランプはなんだったんだろうと思うほど、元に戻って驚くことがある。もしかしたら、「魔法のとまり木」のようなことがあるのかもしれない。自分自身を省みる、見つめなおすために。長い目で見るために。

 そんな中でキキはひとつの仕事を引き受ける。デザイナーのサヤオさんのファッションショーを手伝うことに。このサヤオさん、とてもキザ。その態度に反感を抱くキキだが、話を聞くうちにサヤオさんの考えとキキ自身の考えが似ていることに気付く。魔女は、この世界に不思議があることを感じてもらう存在でもある。そしてサヤオさんのデザインしたドレスの色が、そんな世界の不思議と美しさを表現していて…この部分にとても惹かれました。
 あと、「海のかぎ」も。解明されない不思議があると謎を解きたくなりますが、そのまま不思議にしておくのもいいのかもしれない。

 そして、キキは20歳に。とんぼさんも学校を卒業し、卒業後の進路も決定。キキとの未来も…。

 次はいよいよ最終巻。15年後に一気に飛びます。
by halca-kaukana057 | 2014-05-02 21:46 | 本・読書
 実写映画が公開されている「魔女の宅急便」シリーズ(原作。ジブリアニメはまた別物)映画を観に行く予定はありませんが、原作を引き続き読んでいます。

・1巻:魔女の宅急便 (原作)
・2巻:[原作小説]魔女の宅急便 2 キキと新しい魔法
・3巻:[原作小説]魔女の宅急便 3 キキともうひとりの魔女


魔女の宅急便 4 キキの恋
角野栄子/角川書店・角川文庫/2013
(単行本は福音館書店、2004.その後福音館文庫、2012年)

 キキは17歳になり、コリコの街で今日もお届けもの屋さんの仕事をしている。とんぼさんはナルナの町の学校で、虫や生き物、自然の勉強をしている。夏になり、学校は夏休み。とんぼさんがコリコの街に帰ってくるのを楽しみに待っていたキキだが、とんぼさんは夏休み中、「雨傘山」という山に入って山のことを調べたいという手紙が届く。とんぼさんが帰ってこない、とんぼさんに会えないことにひどく落胆するキキ。
 一方、キキと同年代の仲良しのモリさんは、将来の夢のため、隣町のレストランに1ヶ月間住み込みで手伝いをし、料理を習いに行きたいと言う。そこで、弟の8歳のヤアくんをキキに預かってほしいと頼む。ヤアくんと夏を過ごすことになったキキ。ヤアくんはオソノさんの子どものオレくん、ノノちゃんと仲良くなり、毎日冒険をして遊んでいる。
 とんぼさんに会えず、お届けもの屋さんの仕事ではちょっとしたトラブルがあり、くすりぐさの刈り取りのことも忘れ…落ち着かないキキ。
 ある日、キキはお祭りで出会った同年代の友達の集まりに誘われる。しかし、お届けもの屋さんの仕事が入る。コリコの街から離れた遠いところへ向かうキキ。そのお届け先のザザさんは、キキにゆっくりしていって欲しいという。焦るキキ。そして、何故かほうきがなくなってしまう…。


 17歳。とんぼさんへの恋がメイン。表紙のキキも随分と大人っぽく、艶っぽくなりました。扉絵のキキととんぼさんのイラストもいい。
 しかし、17歳…まだ17歳。自分自身の恋心、欲望とうまく付き合えないキキ。とんぼさんは大好きな生物の研究に没頭して、夏休みなのに会えない。同年代のカップルが会うのを引き立てるお届けものをすることになり、嫉妬している。やきもち焼きなところは変わってません。その一方で、キキの評判は今もうなぎのぼり。同年代の若者たちと、お祭りで仲良くなり、魔女として注目の的になる。とんぼさんはいないけど、自分を認めてくれる、褒めてくれる、素敵だ・カッコイイと言ってくれる人たちがいる。…この時、キキは大事なことを見失っていました。

 キキの魔法は飛ぶこと。あと、くしゃみのお薬を作ること。これだけ。でも、「魔女」というだけで特別な存在に見られてしまう。キキ自身は、飛ぶことぐらいしか出来ない、大したことは出来ない、といつもは謙遜するのですが、この4巻の前半では、すっかり舞い上がっている。

 そんな時、山のほうに住むザザさんと出会う。自分を特別な存在と持ち上げてくれる友達との約束のため、早く帰りたい。でも、ザザさんは様々なおもてなしやお話をする。普段のキキなら、そんなザザさんのことを面白がるのに、うっとうしいと思ってしまっている。その時、キキに起こった大事件。置いたはずのほうきがない。ザザさんを疑い、ザザさんの家から逃げる。しかし、外は暗い森。何も見えないまま歩くも、うまく歩けず、身体も冷えてくる…そんな中で、キキが思い出したこと。暗闇の中で自分自身の心が見える、といいますが、まさにその状態。キキはいつしか、心の暗闇の中にいた。大切な人に会えない、仕事もうまくいかないと自分を見失い、自信を失っていた。自分を持ち上げてくれる友達がいても、それは満たされるものではなかった。17歳だからこそぶつかるようなキキの悩む姿と、そこから解放される様が清々しい。

 「夕暮れ路」の先の庭で会ったヨモギさんとのお話も印象的。以前もあったが、キキが運んでいるのは物だけではない。送り主から、受け取り人への気持ち・想いも運んでいる。ヨモギさんへ運ぶモノ、物質ではなく、キキの気持ち、キキの存在そのものだった。「夕暮れ路」は3巻で、歌手のタカミ・カラさんが歌うことを再開するきっかけになった場所ですが、また、この場所が特別なものになりました。読んでいると、光がきらきらしている樹木が美しい小路をイメージします。絵にしたら、どんな路になるのだろう?
 その夕暮れ路での出来事の後、キキが話した言葉が心に留まりました。キキが愚痴を言わなくなった、というジジに対して、
「ダメのつぎは、ダメじゃないわ。トンネルのむこうはいつだって光があるのよ」
「でも永遠にダメってことはないわ。わたしは、そう思うの」
(203ページ)


 そして、この4巻の最後は…恋から愛情を自覚する。母・コキリさんが体調を崩して寝込んでしまう。恋はいつか、愛情に変わる。キキにとって大切な人はとんぼさんだけじゃない。コキリさんがどうなってしまうのか…まさか、まさか…私も不安で、ページをめくりました。先輩魔女として、母として、そしてキキを導く存在。いつかは、その時が来るのだろうと思うと辛いが、キキはコキリさん、そして父・オキノさんからも、愛情・愛することを学んでいる。コキリさんの言葉も、深く深く読みたい。
「そうね、いっぱいしようね。おかあさんの思い出、話してあげるね。出会えて、生まれて……思いかえすとたのしいことばかり。でもね、すぎた日の思い出も魔法だけど、これからつくる思い出こそ魔法なのよ」
(248ページ)


 またひとつ大人になったキキ。それにしても、モリさんの成長も清々しい。立派、立派過ぎるほど…こんな立派でしっかりした人間にはなれないよと思ってしまうが、その境遇を考えると、自然な成長なのかもしれない。モリさんにも注目しています。
 5巻も読むのが楽しみです。
by halca-kaukana057 | 2014-03-10 22:26 | 本・読書

時の旅人

 先日読んだ、上橋菜穂子さんのエッセイ「物語ること、生きること」の中で上橋さんが子どもの頃に読んだ作品として紹介されていた本です。気になったので読みました。
物語ること、生きること


時の旅人
アリソン・アトリー:著/松野正子:訳/岩波書店・岩波少年文庫

 ロンドンに住む夢見がちな少女・ペネロピーは体が弱く病気がち。療養のため、ペネロピーは母方の親族が暮らしている田舎のサッカーズ農場へやってきた。サッカーズ農場には母方の先祖が代々暮らしており、現在は大おばのティッシーおばさんと、バーナバスおじさんが暮らしていた。ティッシーおばさん・バーナバスおじさんにあたたかく迎えられたペネロピーは、自然豊かな農場での暮らしを好きになる。そして、ティッシーおばさんの家系が代々暮らしてきた屋敷が、かつて16世紀にはアンソニー・バビントンという領主の屋敷だったことを知る。そのアンソニーは、幽閉されていたスコットランド女王であるメアリー・スチュアートを逃がそうとして、メアリーの従妹であるエリザベス1世によって処刑されてしまう。
 その話に興味を持ったペネロピーは、ちょっとした偶然から、16世紀のバビントン屋敷に迷い込んでしまう。そこで、屋敷に仕えていたティッシーおばさんの祖先であるシスリーおばさんの姪として、ペネロピーはバビントン屋敷で働くことになる。アンソニーやアンソニーの奥方、アンソニーの弟のフランシスたちと心を通わせながら、ペネロピーはアンソニーとメアリーに起こる悲劇への過程を見つめる…。


 岩波少年文庫としては厚めで、内容も現在(20世紀初めごろ)と16世紀を行き来し、イギリスの歴史が絡んでくる読み応えたっぷりの本でした。

 あらすじの通り、タイムトラベルものなのですが、何か決まったことをすれば過去へ行ける、というものではない。今と過去が重なっていて、片方の時代の声や音楽、人々の影などが聞こえたり見えたりする。最初は普段とは異なる屋敷のドアを開けると過去に入りこんでいたペネロピーも、だんだん何もしなくてもいつの間にか過去にいた、というように現在と過去を行き来するのが面白い。

 旅行で歴史的建造物・史跡や、私の住んでいる町にある歴史を知ることのできる場所を訪れると、その当時ここはどんな場所で、どんな人々が暮らしていたのだろうか、と想いをめぐらすことがある。歴史上の人物が暮らしていた場所となれば、その人物や家族、周囲の人々は普段はどんな暮らしをしていたのだろうか。歴史に残る大きな出来事が起こった場所ならそのことも想うが、同じようにその出来事が起こるまでの過程や、起こった後のこと。21世紀の現在に至るまで、この場所はその歴史をどう伝えてきたのだろうか…そんなことを想う。なので、歴史を感じられる場所は大好きです。

 この物語の舞台となるサッカーズ農場・バビントン屋敷は、普段はティッシーおばさんたちが暮らしている屋敷・農場。しかし、500年前にはイギリスの王位継承をめぐる出来事があった場所でもある。その場所に、過去もあり、現在もある。ペネロピーは過去へ行くことが出来るが、好きなように、ペネロピーの意志で行けるわけではない。過去に行きたくても、行けないのだ。そして、アンソニーやメアリーに起こることを知っている。アンソニーがどうなってしまうか、知っているけれども変えることはできない。時間はどんどん過ぎ行き、事件へと向かってゆく。それでも、ペネロピーはこの時代が好きになり、アンソニーやバビントンの奥方様、フランシスたちと信頼関係を築いてゆく。特にフランシスとはとても親しくなる。物語が進むに連れて、その時間の流れが切なく、つらい。

 この物語はイギリスの歴史だけでなく、イギリスのキリスト教(メアリーやバビントン一族はカトリック)、20世紀初めごろと16世紀のイギリス文化・芸術・民俗も絡んでくる。理解しきれていないところも多いまま読んでしまったのだが、それでも面白かった。何より、サッカーズ農場の自然の美しさ。さまざまなハーブが生い茂り、そのハーブを使って料理をする。川で魚を釣り、農場の牛の乳やそれで作るバター。自然豊かな暮らしの描写に惹かれた。身体が弱く病気がちだったペネロピーも、そんな自然の中で、更に16世紀の世界で元気を取り戻してゆく。こんなところで暮らせたらなぁ…と思ってしまった。

 過去はただ過ぎていってしまったわけではない。今現在でも、場所がその過去を記憶している。また、イングランド民謡「グリーンスリーブス(Greensleeves)」が過去と現在を繋ぐ鍵となっていて、作中でも何度も歌われる。ロンドンで流行っている歌とフランシスが歌うシーンがあるのだが、調べてみたら、実際16世紀ごろに生まれた民謡だった。その歌詞を読むとまた切なくなる…。これまで何気なく聴いてきたが、これからはこの物語無しには聴けそうにない。



 最後に、ペネロピーがフランシスに語った言葉が印象に残っているので、引用します。
「私は未来の者、未来に生きている者なの」と、私はもう一度いいました。「そして、未来は私たちのまわりにあるの。ただ、あなたには見えない。私は過去の者でもあるの。過去にも生きているのよ。だって、こうしてあなたと過去を共にしているのだから。未来も過去も、両方ともが”今”なのよ。」
(177ページ)

by halca-kaukana057 | 2014-02-27 21:47 | 本・読書
 旅の思い出の続きです。1日目、スカイツリーにのぼるつもりも大雪でのぼれず。ソラマチでお買い物などしていました。そして私も友人たちも行きたかったところへ。「ムーミンハウスカフェ」。ソラマチの1階にある、「ムーミン」のカフェです。

◇公式サイト:ムーミンカフェ

 ムーミングッズなどの販売もしていますが、カフェは1時間以上待ちでした。人気あるんだなぁ。

 ようやく中へ。
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 内装。ムーミンのキャラクターのぬいぐるみがあちらこちらにありました。可愛い。そして、2枚目、フィンランド国旗も。おおう、テンション上がる。

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 メニューの一部。ムーミンのふるさと、フィンランドはコーヒー消費量世界一のコーヒー大国。そんなフィンランドでコーヒーを飲む時の豆知識も書いてありました。フィンランド語で。おおう!ムーミンのキャラクターだけかと思ったら、結構フィンランド色強い。メニューには、このブログでも書いたフィンランドのホットワイン「Glögi(グロギ、グロッギ)」もありました。しかも、アルコール入りとアルコール無し両方。更に更に、以前一度だけ入手して飲んだ、フィンランドの白スグリのスパークリングワイン「ELYSÉE No,1」(エリゼ)もありました。凄い。たまらん。飲みたいと思いましたが、アルコールは昼間なのでやめました。

 頼んだのがこれ。
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 ミルクたっぷりのラテ。ムーミンのキャラクターを描いてくれます。ムーミン、ミィ、スナフキン、ニョロニョロから選べます。飲むのにかき混ぜるのがもったいなかったです…。
 他にも、ムーミンの形のパンケーキなどもあります。
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 スプーンやフォークにもムーミンのキャラクターが。ムーミンママとスノークのおじょうさん(アニメではフローレン)

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 荷物を入れるバスケットに、「Kiitos!」(フィンランド語で「ありがとう」の意)と!見逃しませんでした!こちらこそKiitosです!

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 お土産は、フィンランドから輸入したポストカード、ムーミンのスプーン。飲み物を注文するともらえるコースター。スニフでした。

 現在も販売中の「MOOMIN'S SOUP サーモンミルクスープ」は、このムーミンカフェの監修。店内でも販売していました。

 外は雪。「ムーミン谷の冬」で、冬眠の途中で目がさめてしまったムーミンを思い出します。雪の日にムーミンカフェでフィンランド気分もいいものです。

 …これでN響のシベリウスにも行けたら完璧だったのに…(まだ言っている

【過去関連記事】
・「ELYSÉE No,1」(エリゼ)について:Hyvää joulua! Suomalainen joulu
フィンランドのホットワイン「Glögi」を作ってみた
↑ムーミンカフェのレシピとは異なります

ムーミン・フィンランドサーモンミルクスープを食べてみた
 全国のコンビニ、スーパーで販売中です。
by halca-kaukana057 | 2014-02-14 21:20 | 旅・お出かけ
 小説「魔女の宅急便」シリーズ、読み続けています。3作目です。2作目から間が開いてしまいました。
・1巻:魔女の宅急便 (原作)
・2巻:[原作小説]魔女の宅急便 2 キキと新しい魔法

魔女の宅急便 3 キキともうひとりの魔女
角野栄子/角川書店・角川文庫/2013
(単行本は2000年・福音館書店より。その後2006年福音館文庫に)

 キキがコリコの街にやってきて4年目。キキは16歳に。お届けもの屋さんも、くしゃみの薬も、コリコの街の人々にすっかり馴染んでいた頃。ある日、おソノさんのパン屋さんに不思議な、変わった少女がやって来る。黒い服を着た少女。それから、キキやおソノさんの周りで不思議なことが起き始める。そしてその黒い服の少女…ケケという12歳の少女が、キキが住む部屋に転がり込んできた。ケケは自分を魔女だといい、キキの「魔女のしるし」は何だと問う。更に、魔女はひとつの街にひとり、ということも昔からの決まりとは何なのかと問う。困惑しつつもケケと暮らすことになったキキ。更に、奇妙な依頼で「おわりのとびら」という謎めいた本を預かることになってしまった。ケケは、キキの暮らしの中で天真爛漫に動き、ジジやおソノさんやとんぼさんたちとも親しくなり、不思議なことが起こる。キキはケケが何者なのか、そして何をしようとしているのかわからず心が乱れてゆく…。

 2巻で魔女としてもっと成長したいと思い、くすりぐさを育て、くしゃみの薬をつくり人々に配りはじめたキキ。それから1年後、キキも16歳になりました。そんなキキの前に現れたケケという12歳の女の子。この3巻は最初読んで、ケケが一体何者なのか、ケケに振り回されるキキを見ているのがつらくて、よくわからなかった。その後何回も再読して…未だにケケが何者なのか、ケケは「魔女」なのか、魔女だとしたらどんな魔法を使えるのか、謎の本「おわりのとびら」は一体何なのか、「おわりのとびら」の言葉は何を言おうとしているのか…わからないことだらけなのだが、わからないままでもいいのかもしれない。

 どこからやってきたのかもわからない。神出鬼没、天真爛漫、キキしか知らないようなことも何故か知っている。そして、ジジやおソノさんやとんぼさん、飛行クラブの人たちなどキキと親しい人々とも親しくなり、コリコの街の人々の間でももうひとりの魔女がいると評判になる。ケケがいると何か不思議なことが起こり、それがケケの魔法なのかもよくわからない。魔女かと問えば、逆にキキの魔女のしるしは何なのかと聞かれてしまう。ケケの存在そのものが、キキの暮らしや仕事にも影響を及ぼし、キキは困惑するばかり。キキはケケのことが気になり、落ち込みがちになる。そんなキキの不安を見抜いたジジとも大喧嘩をしてしまう。ケケが許せないのか、まだ12歳のケケに振り回されていると思っているキキ自身が許せないのか…。どんどんネガスパイラルに落ち込んでいくキキを見ているのがつらかった。このキキの気持ちはわかる。いきなり出てきて、人の部屋に居候し、それまで順調だった仕事や毎日の生活がその存在で変わっていき、親しい人とまでいつの間にか親しくなっていて、自分がそれまで誇りと思っていたものに口を出す、文句を言う…。随分と酷く書いてしまいましたが、最初読んだ時はそんな風に感じてしまいました。たとえ年下だろうと何だろうと、こんな存在が自分の前に現れるのは御免だ。厄介だ。

 と、読んでいたのですが、何回か再読して、ケケの視点だったら、と考えるようにもなりました。ケケ自身、自分が何者なのかよくわからない。はっきりと自分が魔女だとわかっている。親しい人も沢山いる。その魔法で街の人々の役に立っているキキが羨ましくもある。サバサバと気ままにやりたい放題やっているように見えるけど、その心の中では何を思っているのか。見えてこないところが、さみしい、もの悲しくもある。

 キキとケケは、お互い鏡のような存在だったのかもしれない。キキはケケに出会って、それまで出したことのない自分の一面を出してしまった。疑いや嫉妬、欲、競争心。ケケはキキの仕事熱心で素直な面、そしてケケにないある存在のことで、キキを羨ましいと思っていた。

 そして、キキが悩みに悩んで掴んだひとつの結論。ケケに振り回されていると思っていたが、それはキキ中心の考え方。そのキキ中心の考え方から解放され、キキが自分の本当の気持ち…コリコの街、コリコの人々、そしてとんぼさんへの想いをはっきりと自覚したシーンは印象的です。

 2巻までの雰囲気とは少し違うのに私が困惑しましたが、ケケという存在でキキがまた大人になってゆくことが、愛おしく思えます。嫉妬や疑い、競争心や欲、不安、暗さ…思春期から大人になる過程できっと通る道をキキも通っていたんだな。
 私は大人になった今も、そんな通る道を行ったり来たりすることがたびたびあります。年齢はいい大人なのに。こんな気持ちになりそう、なってしまった時、またこの本を読もうかと思います。「おわりのとびら」のように。

 あと、この3巻の鍵になるのが、歌手のタカミ カラさん。カラさんの歌も思い出したい。カラさんの歌に曲がつくならどんなだろう、カラさんはどんな歌声をしていのだろう。そんなことも想像しました。
by halca-kaukana057 | 2014-01-16 22:39 | 本・読書
 クリスマス・イヴなので、クリスマスらしい作品を。
 先週、NHKFM「青春アドベンチャー」で、ディケンズ「クリスマス・キャロル」を放送していました。興味があったので聴いてみた。原作は読んだことがなかったので、簡単なあらすじだけ頭に入れて聴きました。
NHK:NHKオーディオドラマ:青春アドベンチャー「クリスマス・キャロル」
原作:チャールズ・ディケンズ、脚色:吉田小夏、音楽:森悠也
出演:伊武雅刀、戸田恵子、平田広明、井上裕朗 他
 クリスマス前日。強欲な老商人スクルージは、甥のフレッドにパーティに誘われるが例年どおり「くだらない」とはねつける。その夜、かつての共同経営者で7年前に亡くなったマーレイの亡霊が出現。「これからお前を、三人の精霊が訪れる」と予告して去って行く。精霊たちがスクルージに見せたものは…。
 世界文学史上でも屈指の人間嫌いスクルージに訪れる「クリスマスの奇跡」を描いた文豪ディケンズの古典的名作を、今あらためてオーディオドラマ化してお送りする。


 聴いて、面白かった。古典作品、ファンタジー性も古典的だけど、オーディオドラマなので、聞き手が幽霊のマーレイや、3人のクリスマスの精霊たち、スクルージの表情を想像するのがより楽しい。オーディオドラマ向きの作品だと思った。戸田恵子さんの語りが愛嬌と哀愁を帯びていて、伊武雅刀さんのスクルージはまさにスクルージの雰囲気。音楽も、クリスマスキャロルの歌、鐘などの音の演出も印象に残る。とても面白かった。

 ということで、原作も読んでみました。

クリスマス・キャロル

チャールズ・ディケンズ/村岡花子:訳/新潮社・新潮文庫


クリスマス・キャロル

チャールズ・ディケンズ/ 池 央耿:訳/光文社・光文社古典新訳文庫


 書店にこの2つの訳があったので、両方を読んでみました。昔からある村岡花子訳の新潮文庫版と、光文社古典新訳版。

 物語に関しては、19世紀のイギリス・ロンドンが舞台なのに、そんなに古臭く感じない。近現代のテクノロジーは出てこないけど、クリスマスそのもののお祝い、そしてその精神には変わりはないのだな、と。日本ではロマンスが先行しがち。または、わいわいとパーティーで飲んで食べる。もしくは、家族であたたかい食卓を囲む。クリスチャンなら教会で祈りをささげる。仕事でそれどころじゃない人。関係ない人。どれも、その人なりのクリスマスの過ごし方。私はこうしてひとりブログを書いている。

 主人公のスクルージは守銭奴な老人。クリスマスなどくだらない、そんなことより仕事しろ、金を稼げと考えている。クリスマスを祝おうとする甥や会社の書記がクリスマスを祝おうとすると全否定。そこへ、ともに仕事をしていた亡きマーレイの幽霊がやってくる。マーレイが死後、生きていた頃、目の前の自分の利益だけにとらわれ死後それが重荷になってスクルージの前に現れた時も引きずって、旅を続けている、と…。そんなスクルージの考えを、考えが導くであろう未来を阻止するため、マーレイは3人のクリスマスの精霊をスクルージの前に連れてくる。かつてはクリスマスを純粋に祝っていた子どもの頃・青年のスクルージ。しかし、いつしか屁理屈な守銭奴になってしまい、恋人とも別れることになってしまう。そして現在。会社の書記のボブとその家族のつつましくもあたたかな暮らしとひとつの不安。屁理屈だけど憎めないと自分のことを話す甥。スクルージの心が動き始める。

 私も一度、スクルージのようなクリスマスを迎えたことがある。学生時代、恋人がいる人は恋人と過ごし、いない人は皆で集まってパーティーをしていた。一緒に過ごす人もいない、パーティーに行くのも億劫…人に会いたくない。クリスマスで騒いで何が楽しい?お金もかかるし。料理もいつものものでいい。それよりひとりにしてほしい。そう思って、勉強があるから…とパーティーを断った。読んでいて、そのことを思い出した。

 過去のクリスマスの記憶、現在の自分のいないところで身近にいる人がどんなクリスマスを過ごしているか…それを目の当たりにしたスクルージの心に変化が表れる。スクルージは、ケチで屁理屈な守銭奴だが、悪い人ではない。会社をマーレイと起こし、マーレイが亡き後も真面目に仕事をしてきた。貧乏ではないが、生活も切り詰めている。とても生真面目で、自分自身と、モノ・お金の管理に厳しい。周りにも厳しいので、そこが煙たがられてしまっている。スクルージも庶民、人間なのだ。冷血で無慈悲のようにみえるが、心の中にはあたたかいものを持っている。

 そして、最後の精霊が見せたもの…。スクルージと、書記のボブの家族の運命…。

 現在のクリスマスの精霊が説く言葉が印象に残っています。「無知」と「欠乏」、そして「破滅」。何が、それらを私たちの心の中に芽生えさせる、呼んで来るのか…。あのパーティーを断ったクリスマスの時にも、私の心には現在のクリスマスの精霊が説く言葉が、芽生えていたのだろう。

 クリスマスの精神…クリスマスの日限定のものではない。人々への優しさ、あたたかさ。そんな気持ちを呼び起こしてくれる作品です。
 ちなみに、光文社新訳版の解説に、ディケンズは庶民の目線で、庶民の側に立った作品を書いたということで、日本で言えば山本周五郎とたとえられていてなるほどと思った。もし、山本周五郎がクリスマスの物語を書いたら、どうなっただろう?こんな感じになっただろうか。勿論、山本周五郎は20世紀の作家で、主に書いていたのは時代物、クリスマスなんて縁の無い作家でしたが…。

 原作だけだとイメージしづらいところもあるので、青春アドベンチャー・オーディオドラマ版も聴いてより楽しめました。

 では、皆様もあたたかいクリスマスを。
by halca-kaukana057 | 2013-12-24 23:48 | 本・読書
 今日は、十三夜・栗名月。昨日は台風で雨。今日も降ったりやんだりの雨の一日。でも夜になって、晴れてくれました。山では雪が降った寒い夜の空に、月齢12の満月に向かう月が輝いています。

 そんなお月見の日に、この本を。再び福音館書店「たくさんのふしぎ」からです。

福音館書店:たくさんのふしぎ 2011年2月号
「月へ行きたい」(松岡徹:文・絵)
満月の夜、男の子は、月へ行く方法を、あれこれと考えはじめました。巨大な橋を月へわたすのもいいし、風船でとんで行くのもいいなぁ……。さてさて、そんなことで、男の子は月へ行けるのでしょうか? 人類が旅したいちばん遠い場所、月まで38万キロの旅へ、いざ出発!


 月を観て、きれいだなぁと思う人。もっと月をよく見てみたいなぁと思う人。そして、月には何があるんだろう、どうなっているんだろう、行ってみたい、と思う人。この本は、月への行き方について書かれた絵本です。

 月へ行くには、まず地球の重力を振り切って、宇宙へ出なければならない。宇宙へ出るにはどうしたら?すぐさま「ロケット」という答えが返ってきそうですが、何故ロケットでなければならないのか。そんな疑問にも、やさしく答えてくれます。宇宙に行くには、ロケットの仕組みについて、子どもにもわかりやすく解説した本といえば、あさりよしとお「まんがサイエンス2 ロケットの作り方おしえます」「なつのロケット」ですが、この本もいい。漫画と絵本、両方から、ロケットについてアプローチできるので、是非両方とも。

 そして、地球と月の距離も問題。38万km…遠いですが、どのくらい遠いかを身近な単位や乗り物で換算した例えも面白い。発想がユーモラスで、これは子どもたちも楽しめそう。

 地球の重力を振り切って宇宙へ飛び出し、人を乗せて38万kmの距離を往復できるロケット…アポロ宇宙船のサターンV型ロケット。その大きさ、どれだけ燃料が必要なのかを解説したページが、とてつもなく巨大だと思わせてくれる工夫をしていて、私もこんなに大きいんだよなぁ…と思う。そして、ロケットの中身のそのほとんどが燃料であることも。

 これまで月に人を乗せて行ったことのある乗り物はロケットだけ。でも、まだ研究中だけど、別の方法もあるんじゃないか。
1.重力をふりきって地球からとびだせる
2.きびしい宇宙の環境から身を守れる
3.宇宙でもすすむ力をつくれる

 この3つの条件を満たせば。そんな未来の乗り物も紹介しています。「イカロス」のソーラーセイル(宇宙帆船)も出てきます。研究中・試験中の乗り物から、SFの世界のものまで。一見へんてこで「こんなものもあるのか」とちょっと笑ってしまったものもある。ソーラーセイルも元々はSFの世界のもの。だから、今はへんてこだなぁと思っていても、100年、200年後にはもしかしたら実現しているかもしれない…。

 著者の松岡徹さんは、画家・芸術家。宇宙工学方面の方ではない。勿論、宇宙工学を専門としている企業・大学・JAXAの先生方の協力も得ている。描いた人が宇宙工学の専門、もしくは宇宙工学にとても詳しい人ではないからこそ、こんな楽しい発想の絵本を描けたのかもしれない。巻末の言葉を少し引用します。
あの頃より便利な暮らしができるようになったけど、ぼくたち大人はすてきな未来の話をあまりしなくなってしまいました。心配なことはたくさんあるけれど、未来をほんとうにすてきで平和なものにできる第一歩は、やっぱり楽しい想像をたくさんすることだと、ぼくは今も思っています。

 ロケットで宇宙に行くことも、最初は想像の中のものでしかなかった。それを、想像を膨らませ、研究と技術開発を続け、ロケットは宇宙への輸送手段となった。ソーラーセイルも同じく。「イカロス」は技術実証機だけれども、近いうちにもっと大きな、遠くまで行けるソーラーセイルが出来るだろう。楽しい想像をしながら、今日の月を眺めようと思う。

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なつのロケット
by halca-kaukana057 | 2013-10-17 22:01 | 本・読書
 先日も「たくさんのふしぎ」を取り上げましたが、今回も。

福音館書店:たくさんのふしぎ 2013年9月号
 「生きる」(谷川俊太郎:詩、岡本よしろう:絵)

 谷川俊太郎さんの詩「生きる」に、岡本よしろうさんの絵がついた、詩の絵本です。恥ずかしながら、「生きる」の詩を読んだのは初めて。詩が発表されたのは40年以上前。それなのに、全く古さを感じない。寧ろ、今、現代の詩なんじゃないかとも思う。普遍のテーマなのだと思う。

「生きているということ
いま生きているということ」

 この一節から始まり、何度も繰り返される。「いま」、「生きている」ということはどんなことか。言葉で情景が語られる。その情景はなんてことのない、よくある日常。特別なことはない、毎日ありそうなこと。でも、それが「いま生きているということ」なんだ。

 嬉しいことや幸運なことがあって、「生きててよかった」と思うことがある。その一方で、日常のふとした瞬間の、例えばきれいな虹や青空の飛行機雲を見たとか、誰かの優しさ・あたたかさに触れたとか、そんな何気ない瞬間に「生きている」と実感することがある。死んだら、見られない、触れられない、わからない…かもしれない。死んだらどうなるかわからないから、よくはわからない。でも、その「生きている」という実感は、きっと、「いま」に触れたからだと思う。

 「いま」はすぐに過ぎ去り過去になる。「いま」と言っても、一瞬。これを書いている「いま」も、もう「いま」じゃない。時間は止められない。止められないけれども、言葉に書く、絵に描くことなどで再現・表現は出来る。それは正確な「いま」じゃないけど、「いま」を後から見つめることは出来る。

 「いま」に触れ続け、「生きている」。過去を悔やんだり、未来を心配したりするより、まず今を大事に生きよう、という言葉をよく耳にする。これが、私はよくわからずにいた。今も、まだよくわからないところがある。理解しきれていない。過去のことを後悔することは頻繁にあるし、未来を心配に思うこともしょっちゅうだ。過去も未来も、どちらもいつでも考えることは出来る。そのうちその後悔も薄れ赦し、未来に希望も持てるようになる。でも、「いま」を「生きている」のはこの「いま」だけ。「いま」考えたこと、思ったことは、すぐに消えてしまって思い出せなくなることもある。どんなに強烈な「いま」も、時間が経てば薄れてゆく。「いま」は二度と来ない。「いま」に触れられるのは「いま」だけ。そう思うと、理解できるかな…と思う。

 谷川俊太郎さんが語る「生きる」。特別なことは書いてないのに、心にじんわりと、愛おしく思う。特に、20ページからの街の風景が好きだ。様々な人がいて、それぞれの「いま」があり、それぞれの状況の中で「生きている」。いいこともあるし、辛いこともある。それが、日常、「いま」を「生きている」ことなのだと思う。

 巻末の谷川俊太郎さんの言葉にも、なるほどと感じました。

 使い慣れてきた万年筆でこの詩を書き写しています。読むだけでなく、書き写す。さらにじっくりと味わえます。
by halca-kaukana057 | 2013-10-16 22:20 | 本・読書
 引き続き読んでいる原作「魔女の宅急便」シリーズ。2作目です。
・1作目:魔女の宅急便 (原作)


魔女の宅急便 2 キキと新しい魔法
角野栄子/角川書店・角川文庫/2013(単行本は福音館書店/1993)

 キキがコリコの街にやってきて、お届けもの屋さんを始めて2年目。キキは相変わらず忙しくコリコの街を飛びまわります。帰る途中でキキと同い年ぐらいの女の子・モリさんとやんちゃな弟・ヤアくんに出会います。お届けものも、動物園のカバや不思議なかばん、森の窓に散歩まで。そんな中、一通の黒い封筒を届けることになりますが…。その時から、キキはお届けもの屋という仕事、魔女である自分自身のことに思い悩むようになります…。

 コリコの街は相変わらずユーモラスで、どこかおかしい。でも、そんなユーモラスな中に、その後のヒントが隠されていたりして、こうなるとただ「おかしい」では片付けられなくなってしまう。そして、この2作目はキキがより大人になり、仕事について、魔女である自分について思い悩むことが多い。ジブリアニメ版でも、途中でキキが飛べなくなってしまったが、原作2作目は似ているようだけれども違う。

 キキが唯一使える空を飛ぶ魔法をいかしたお届けもの屋さんの仕事を始めて、ものだけでなく人の気持ちも運んでいることに気がついた。送り主の、誰かを喜ばせたい気持ち。困って何とかして欲しい気持ち。届け先の、贈り物に喜ぶ気持ち。困っていたところに届けてもらって、助かったという気持ち。優しさや喜び、そして感謝が込められている。キキもその気持ちに応えるべく、仕事をしてきた。2作目で出会う様々な人々…遠くの島へ未知の動物を探しに行っている探検家の夫に、子どもの写真を届けたい奥さん。病院に入院していて、入院する前にいつも散歩していたコースを愛用の杖と一緒に散歩して欲しいというおじいさん。身体が弱って食べられなく区なってしまった年老いた姉に、子どもの頃食べた思い出のりんごを届けて欲しい時計台の時計屋さん。それぞれの想いがあって、その想いに応えようとするキキ。想いに触れ、お届けもの屋の使命を果たす決意を強くする。…この3つのお話は、特に心に訴えるものがあります。

 しかし、そんなキキの想いが揺らぐ仕事が舞い込む。一通の黒い封筒。その封筒に込められたある想い、届け先もポジティヴに受け取れない…。
 人間は善意だけではい。悪意もある。善意を出したいけど、悪意に裏返ってしまうこともある。お届けものも、善意だけではない…。
 そして、「魔女」であるキキ…コリコの街の人々には最初は怖がられたり関心を持ってもらえなかったものの、お届けもの屋の仕事で、知名度も好感度も上がったと思っていた。しかし、昔からの「魔女」のネガティヴなイメージも消えたわけではない。大きなコリコの街には、様々な人がいる。「魔女」としての自分。一般の人間から見れば確かに特殊かもしれないけど、キキが使える魔法は空を飛ぶことだけ。しかも、それは万能ではない。キキから見た「魔女」と、コリコの街の一般の人々から見た「魔女」のギャップ。そのギャップを埋めるには?「魔女」として、自分に他に出来ることとは?

 このキキの悩み、そしてそれが空を飛ぶことにも支障をきたしてしまった。仕事をしていて、キキと似たようなことを思う。仕事で関わる人に伝えたいことがあって、喜んでもらいたい、困っているなら手を貸して力になりたい。結果、善意やポジティヴな方に向くように仕事をしたいと思っている。感謝されると、嬉しくなり、この仕事をしていてよかったなと思う。
 しかし、仕事は楽しいことばかりじゃない。寧ろ、嫌なことの方が多い。仕事で関わる人に、自分が失敗して迷惑をかけてしまった、困らせてしまった。怒らせる・挑発するつもりは無いのに、相手が怒ってしまった。逆に私が怒りや苦しみを感じてしまった。想いがすれ違って、伝えたいことが伝わらない。本当に仕事の悩みは尽きない。仕事したくないな、もう帰りたいな、辞めたいな…何度も思う。

 「魔女」であるキキの魔法も、特別なこと、と言うよりも、人それぞれの特技・得意なこと・資格・専門分野とも読める。それを活かしたくて仕事しているはずなのに、全然違う仕事を任されてしまったり、やりたい仕事が出来なかったり…。ここも思い悩むところ。

 そんなキキが、その後の仕事を通して出した答え…サブタイトルの「新しい魔法」。自分に足りないものを、仕事している中から見つけて、挑戦してみようと思う向上心。キキの成長が本当に清々しい。

 働くことで、失うこともあるし、得られるものもある。この物語では、魔女は「もちつもたれつ」で暮らし、仕事をしても御礼はお金・代金ではないところがいいなと思う。勿論、現実の現代社会では働いてその分収入がないと生活していけないけれども、この物語で「収入」を外すことによって、働くことで得られるものはお金だけじゃないことを明確にしている。児童文学というのもあるけれど、児童文学だからこそ。大人になって働いた時、この物語のことを思い出して欲しい、と思う。…高校・大学ぐらいまでに読んでおきたかった…。今でも遅くはないですけどね…。


 文庫も第4作まで出ています。まだまだ続きます。
by halca-kaukana057 | 2013-10-08 22:58 | 本・読書

魔女の宅急便 (原作)

 ジブリアニメで、特に好きな作品は?と聞かれたら、「魔女の宅急便」は必ず入ります。キキが奮闘し、悩みながらもお届けもの屋さんの仕事をし、壁にぶつかり、成長してゆく姿は何度観ても素敵ですし、感動します。「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」(調べて、このキャッチコピーが糸井重里さんによるものだと初めて知りました!)の言葉も大好きです。

 と書いておいて、今まで角野栄子さんの原作を読んでいなかった。読もう読もうと思いつつ。そしたら、角川文庫から文庫版が。いい機会だから読もう。


魔女の宅急便
角野栄子/角川書店・角川文庫/2013(単行本は福音館書店・1985)

 13歳の少女、キキ。キキのかあさん・コキリさんは魔女。とうさん・オキノさんは普通の人間、魔女や妖精のことを研究している民俗学者。3人は小さな町で暮らしていました。魔女になる少女は、13歳の満月の夜、ひとり立ちをして、魔女のいない町でひとりで暮らし始めます。キキも相棒の黒猫・ジジと一緒に、満月の夜ほうきに乗って旅立ち、コリコという大きな海辺の街にたどり着きました。キキが使える魔法はほうきで空を飛ぶことだけ。ひとり立ちした魔女は、自分の魔法で人の役に立ち、少しものをわけてもらうおすそ分けで暮らしていかねばならないのです。キキは、親切にも泊まるところも分けてもらったパン屋さんの粉置場で、お届けもの屋さんを始めます。

 …こう書くと、ジブリアニメとあらすじは大体同じに見えますが…結構違います。旅立った後、キキがどうやってコリコの街にたどり着いたか、コリコの街でお届けもの屋さんを始めて、どんな仕事をするか…。あと、キキのキャラクターデザインが、原作ではロングヘアです。ジブリ版のショートカットも可愛いけど、原作のロングヘアも可愛い。

 原作は、ジブリアニメ版よりも、ユーモラスでゆったりとしていると感じました。「まにあわせ屋さん」のすみれさんの歌や雰囲気、毛糸の腹巻きのお話、コリコの街の大晦日のある大イベントなど。これは原作の物語だからこそ味わえる(アニメにしたら、この味がうまく出ないような)お話だなと感じました。

 その一方で、「魔女」であるキキに対しての、コリコの街の人々の視線や、13歳の少女でもあるキキの一面にも惹かれるものがあります。
 「魔女」に初めて出会うコリコの街の人々。その「魔女」のイメージは、不思議な魔法で悪いことをするようなもの。また、大きな街では、人々は忙しく、魔女だろうとなんだろうと構っていられない。コリコの街に降り立ったキキが、街の人々から投げつけられた言葉が、私もショックに聞こえました。それでも、パン屋のおソノさんをはじめ、キキのことを好きになってくれる人もいる。キキが使える魔法は空を飛ぶことだけ。その空を飛ぶことも万能ではなく、ドジをしたり、困ったことに巻き込まれたり。キキは「魔女」だけど、特別過ぎない「魔女」だと感じられる。これに関しては、キキがひとり立ちして1年目、里帰りできる時になり、里帰りをしてコキリさんに話した言葉が印象的です。
 そして、13歳の少女としてのキキ。空を飛ぶ研究をしている少年・とんぼさんに出会い(その出会いは散々でしたが)、あるとんぼさんの一言が頭から離れなくなる。その一方で、あるお届けものを頼みに来た少女・ミミに対してのキキの感情の揺れが、13歳なのだなと感じます。いや、大人になっても同じ。ただ、キキとミミの素直さ、正直さがとても清々しいです。

 原作、とても面白いです。これは全巻読みます。文庫は第3作まで出ています。第2作はもう読みました。第3作はまだ読み始めです。

魔女の宅急便 2キキと新しい魔法 (角川文庫)

角野 栄子 / 角川書店



魔女の宅急便 3キキともうひとりの魔女 (角川文庫)

角野 栄子 / 角川書店




 ちなみに、もともとの福音館の単行本も、イラストが可愛いです。文庫版のイラストは現代っぽいですが、単行本のイラストも可愛いです。

魔女の宅急便 (福音館創作童話シリーズ)

角野 栄子 / 福音館書店


by halca-kaukana057 | 2013-09-24 22:34 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


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