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ルチアさん

 気になっていた本です。児童文学、ですが、読んでみると…

ルチアさん
高楼 方子:作/出久根 育:絵/フレーベル館/2003

 「たそがれ屋敷」と呼ばれる家に、奥さまと2人の娘、2人のお手伝いさんが暮らしていた。屋敷は鬱蒼と茂った木で暗く、奥さまも痩せてうつむき憂鬱そうに見える。旦那様は外国航路の船乗りで、滅多に家には帰ってこなかった。2人の娘は上の子がスゥ、下の子がルゥルゥ。そんな「たそがれ屋敷」に、もうひとりお手伝いさんがやってきた。名前はルチアさん。スゥとルゥルゥは、ルチアさんを見て、ルチアさんが水色に光っているように見えるのが不思議だった。それは、お父様が海の向こうから帰ってきた時にお土産にくれた、きらきら輝く水色の玉の「宝石」に良く似ていた。そして、ルチアさんは特別おしゃべりと言うわけでは無いのに、周囲の雰囲気が明るくなるようで、またルチアさん自身も、事件に巻き込まれても動じず朗らかに仕事を続けた。そんなルチアさんの秘密を探ろうと、スゥとルゥルゥはこっそり夜道を帰るルチアさんの後を追う。隣町の、ルチアさんの家と思われる家の前で、ルチアさんの娘のボビーと出会い、ルチアさんが何故水色の「宝石」のように光っているのか尋ねるが…

 不思議なお手伝いさん・ルチアさん。
 鍵となるのが、スゥとルゥルゥの「宝物」の水色の玉。その「宝物」と、ルチアさんの秘密と、ルチアさんのおじさんが大切にしていたあるものの関係。それを知ったボビーは、これまで何とも思わなかった母・ルチアさんや、その他関係のありそうなことについて考え始める…。

 ここまであらすじばかり書いてしまった。ルチアさんが本当に不思議で、私も惹かれていった。私なら「今日こんなことがあった、最悪だ…」と何日も愚痴を言いそうなことにも、穏やかに動じない。その一方で、「今日こんなラッキーなことがあった。すごい、嬉しい!!」と満面の笑みで喜びそうなことでも、やっぱりいつも通り。いつも朗らかで、噂(多分ゴシップネタも好きかもしれない)お手伝いさんのエルダさんとヤンガさんも、ルチアさんがやってきてから変わりだす。憂鬱そうな奥さまも。心の中にある、憧れやきらきらした思いを打ち明けたくなる。


 「心の中にしまったなにかしら輝くような思い」。その一方で、日々の暮らしの細々としたこと。水色の「宝石」、ルチアさん自身が表しているもの…「どこか遠くのきらきらしたところ」を思い、満たされながら、「ここ」にいるけど、同時に「どこか」にもいる。

 私は、よく「こんな毎日から抜け出したい」と思っている。日々の暮らしや仕事の細々としたことに悩み、苦痛に思い、そんな毎日が続いてゆくことも苦痛に思う。退屈に思え、嫌なことも多い毎日にも、小さな幸せはある、見つけようと思えば見つけられる…同感、そう思うこともあるけど、その「幸せ」で心が満たされる時間は短い。またすぐ現実に引き戻され、ため息をつく。だから、こんな毎日を抜け出したい、と思う。そして、ここじゃない遠くには、憧れるものや強い幸せを感じるものがある。憧れのフィンランドに行ってみたい、シベリウスの家”アイノラ”に行きたいとか、星がきれいに見えるところで思う存分星見・天体観測したいとか、大好きな演奏家のコンサートに行きまくりたいとか、読みたい本を思う存分読みふけりたいとか…。お金に困らない暮らしがしたい。もっとやりがいのある仕事がしたい。行動力と体力が欲しい。抱えている体調不良が治り消えれば、どこへだって行けるのに…。いつも何かに縛られている気がして、自由になれない。その縛っているものがなくなればいいのに…。こんな風に、「どこか」に憧れる、が、手は届かず、「ここ」には不満ばかり持っている。

 だから、「どこか遠くのきらきらしたところ」が心を満たし、「ここ」で毎日勤勉に働き暮らしながらも、同時に「どこか」にもいる。「どこか」と「ここ」がひとつになる。そんな幸せがあるのなら…そうなりたいと思った。そうなるにはどうしたらいいだろう?でも、それが本当に幸せなのだろうか?読みながら考えていました。

 「どこか」と「ここ」がひとつになる。それはとても難しいことだ。毎日の「ここ」での暮らし・仕事が精一杯、「ここ」が全ての人。「どこか」を捜し求める人。どちらの暮らしがいい・悪いとは言えない。「どこか」と「ここ」がひとつになる暮らしも。理想と思うけれど、完全によいとも言えない。ネガティヴなことをネガティヴと思えないのもどうなのだろう…と。
 私はどちらでもない。「どこか」を捜し求めたくても、「ここ」に”縛られている”と感じている。これもまた、自分は悪い・辛いと思うけれども、そうとは限らないかもしれない。”縛られている”という意識が消えれば、心は楽になれるんじゃないか。

 とても不思議で、深く、心の奥底に後からじんじんと響いてくる物語。高楼方子(たかどの・ほうこ)さんの作品は初めて読んだのですが、他の作品も読みたくなりました。絵の出久根育さんは、梨木香歩さんの絵本「ペンキや」の絵も描かれた方。表紙にちょっと不気味なものを感じたのですが、中のイラストはきれいで幻想的です。

ペンキや

ペンキや

梨木 香歩:作/出久根 育:絵/理論社/2002


 この本ももう一度読みたい。この「ルチアさん」と共通する部分もある。
by halca-kaukana057 | 2013-07-17 22:54 | 本・読書

チェロの木

 久しぶりに絵本です。

チェロの木
いせ ひでこ:著・イラスト/偕成社/2013

 「わたし」のおじいさんは、森の木を育てる仕事をしていた。とうさんはヴァイオリンやチェロをつくる職人。少年時代の「わたし」は、とうさんのつくったチェロを弾くチェリストに出会った。また、「わたし」はおじいさんが木を育てていた森に行くのが好きだった。そこで、森の音を聞くのが好きだった。

 表紙の絵で引き込まれました。そして、中を観てますます引き込まれました。透明でやわらかい絵から、音楽が聞こえてくるようです。

 触ったことはないのですが、ヴァイオリンやチェロ、ヴィオラ、コントラバスなどの弦楽器には憧れます。その形も美しいし、音色も煌びやかなヴァイオリンから、甘くあたたかいヴィオラ、渋く時につややかなチェロ、オーケストラをその低音で支えるコントラバス。クラシック音楽だけでなく、ジャズやポップス、民族音楽でも幅広く活躍する。そして、その音色の元となる、木の色、艶。ストラディヴァリウスのように、何百年経っても、むしろ時が経てば経つほどその音色に深みが出る。弦楽器の魅力です。チェロは、楽器を抱くように演奏するスタイルが、また魅力です。ピアノにはそこまでの「近さ」はないなぁ…。

 ヴァイオリンやチェロの職人である「わたし」の父。祖父は森で木を育てる人。そして、父がつくったチェロを演奏するチェリスト。「わたし」は、森に行き、森の木々や風の音、鳥の声などを聞く。そして、森は天候や四季でその表情を変える。そんな森で育った木が、加工されてヴァイオリンやチェロ等の楽器になる。楽器になって、森で聞いた音を歌っているのかもしれない…その部分でハッとしました。何百年経っても、音色に深みが出るのはそこなのかもしれない。樹齢の分聞いた音を、楽器になっても音色として歌い続けているのかもしれない。

 音楽は自然から生まれる。音楽の先生は自然。それは誰もが会うことができる。…これは、宮川彬良さんの言葉なのですが、これも思い浮かべました。
(参照過去記事」:音楽が生まれて、還るところ 「宮川彬良のショータイム」第8回(最終回)
 この最後「風のオリヴァストロ」の部分。「コンチェルタンテⅡ」のテーマ曲でもある「風のオリヴァストロ」。新日本フィルとのコンサートでは、森の演出の中でこの曲が演奏されます。生で聴きたい…!)

 そして、祖父、父、チェリスト、「わたし」と、森と木とチェロと音楽、そして人は、繋がって続いてゆく。後半の流れがいいなと何度も読み返しました。

 チェロが聴きたくなる、特にJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲」が聴きたくなります。もしくは、森に行きたい。自然に触れたいです。
 少し前から波の音や、森の中の小川のせせらぎの音、小鳥のさえずり、雨の音など自然音を聴くのが多いのですが、この本を読んで、自然の音楽なんだなと感じています。
by halca-kaukana057 | 2013-07-10 22:49 | 本・読書
 しばらく読んだ本の感想を書いていませんでした。なかなか時間が取れなかったり、心身の調子が悪くて読書がはかどらなかったのが理由です。あと、書く時間が無かった、書く心の余裕が無かったのも。これから少しずつ書いていきます。

 少し前、南大西洋の海底に、沈んだ幻の大陸”アトランティス大陸”の跡かもしれないものが発見された、というニュースがありました。そのニュースで紹介されるのは、ジュール・ヴェルヌ「海底二万里」。そしてNHKでは、この「海底二万里」を原案としたアニメ「ふしぎの海のナディア」も。そういえば、子どもの頃リアルタイムで「ナディア」を観ていた時、毎回のオープニングの最初に出てくる「海底二万マイル」(アニメではこちらの表記)がどんな作品なのか、ずっと気になっていました。しかし、読まぬまま時は過ぎ…。
 昨年新潮文庫で新訳が出たので、これは読まねばと買い、ニュースを見て読み始めました(その間積読…)

海底二万里(上)

ジュール・ヴェルヌ/訳:村松潔/新潮社・新潮文庫/2012


海底二万里(下)

ジュール・ヴェルヌ/訳:村松潔/新潮社・新潮文庫/2012



 時は1866年。大西洋を航海していた船が、謎の巨大な何かに遭遇、目撃していた。パリ自然史博物館教授であるピエール・アロナクスも、その謎の巨大な何かが生き物なのか何なのか、考えていた。イッカクか?アロナクス教授は使用人のコンセイユとともに、高速フリゲート艦エイブラハム・リンカーン号に乗りこむ。そして、ついにフリゲート艦はその巨大な何かと遭遇。しかし、それと衝突し、アロナクス教授とコンセイユ、そしてクジラの銛撃ちの名手であるカナダ人・ネッド・ランドは海に放り出されてしまう。死に物狂いで何かにしがみついた3人は、それが例の巨大生物であることに気づく。しかし、それは生き物ではなく、鋼鉄で出来た潜水艇だった。その潜水艇・ノーチラス号の中に入れられ、アロナクス教授はその船長・ネモと出会う…。


 これが100年以上も前に書かれた作品とは…!ジュール・ヴェルヌのSFにもっと早く出会っておくべきだった…と感じました。その後、アロナクス教授たちはノーチラス号で海底の旅へ。世界のあちらこちらでの海の、生物たちの描写が詳しく、面白い。時には潜水服を着て、海底散歩へ。博物学にやけに詳しいコンセイユの反応が楽しい。コンセイユが本当にいい使用人で、コンセイユの出番を待ち遠しく思ってしまうw

 その一方で、ネモ船長はアロナクス教授たち3人を”捕虜”とした。ノーチラス号の中は自由に歩けるが、もう二度と地上には返さない、と。憤慨するのはネッド。海洋探検が楽しいアロナクス教授も、ネモ船長とノーチラス号の別の面を垣間見て、思い悩む。ノーチラス号の乗組員たちは聞いたこともない言語で会話し、衣食住の全てを海の恵みで成り立たせている。3人が一度島に上陸し、食べ物を探し、狩りをした以外は、魚介類ばかり食べている。そして、海は興味深い生物や地形だけを見せてくれるわけではない。難破船の残骸、ノーチラス号でも通過するのに危険な地帯、そしてネモ船長とノーチラス号の目的。謎めいたネモ船長の内面・過去・やろうとしていることと、未知の海の鮮やかな姿の対比が、ネモ船長のかなしさや暗さを際立たせる。

 SFとして、科学・技術ものとして読むのも、海洋探検ものとして読むのも、アロナクス教授たちとネモ船長の対比の物語として読むのも、どう読んでも面白い。

 この新訳は、完訳であることも勿論ですが、刊行された当時のエデュアール・リユーの扉絵、アルフォンス・ド・ヌーヴィルの挿絵も全て収めています。福音館もこの挿絵を収録しています。
by halca-kaukana057 | 2013-06-20 23:04 | 本・読書
 昨年12月に出て、読んだ漫画です。1巻からずっと読んできて、いよいよ完結へ。感想を書くと物語が終わってしまいそうで、なかなか書けずにいました。でも、書きます。


本屋の森のあかり 12(完)
磯谷友紀/講談社・講談社コミックスKISS/2012

 実家・青森での杜三の父の葬儀に出席したあかり。葬儀の途中、実家で父との思い出を語り、その後ひとり涙する杜三を抱きしめるあかり。その葬儀の後、2人はねぶた祭りへ。山川書店への転職を控え、杜三と会うのはこれが最後かもしれない…ともう一度告白。その時、杜三に見えた世界は…。

 あかりが杜三に最初の告白をしたのが3巻。その時振られ(振ったというよりも、杜三のはちょっと違う)、微妙な関係になったりすれ違ったりの2人。あかりは須王堂書店から出ることがほぼ決定。ソウル支店の店長である杜三との距離はますます離れるだろう。その前に、もう一度…。

 その後の杜三に見えた世界の描写がいいなと思いました。この物語の主人公はあかりだけど、鬼レベルの本の虫である杜三が、本の中の世界と、外のあかりや緑たちがいる現実世界に向き合い、外に踏み出す過程を描いた作品でもあると思う。3巻であかりが告白した時と同じ、萩原朔太郎「猫町」と、7巻であかりと栞が話していた「バベルの図書館」で、杜三の心の変化を描いている。
 私も、杜三と同じように、本の世界にずっといれたらいいなと思うことはある。仕事や人間関係など、現実で嫌なことがあった時、ふと本に手を伸ばす。読んで、本の世界に浸っていると、嫌なことなんて忘れてしまう。現実世界に戻ってくるとため息をつきたくなるが、嫌な気持ちは少しやわらいでいる。もう少しがんばってみようか、とか、本からヒントを得られる時もある(何気なく選んだ本が、その時の自分が求めていることが書かれている…「本に呼ばれる」瞬間と私は呼んでいる)。
 杜三の「こんなことをさせていたとは…2回も すみません」(34ページ)このあかりの気持ちを察し、実感した言葉。ようやくあかりに、「人」に向き合った杜三。私も、本ばかり読んでないで向き合う時は向き合わなきゃな。

 そして、あかりの新生活がスタート。スタート直後から波乱です。63・64話の「秘密の花園」(バーネット)、私も好きな物語です。花園と、メアリーやコリンが再生してゆく姿に勇気を貰えます。その本を買いに来た女の子とお母さんとあかりの会話の部分に、なるほどと思いました。「秘密の花園」等の海外名作ものは、訳がとにかく多い。子どもの頃は気にしなかったけど、大人になって再読、もしくは初めて読む時に、どの訳がいいんだろう…?と悩むことがよくある。完訳版で読みたいけど、どれが完訳版なのか。表記してあればいいけど、表記していないのもある。困った…。と思いつつも、この女の子のように、好きな物語は何度でも読みたい。ずっと読みたい。装丁や訳が違うものも読んでみたい。
なんだか娘の良い芽をつんでしまうとこだったなぁって
絵もこっちのほうが大人っぽいし この子も成長したんだなぁって思いました
そうよねー 好きな物語って いつまでも好きなものよね
(90ページ)

 このお母さんの言葉に共感です。読む本で、自分の成長も感じられたらと思う。

 そして、山川書店であかりが引き継ぎ目指す「顔の見える本屋」。そんな本屋さんがあれば、何度でも通いたい。あかりのように話しかけてくれなくても、本の配置や品揃え、ポップなどの雰囲気で「この本屋さん好きだな」と感じる本屋さんがある。それも、「顔の見える本屋」なのかもしれない。あかりのように話ができればベストだけど。

 そして最終話。この物語を読み続けたのは、本が好きだということもあるし、その本に近い存在であり一度は憧れてしまう存在である書店員さんたちの書店での本と共に生きる日々にいいなと思ったから。最終話は、そんな想いが溢れていて、原点だなぁと感じました。

 番外編も2作。緑の「夜間飛行」(サン=テグジュベリ)と、栞さんの「長い冬」(ワイルダー)。緑君は11巻感想で書いた通り「できる人」だけど、「できる人」なりの悩みや抱えているものがある。「夜間飛行」…新潮文庫版のを読んで持っていたのですが、人にあげてしまった。また読みたくなった。ああ。また買おう。そういえば、緑君があかりの影響で「十五少年漂流記」を何冊も買ってしまったシーンが以前ありましたね…w
 栞さんも転勤、新しい地へ。密かに恋心を抱いていた宮森への想いを断ち切り、新しい道へ。栞さん、いい方向に進んでいけるようで。あと、装丁のデザイン…私も好きです。
 緑君編で少し出てきた、潮見さんの「変化」…驚きました。まさかそうなるとは…。でも、潮見さんにとってはいいことだと思う。うん。


 さて、この作品を読んでいて、5巻の「本に出会って、人に出会う」、そして「生きていくうえで、本がそばにあって欲しい」と私は感じてきたのですが、先日新聞に直木賞を受賞した朝井リョウさんのエッセイが載っていました。ちょっと引用します。
思い出や記憶の中の、ほんの、小さな点のようなもの。自分だけの経験、記憶だと思っていたもの。そういうものを細やかに描写すると、不思議と、たくさんの人が共感をしてくれる。「私だけ」と「万人の共感」は実は隣り合わせにある。その事実に、私はこれまで何度も救われてきた。
 本に向かって前のめりになるようなあの瞬間。そう、そうれ、それ思ってた!自分だけじゃなかったんだ!
 本の中には、そんな発見がたくさんちりばめられている。あの感覚は小さかったころの私の心を強く強く支えてくれた。ひろいひろいこの世界で、自分はひとりではない、のかもしれない、という甘い輝くような予感が、本からはいつだって薫っていた。
(中略)
 「私だけ」は「万人の共感」。私は先ほどそう述べた。それならば、「今、このときだけ」は「誰の心の中にも、永遠にありつづけること」にもなりうるのではないか、と思ったのだ。


 私も同感だ。本を読んでいて、「わかる!」「自分も思ったことある」、または「経験はしたことはないけど、イメージできる。わかる気がする」そんなことをよく思う。しかも、現代小説やエッセイだけじゃなくて、古典文学や海外の作品、ファンタジーやSFなど現実世界にはないもの。あまり読まないけど、ミステリーやホラーでも。詩や短歌・俳句も。本・文学作品は、この社会の投影でもあるし、筆者の目線で見た社会でもあるし、想像の世界でもある。人間から生まれたことは確かだ。「本に出会って、人に出会う」。本が、人をつなぐこともあるんだと思う。著者とも、家族や友人など周囲の人々や、これから出会う誰かとも。そして、「生きていくうえで、本がそばにあって欲しい」…朝川さんの仰るとおり、「万人の共感」というのもあるし、物語の登場人物に自分や誰かを投影してみたり。本の世界に浸ることそのものが、エネルギーの元となることも私は多い。

 これからも、私は本と、このたくさんの人がいる世界で生きていく。そんなことを考えさせてくれた、「本屋の森のあかり」磯谷先生に感謝の気持ちを伝えたいです。ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。

 物語は終わりましたが、ある意味終わってない。この物語に出てきて読みたいと思った本を…これから読んでいきます。沢山あるぞーw

・11巻:本屋の森のあかり 11
 1巻から、「文学」タグで探すと探しやすいです。
by halca-kaukana057 | 2013-01-29 23:40 | 本・読書
 昨年読んだ本の感想を書ききれてない…読書カテゴリでは、しばらくは昨年読んだものについて書く予定です。昨年は大河ドラマ「平清盛」を1年通して観ていたのですが、観て古典文学にも興味を持った。高校の時の教科書や資料・参考書を引っ張り出して読んでいたが、もっと読みたい。教科書には出てこなかった作品も読みたい。でも、古典文学の世界は広大…さてどうしよう…と思っていた時に、本屋さんで見つけた本です。
・音楽中心に書きましたが「清盛」話:音楽で語る・振り返る「平清盛」


つらい時、いつも古典に救われた
清川 妙/早川茉莉:編/筑摩書房・ちくま文庫/2012

 著者の清川妙さんは古典文学に関するエッセイや、「万葉集」「枕草子」などの講座、講演活動をされている方。子どもの頃から古典文学に親しんでこられたそう。きっかけは百人一首。子どもの頃から親しんでいれば、古語にも抵抗なくどんどん読んでいけるのかなぁ。古語の響きはとても好きですし、口語とは異なるニュアンスも、これが日本古来のもの、”日本人の心”と感じて好きなのですが、文法に慣れないと難しいと感じてしまう。中学・高校の古典の授業は、受験向け文法の問題を解くのも多くて、そこはあまり楽しくなかったなぁ…。それを思うと、今は小学校から古典文学に”親しむ”ようになっていて、NHK教育で「おはなしのくに クラシック」という小学生向け古典文学番組(学校放送なので学校で教材として使われることを前提としています)もある。時代は変わったなぁ。私もこんなところから古典文学を始めたかった。

 本のことから話がそれました。この本では、清川さんのこれまでの著作から、「枕草子」や「徒然草」「万葉集」を中心に紹介、現代に生きる私たちにも描かれている情景や心情、心の持ち方は通じるということが書かれています。

 この本でなくても、古典作品を読んでいると「昔の人も、今と同じようなことを考えていたんだな…」と思うことがよくある。季節の移り変わり、自然、天候、人々の姿、人との関わり、恋愛、生きること…。全く同じではないけれど、根底にあるものは同じなんだなと思う。そのような身の回りのことを和歌に詠んだり、随筆や日記として書く。その視点・目のつけ方、著者が感じたこと、考えたことが、今の自分にも「わかる」と思える。「いいな」「いいよね」と同意、納得する。

 また、その目の付け所に驚かされる。科学技術が発達し便利になった現代では見落としてしまいがちな、ささやかな四季の移り変わり、身近な光景、夜の暗さと月・星の明るさ(これは、一度でいいからこの時代の夜空を観てみたいと思う。光害が全く無い夜空の星と月…どんな風に見えるだろう)。小さな発見に心から驚き、喜び、楽しんでいる様。「枕草子」の清少納言の、好奇心と繊細で機敏な感覚に溢れる文章は、確かに読んでいる側も楽しくなってしまう。

 楽しさだけではない。かなしさ、さみしさ、わびしさ、むなしさ…そんな場面や心情も豊かに表現される。ここも、「今と同じだなぁ」と思うところがたくさんある。

 読んでいて、古典文学をますます読みたくなる本でした。私も、古典にもっと親しみたい。音楽ならクラシック音楽に親しんでいるのに(でも、「クラシック音楽」と一言で言っても、古典文学に当たる「クラシック音楽」はどの時代までだろう?バロック、古典派あたり?ロマン派も入るかなぁ?時代は19世紀と、古典文学から見ると随分新しいけど…わからなくなってきた…)。まずは親しみやすいものから、色々読んでみよう。

・NHK教育(Eテレ)「おはなしのくに クラシック」について:学校放送注目の新番組2選 「おはなしのくに クラシック」&「メディアのめ」
by halca-kaukana057 | 2013-01-08 22:46 | 本・読書
 図書館で書架を眺めていたら、目に付いて気になって借りてみた本。

散歩のあいまにこんなことを考えていた
松浦 寿輝/文藝春秋/2006

 芥川賞も受賞した(受賞作品は「花腐し」)作家で、詩人で、フランス文学者。名前も知らない作家さんでした。調べてみたら、NHKで放送されたアニメ「川の光」の原作者と。意外なところで繋がった。

 その松浦さんが雑誌に掲載した文章をまとめたエッセイがこの本。日常のこと、身の回りのこと、愛猫のこと、住んだ町のこと、文学のこと、教鞭をとっていた大学(東大)でのことなどが、どれも短い文章で書かれている。読んでいて、共感する、自分も同じようなことを思うと何度も思った。日常のことや身の回りのもののこと、町のこと…目の付け所が似ている、と。本についている栞になる紐(「スピン」と呼ぶのだそう)についてのところでは、深く頷いた。町に関するところでも、坂や路地、川に私も惹かれる。その文章の中には文学作品も色々と出てきて、作家は(松浦さんは)こんな視点で町を観ているのだなと考えたりする。

 そして、好きな本がヒュー・ロフティングの「ドリトル先生」シリーズとのこと。なんと。私は大人になってから「ドリトル先生」シリーズを読んだので、月3部作もすんなりと読んだ(宇宙天文好きであることもある)。その月3部作についての読み方が、なるほどそういう読み方もあったか、と気づかされた。そこもドリトル先生の魅力だなぁ。
 更に、以前から気になっている(梨木香歩さんが紹介していた)本の、ケネス・グレーアムの「たのしい川べ」。ますます読みたくなった。他にも、アーサー・ランサムの物語は読んだことがないが読みたくなった。私にとって、読書案内にもなっている。

 芸術家について語る「”candeur”について」についてもなるほどと思った。芸術家に必要なのは「才能」のほかに、「天真爛漫さ」と「根性」。確かに、そういう芸術家に惹かれる。

 松浦さんの小説はこのエッセイとは随分と違う作風らしい。小説家が見せる違う面。松浦さんの小説を読んだら、このエッセイをどう感じるだろう?読んでみようかな。
by halca-kaukana057 | 2012-12-05 23:47 | 本・読書

おじいさんのはやぶさ

 今日は、小惑星探査機「はやぶさ」が、小惑星イトカワへ2度目のタッチダウンを行った日。2005年のことでした。ネット中継は観れなかったけど、「はやぶさ」がどうなったのか、心配していたのを思い出します。以下、ISAS公式twitterから。

【11月26日の出来事】2005年の今日、「はやぶさ」が小惑星イトカワへ第2回目のタッチダウンを行いました。降下の際には、88万人の名前が刻まれたターゲットマーカがイトカワ表面に見事着地していることも確認しました。 http://t.co/SbXlwQ8N
posted at 11:48:58

(つづき)残念ながら試料採取のための弾丸は発射されませんでしたが、帰還後、カプセル内の微粒子がイトカワ由来のものであると確認されました。 http://t.co/HvpfRkAW
posted at 11:49:33


ISAS:宇宙科学研究所:「はやぶさ」小惑星のサンプル採取成功に確信 88万人署名入りのターゲットマーカも発見!
 ↑当時のプレスリリース。まだ弾丸が発射されていなかったと発表する前のものです。

 そんな日なので、「はやぶさ」関連本を。先日の「はやぶさ」大図鑑の記事の最後に紹介した、「はやぶさ」の絵本です。
小惑星探査機「はやぶさ」大図鑑


おじいさんのはやぶさ
間瀬 なおかた:作・絵/川口淳一郎:監修/KKベストセラーズ/2012

 タイトルには「HAYABUSA2070」とも。「はやぶさ」帰還から60年後の未来の物語です。人類が宇宙に進出し、「ぼく」は地球から遠く離れた「ドームシティ」で生まれ暮らしている。おじいさんが造った新しい宇宙船で地球に行こうと、「ぼく」たち家族は出発。おじいさんの新しい宇宙船がある宇宙港へ。その宇宙港にあった、おじいさんの宇宙船とは…。

 宇宙が舞台のSF絵本。宇宙港や宇宙船は柔らかなタッチで描かれていて、こんなSFもいいなぁと思う。そこに出てくる「おじいさんの宇宙船」と「はやぶさ」。「はやぶさ」がこんな形で出てくるとは驚きました。まさか、です。

 でも、注目するところはもっとたくさんある。「おじいさんの宇宙船」に乗って、地球へ向かう「ぼく」たち。太陽系の惑星たちのそばを通り過ぎ、火星や月には人類が暮らしている。これから約60年の間に、この絵本のどこまで実現できるだろうか、とも思うし、実現できていたらいいな、とも思う(2070年…長生きすれば私も生きているかも)。太陽系大航海時代が実現している時代…考えるだけでワクワクする。

 そして地球に到着して、再び「はやぶさ」が出てくる。そう、太陽系大航海時代の最初の一歩を踏み出したのが「はやぶさ」。おじいさんが語る「はやぶさ」の思い出。そして2070年、60年後。このおじいさんのように、今10代前後の子どもたちには、「はやぶさ」は遠い宇宙を目指すことを象徴している存在だと思う(大人の私にも)。夢物語じゃなくて、少し歩いて手を伸ばせば届く距離にある。「はやぶさ」のことを語り継ぎながら、新しい未来をつくる。つくっていって欲しい。先をどんどん見て、進み続けて欲しい。「夢」(実現できるかどうかわからないもの)の一言では、片付けられない。最後の間瀬なおたかさん、川口先生のコメントも読みながら、強く思います。

 絵本ということで、多くは語りません。手にとって、読んでみてください。読み聞かせなら就学前のお子さんとも楽しめます。
by halca-kaukana057 | 2012-11-26 22:54 | 本・読書
 輸入食品のお店に行ったら、素敵なお菓子を見つけました。
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 マリメッコのがま口ポーチと一緒に撮影してみた。
 ムーミンのイラストがパッケージのチョコレート。フィンランドのお菓子メーカー・Fazer(ファッツェル)社のもの。はい、フィンランド発、フィンランド製です。由緒正しいフィンランドのムーミンのチョコレートです。イラストはムーミン、スノークのお嬢さん(アニメ「楽しいムーミン一家」だとフローレン)、ミィ、スニフの4種類。あれ、スナフキンは?ムーミンパパ&ムーミンママは?ニョロニョロは?(挙げたらキリがないw

 Fazer社のチョコレートは、青森県立美術館の春の特別展「フィンランドのくらしとデザイン展」中に、ミュージアムショップで売っていました。普段Fazer社のお菓子を私の地域ではなかなか手に入れられないので、嬉しかった。それが、今回、ムーミンチョコレートは店頭で売っていた。さすがはムーミン。
・フィンランド展の記事:”心地よい”を求めて 「フィンランドのくらしとデザイン展」本編
 ↑この他にも、番外編などの記事もあります。

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 食べてみた。ミィのを開けてみた。

 チョコは硬いのかと思いきや、やわらかい。味もさらりとした甘さ。美味しい。後から甘みが来る感じ。フィンランド展で買ったチョコレートとはまた違う味です。

ドリーム・ぽけっと 食品 【ムーミン】Fazerファッツェルムーミンチョコレート(24本入り)
 ↑24本入り…!箱で欲しいw

 輸入食品のお店にあるかも。探してみてね。私もまた買いに行きますw

 ちなみに、ムーミンのお菓子でこれも気になる。
hokka /北陸製菓株式会社|ウインター柄ボトル入りムーミン谷のビスケット木いちご
 ムーミンのキャラクターの形のビスケット。ビンが可愛い!この他にも、北陸製菓さんのムーミンシリーズのお菓子はどれも美味しそう。近所で見つからないかなぁ。フィギュア付きのこれが可愛い。
ムーミンズティータイム
by halca-kaukana057 | 2012-11-12 22:44 | フィンランド・Suomi/北欧
 教育テレビというと、子ども向け番組の割合が大きいように思えますが…学校放送も大事な枠。好きな番組は、新旧色々あります。今年度始まった番組の中から、私のお気に入りの番組を。

【おはなしのくに クラシック】
 日本や世界の名作物語、民話、絵本を、俳優さんたちの「語り聞かせ」で楽しめる「おはなしのくに」(小学校1~3年)。その「おはなしのくに」に、古典・漢文に特化した「おはなしのくに クラシック」が登場。新学習指導要領の“伝統的な言語文化”の指導に沿って、古文や漢文に親しむことを目的とした番組。「ひょうたんからコトバ」でも、故事成語や短歌・俳句のコーナーで古文・漢文に親しめますが、こちらは古典作品そのものを味わい、親しむ番組。
 毎回タレントの語りで、原文の響きを楽しみつつ、現代語訳(「竹取物語」では江國香織だった)もわかりやすい。第1回の「枕草子」の現代語訳はちょっとやり過ぎだ…と思ったが、その後は比較的安定している。今後の放送予定を観ても、古典文学の名作がずらり。小学生の頃から、こんなに古典に親しめるというのはいいなぁ。
NHK:おはなしのくに クラシック

【メディアのめ】
 総合的な学習の時間のための番組。様々な「メディア」が日常生活に溢れている現代。そのメディアの背景にあるもの、何を伝えようとしてその形になっているのかを、池上彰さんがわかりやすく解説してくれます。スタジオセットのデザインも洗練されていて、池上さんの解説はユーモアも交えつつとにかくわかりやすい。普段、何気なく使っているもの、目にしているものにも、よく見ると作り手の意図や意見、的確に伝えるための工夫が隠れている。
 とにかく面白い番組です。池上さんがNHKに帰ってきてくれてよかった!安保泰我君とのやりとりも楽しい。これからの放送予定を見ると、統計の数字や、事実を「再構成」するドキュメンタリー、ステレオタイプ、携帯との付き合い方、著作権…と放送時間10分で足りるのかと思う内容が(学校放送番組は大体15分のはずなんだけど…なぜ10分に?)。大人も是非観たい番組です。
NHK:メディアのめ
 ↑各回の舞台裏も必読です。

 子ども向け番組が昨年度、今年度と大改編していて、観る番組が少なくなっているのですが、学校放送は面白くなってきている模様。
by halca-kaukana057 | 2012-06-18 21:49 | Eテレ・NHK教育テレビ

本屋の森のあかり 11

 この漫画も、1ヶ月ぐらい前に買って読んだのに、今頃になりました…。


本屋の森のあかり 11
磯谷友紀/講談社・KC KISS/2012

 潮見からの告白は断ったものの、名古屋では潮見との噂が流れ、それを知ったあかりからの「お祝いメール」に動揺する杜三。そんな中、杜三の実家・青森から電話がかかってくる。父が倒れた、と。命に別状はなく、元気にしているとの話に安心するが、帰って来ないのかと言われ、見舞いに行くことに。
 一方、名古屋支店では、あかりたちの「カルロス会」が主催するイベントについての話し合いが行われていた。一般の売り場ではなく、イベントスペースを使って、絵本の原画展をやりたいと提案するあかりたち。しかし、潮見に現在の「カルロス会」の力量では難しい、まだ早い、と反対される。そんな話し合い中に、水原店長は賛成意見を。潮見は反対意見を通そうとするが、水原は思い切った発言を。驚き、憤った潮見は水原に本音をぶちまけてしまう。


 あかり、杜三、緑、水原店長、潮見。この5人が、それぞれの岐路に立つ11巻。読み応えがありました。まず、あかり。あかりは、書店員として自分の幅を広げたい、他の書店も見てみたい、書店員としてもっと成長したい…そんな想いを持って転職したい、好きではあるけれども須王堂という枠から出て行きたいと思っている。そんなあかりの想いと模索、転職活動に、共感し励まされました。というのは、私も今あかりと似たような状況にあるから。あかりが緑と転職について話しているシーンでの言葉、ユカリに転職活動をしていて思ったことを話しているシーン、この2つの場面でのあかりの言葉に心から共感しました。
きっと 緑くんは どこにいたって どんどん色んなこと身につけて 上に行ける人だけど
わたしはこのままだと ここ止まりな気がするんだよ―――
たぶん わたし もっとちゃんと成長したいんだなぁって
(58話 83ページより)

(あかり)世の中には できる人なんて山ほどいるよねー
わたし めっちゃ中途半端だと思い知らされ……

(ユカリ)えー だからこその転職なんでしょ
(59話 109ページ)

 本当に、「できる人」はいっぱいいるし、「できる人」はどんどん上へ行ける。先へ進める。「中途半端な」あかりも、自分も、中途半端だからこそ、進む道という”可能性”を広げたい。”可能性”を広げて、進む道を見出したい。そんなあかりが出会った山川書店。小さな書店だが、小さな書店だからこそ出来る本の分類、棚作り、店作りに、私もいいなぁ!いいなぁ!!と唸ってしまった。図書館での本の分類・並べ方ともちょっと違う(もしかしたら、こんな並べ方をしている図書館派は全国を探せばあるかもしれない)。本との出会いが楽しくなる、次々と色々な本と出会い、自分の世界が広がってゆく本屋さん。あかりが感激する、憧れるのがわかります!

 この11巻で大きな岐路に立ったのが、潮見さんと水原店長。特に水原店長。「名古屋支店の店長」というよりも、「須王堂の社長の孫」として見られることが多く、特に本屋が好きだというわけでもないのに世襲で店長…でしかない自分に自信が無い。そんな水原店長に、潮見さんが「苦労知らずの社長の孫」と噛み付いてしまう。仕事は出来る、店長への道もそう遠くない潮見。のんびりおっとりしていて、テキパキと仕事をこなすわけではないけど店長である水原。この2人が、「苦労知らずの社長の孫」の一言で、揺れ動き、でも方位磁針の針が左右に振れつつも最終的には北の方角を差すように、それぞれの方向を見出す。潮見さんの言葉にはハラハラ、それは言っちゃだめだろうと私も思いましたが、落ち込みつつもさらりと水原店長のこと、水原が店長であることを認めている…。凄い人だなと思う。
 一方の水原店長も、「社長の孫」だからこそ…出来る仕事もある。世襲の暗い部分と明るい部分。それをどう捉えるか。また、「社長の孫」を抜きにした「水原店長」としての仕事・役割もある。ほんわかした店長は好きですし、頑張っている姿は応援したくなります。この回で出てきた「ものぐさドラゴン」(ケネス・グレアム)、読んでみたいなぁ。

 緑は、あかりに振られたけれども…本音は諦め切れていない。でも、あかりは杜三を想っている。緑の本音の言葉にグッと来ました。そして杜三。父との会話で、自分自身の位置を確かめている模様。父もその変化に気づいて…でもそれが「最後」だった…。物語(とりわけ古典や近代の名作)も、人間関係・誰かの言葉も、迷いつつ、理解するまで時間がかかる。本当はすぐに理解したいけど、時間が必要なこともある。だからこそ、名作は読み継がれるし、人間関係も続いてゆくのかな。
 56話の青森での、津軽弁の表記に「巧い!!」と唸りました。津軽弁の雰囲気のまま、標準語との同時通訳(…と書けばいいのだろうか…)を可能にしてしまったこの表記。素晴らしいです。杜三が話す津軽弁も読みたかったなぁ…。

 さて、本誌ではクライマックスを迎えている模様。次の12巻が最終巻になるのかな。1巻から読み続けた物語も、もうすぐフィナーレ。あかりたちが、どこへ辿り着くのか楽しみです。
 …でも、愛読している漫画が終わってしまうのは、さみしくもある。

 いや、この漫画で出てきた本で、読みたいと思って読んでない本がいっぱいあるじゃないか!この11巻に出てきた本も、殆ど読んでない…。読みます。読みます!

・10巻:本屋の森のあかり 10
by halca-kaukana057 | 2012-06-14 22:59 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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