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北への扉 ヘルシンキ

 久々にフィンランド関連の本を読みました。ずっと読みたかった本です。


北への扉 ヘルシンキ
写真:伊奈英次、文:小原誠之、構成:萩原誠/ プチグラパブリッシング/2011


 フィンランド航空・フィンエアーの日本語版機内誌「KIITOS」(キートス:フィンランド語で”ありがとう”の意)に掲載された記事を再構成してまとめた本。フィンランドの首都・ヘルシンキを拠点に、フィンランドの各地、足を伸ばしてエストニア、ラトヴィア、ノルウェーの町や自然・風景、人々に出会った旅を、写真と文章で綴ります。

 この本、結構厚くて重い。最初手にして驚いた。でも、中身を開いて、この厚さと重さの分だけある、と感じた。写真が多く、どれもきれい。現地の空気や光の加減が伝わってくるような写真ばかり。そして文章も、読んでいるとだんだん心が清々しくなる。
 フィンランドをはじめとする国々の澄んだ空気が漂っている。森の緑、可憐な花々、穏やかな輝く湖面、爽やかな風。冬のラップランドの雪の白、凍りついた空気、夜のオーロラ。ヘルシンキなどの町もきれいだ。マリメッコなどのデザインプロダクトは、鮮やかな原色のものもあるのに、「派手」と感じない。「鮮やか」、心躍るような「カラフル」と言えばいいのだろうか。町に溶け込んでいて、浮いていない。北欧の鮮やかなテキスタイルやデザインのそんな特徴に、いつも不思議だなと思いつつも心惹かれている。


 旅の始まりは、ハメーンリナ。湖水クルーズ「シルヴァーライン」はハメーンリナとタンペレを結ぶ、8時間の船旅。これはいいなと思いつつ、この最初からやられてしまった。ハメーンリナと言えば、作曲家・シベリウスの生まれ育った町。シベリウスはその後ヘルシンキの音楽院で音楽を学び、さらにヘルシンキ郊外の小さなひっそりとした町・ヤルヴェンパーで生涯を終えるまで住んだ。シベリウスが好きで、フィンランドに行ったらまず行くのはこのヤルヴェンパーのシベリウスの家「アイノラ」(シベリウスの奥さん・アイノさんの家という意味)と決めている。ここにはシベリウスがアイノ夫人と眠っているお墓もある。でも、ハメーンリナも是非とも訪れたい場所。生家も見学できる。この「シルヴァーライン」での船旅の風景を観て、筆者はシベリウスの楽曲が頭の中に流れていた、という。弦のかすかなトレモロ。ヴァイオリン協奏曲や、交響曲の旋律の一部。文章を読みながら、写真を見ていると、確かに私もシベリウスの楽曲が頭の中に流れてくる。フィンランド=シベリウス、ではないかもしれないけど、その要素はあると私は思っている。私がフィンランドに行ったら、頭の中にはどんな音楽が流れるだろう。前から思っていたが、この本を読んでますますそう思った。フィンランドのシベリウス以外の作曲家…メリカントやカスキなども出てくるかもしれない。

 ヌークシオ国立公園やセウラサーリ野外博物館で自然・森に触れるのもいい。旅で疲れているだろうに森の中を歩くなんて…と私も思った。が、地元でも疲れている時でも田舎道を歩いていると気分が落ち着く、気疲れが程よい身体の疲れに変わっている時がある。せっかく森の国フィンランドまで来て、森を歩かないのもさみしい。私も森を歩きたい。一方で、ヘルシンキやラウマ旧市街の町で歴史に触れるのもいい。ラウマの伝統のレース編み・ラウマレースの精巧な美しさ。人々とのちょっとした出会いや交わす言葉もいい。

 エストニアのタリン、ラトヴィアのリーガもまた素敵な町。ノルウェーでは、ベルゲンへ。ベルゲンで日本の柴犬を散歩させていたご夫婦との話に、読んでいる顔がほころぶ。そしてベルゲンは、シベリウスと同じく北欧を代表する作曲家・グリーグの生まれ住んだ町。フィンランドでヤルヴェンパー・アイノラ、ハメーンリナを訪れたら、是非ノルウェーではベルゲンを訪れたい。グリーグが生涯にわたって書き続けたピアノ曲集「抒情小曲集」に収められている作品にもその名前が出てくる「トロールハウゲン(トロルドハウゲン)」。グリーグが住んだ家がある場所。このあたりは読んでいてたまりませんでした。

 そしてフィンランドに戻って、フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」を辿る旅へ。「フィンランドのくらしとデザイン展」で展示されていた、アクセリ・ガッレン=カッレラの「カレワラ」挿絵図案や、「アイノ神話」の絵を思い出す(フィンランド展で展示されていたのは、個人蔵の少し違うもの)。フィンランドの人々は、「カレワラ」の物語に小さい頃から親しんでいる。アニメ「牧場の少女カトリ」でカトリが一生懸命「カレワラ」を読んでいたのも思い出す。国立アテネウム美術館にあの「アイノ神話」の絵が展示してあるのだが、その絵を観ていた女の子がまさにカトリのよう。小学校入学前にして既に全篇を読み通し(!! 日本語版を大人が読むのも大変だと思うのに…凄い!)、「カレワラ」についてもっと知りたいとおばあさんと一緒に美術館・博物館めぐりをしているのだそうだ。印象的な箇所です。
 
 一方、自然から「カレワラ」の風景に迫る、コリ・カレリア地方の旅。「カレワラ」の物語に出てきそうな風景。今も残っている…残っていて欲しいと思う。

 何度でも読みたい本で、何度も読んでしまっている。冒頭でも書いたが写真もきれいなので、写真を眺めるだけでも楽しい。フィンランドの魅力が、澄んだ空気がそのまま伝わってくる本。なかなかない、いい本です。
by halca-kaukana057 | 2013-02-20 23:45 | 本・読書
 梨木香歩さんの最新作です。タイトルの通り、エストニア紀行エッセイです。でも、ただ「エッセイ」と言い切れないのが梨木さんの著作。

エストニア紀行 森の苔・庭の木漏れ日・海の葦
梨木香歩/新潮社/2012

 2008年8月から9月、梨木さんはエストニアを訪れる。歴史のある街や、地方の森とそこに生きる人々、そしてコウノトリを探しに(梨木さんの鳥・バードウォッチングに関するエッセイは「渡りの足跡」に詳しく書かれています)。

 エストニア、と言えば、色々と連想する。まず、旧ソ連の支配下にあったバルト三国のひとつ(一番北がエストニア)。フィンランド好きとして、フィンランドのお隣の国。フィンランド語とエストニア語は似ていて、国歌のメロディーも何故か同じ。フィンランドからフェリーで約3時間という近さもあって、フィンランドとはつながりの深い国。IT大国。その一方で首都タリンの町並みは世界遺産にも登録されている。把瑠都関の故郷。クラシック音楽好きなら、指揮者のネーメ・ヤルヴィ、その長男が同じく指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ(現在はアメリカ国籍だと、さっき調べて初めて知った)、次男で同じく指揮者のクリスチャン・ヤルヴィ、妹のマーリカ・ヤルヴィもフルート奏者、とヤルヴィ一家もエストニア出身と思い出す人も多いはず。
 でも、エストニアがどんな国なのか、私はよく知らない。梨木さんの言葉でどんな風に書かれているのか、読むのが楽しみだった。でも、何故エストニアなのだろう、と思っていた。

 まず表紙と、中ごろにある旅の写真が美しい。葦と海、町並みや古い建物、自然や風景、旅で出会った人たち。上記した連想したものとは異なる、私の知らないエストニア。梨木さんの旅の過程も、私の知らないエストニアばかり。でも、もし私がエストニアを旅して、その記録を書いたとしてもこの本のようにはならない。梨木さんの目を通して、梨木さんが感じたエストニアの姿だから。物語のように語られる。

 上記したエストニアのイメージの中に、IT国家、とある。タリンの古い街並み、国も小さい一方で、ITに関しては先進国。色々と進んだところがあるのだろうなと思っていた。が、タリンを離れ、南の地方や島へ行くと、自然に溢れている。まさに、ヨーロッパの田舎(いい意味で)。そこに暮らす人々も、古くから伝わる地域の文化・民俗を大切にし、自然の中で生きている。そんな地方で出てくる料理が美味しそうだと読んでいて思った。美味しいパンやきのこ料理が食べたくなる。地方の小高い山の上にある小さなレストランを訪れるのだが、そのシェフやレストランの雰囲気、料理の内容、食材についてを読んでいると、小説「雪と珊瑚と」の珊瑚が営む惣菜カフェを思い出した。もしかすると、このレストランがモデルのひとつになっているのかもしれない。

 梨木さんが何故エストニアを選んだのか。その理由はコウノトリの渡りを見たいというものあった。そのコウノトリだが、自然はめまぐるしく移り変わり、渡り鳥はその動きにとても敏感なのだと感じた。コウノトリだけでなく、様々な鳥も登場する。そして、自然の中で生き物が生きるということ。その中での、人間という存在はどんな存在なのか。言葉を失い、黙り込んでしまう。ただの破壊者に過ぎないのだろうか…。人間が手を加えられないところ…例えば、国家間の緊張が続いている国境付近などは、逆に手付かずの自然と生態系が保たれているという。皮肉なものだ。そして、梨木さんがエストニアを旅したのは2008年だが、2011年の日本…震災後の日本に繋がる部分もある。この点に関しては、様々なことが複雑に絡み合っていて、用意に言葉に出来ない、私は書けない。だが、「自然」という視点だけで考えると…やはり人間はただの破壊者なのだろうか…。
 エストニアは、自然の美しさと、その陰にあるものを感じられる場所でもある。

 シリアスな部分もあるが、滑稽に読める部分もある。古い建物のホテルが「ホーンテッドマンション」そのもので、梨木さんの泊まった部屋には不思議な少女の絵が…。でも、この絵の少女とも「親しく」なろうとする梨木さんの柔軟さに凄い、とも感じる。キノコ採り名人のおばあさん、蛭で治療をする、というおじいさん。朗々と歌い、マウンテンバイクに颯爽と乗るおばあさん。梨木さんを困惑させた少年たちのカヌーガイド。こんな場面でも、相手を許容しようとする、もしくは自分の意思を伝える感じが梨木さんだなぁと思う。
 あと、都会だけ行くと決めている旅行以外には、必ず長靴を持ってゆくという梨木さん。確かに便利そうだ。それに、どうせ観るなら都会だけでなく、自然の中も歩きたい。早起きして、森の中を歩く部分も大好きだ。

 コウノトリの視点から、エストニアの自然が、地球規模の自然に繋がっているという考え方もいいなと思った。エストニア第二の国歌「我が祖国は我が愛」も。タリン合唱祭・「歌の祭典」で必ず歌われる歌。旧ソ連からの独立を支えた歌でもある。どんな歌なのか調べてみたら、こんな歌だった。
エストニア第25回歌の祭典 XXV Laulupidu 2009 "Mu isamaa on minu arm"
 こんなたくさんの人が一緒に歌っていると思うと、凄いと思う。

 歌をじっくり聴きたいなら、CDもあります。
バルト三国の合唱音楽選集 Vol.1 エストニア合唱曲集(1)混声
 北欧諸国は合唱大国として有名だが、エストニアも合唱は盛んな模様。

 静かで、熱いものを感じられる。こんな旅もいいな。

【過去関連記事】
・渡り鳥に関するエッセイ:渡りの足跡
・山の上のレストランがモデルのひとつなのかもという小説:雪と珊瑚と
by halca-kaukana057 | 2013-01-20 23:43 | 本・読書
 この頃考えていることを。

 かなり前から、私は自分で何かをつくる、ということに積極的になれずにいた。何であれ、創造することが楽しくない、億劫だ、自分がつくってもたいしたものはできない。そう考えて、誰かがつくるのを待ち、誰かのつくったものばかりに頼っていた。

 料理もあまりしない。スーパーで買ってきたおかずばかり。イラストも描いてない。文章は、このブログに書いてはいるけど、以前書いていたとある仲間内でのエッセイのような書き物もしなくなった。自分で演奏をする、ピアノも弾いてない。CDや、テレビやラジオから流れてくる音楽を聴くだけ。毎日を、その場にあるもので消化してゆく。

 そんな日々を過ごしてきて、先日ふと思った。誰かがつくってくれるのを待っているだけ…これでは、つまらない。誰かのつくったもので、満足できているか。できていない。

 自分に関わるもの全てを、自分でつくるのは難しい。誰かがつくったものを使う、買うことで、毎日の生活が保たれている。それでも、自分がつくらないことには、何もできないこともある。例えばスーパーの惣菜や、レストランのメニューを見て、自分の食べたいものがないと思うことがある。それよりも、家で自分でつくってみたらどうか。レストランの料理に比べたら、見た目はあまりよくない。でも、食べたいと思ったものを、自分でつくって食べられる。具や味付け、隠し味も自分なりのものにできる。ずっと、自分の食事が「貧しい」(金銭的な意味ではない)と感じていたのだが、できたもの・誰かがつくったもので適当にやり過ごしてきたからだ、とようやく理解した。

 こんなことを思うようになったのは、仕事でのこともある。夏から秋にかけて環境が少し変わって、仕事の内容も少し変わった。職場はこれまでと同じ。だが、仕事への意識とか、仕事をする時の視野が変わった。詳しくは書かないが、自分で仕事をつくっていくことが増えた。待っているだけじゃ変わらない。自分から働きかけてゆく。

 あと、8月10月の旅行も。まず、行くことを決める。そして、計画を立てる。当たり前のことだけど、旅行に行く機会をつくるのも、計画をつくるのも、「つくる」こと。機会をつくらなければ、ずっと行けないかもしれない。今年この2つの旅行は、私にとって大きな意味を持っていた。現実を見て、受け止めて、自分にできることをする。大好きなものを、心から楽しんで、応援する。行ってよかった、と今でも心から思う。

 誰かがつくるのを待っているより、自分でつくってみよう。ようやく、少しずつ、積極的な姿勢を取り戻してきたようだ。

 以上、この頃思っていたことを。
by halca-kaukana057 | 2012-11-27 22:49 | 日常/考えたこと

東京に行ってきました

 昨日、今日と東京へ行ってきました。目的は、宮川彬良さん指揮大阪市音楽団・東京公演(東京芸術劇場)に行くため。はい、アキラさんのコンサートに行ってきました!!アキラさんの指揮、演奏を聴いてきました!
東京芸術劇場:ブラスウィーク2012 10月16日 宮川彬良と大阪市音楽団

 早速レポを書きたいところなのですが、旅の疲れと、明日からの仕事と…と落ち着かないので、今週中には書こうと思います。凄い量になるかもしれません…w
 しかも、演目に「宇宙戦艦ヤマト」の音楽もあったので、DVDで「宇宙戦艦ヤマト2199」第1・2章を観て予習。その感想から始めないと、話がつながらない…参ったなこれは。大変なことになりそうだ。

 記事を書き上げるまで、改修の終わった東京駅丸の内駅舎の画像を見ながらゆっくりとお待ちください。
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 平日の昼間なのに、駅の前には人がいっぱい。皆カメラを片手に撮影していました。その人の多さに驚いた。凄い…。と思いつつ、私もカメラを出してバシバシ撮影してしまいましたwとてもきれいな駅舎です。

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 丸い屋根の内側。こちらもきれいでした。カメラを上に構えている人がたくさんいました(私もw

【追記】
 記事書きました。3部作…長くなりましたw
・第1部:コンサートレポその1
・第2部:コンサートレポその2
・アンコールなど&思ったこと:コンサートレポその3
by halca-kaukana057 | 2012-10-17 22:09 | 旅・お出かけ

仙台の思い出 お土産編

 前の記事・仙台旅行の続きです。
【前の記事】
・仙台の美味しいもの:美味しい仙台食べ歩き
・観光編:杜の街・仙台を歩く

 今回はお土産です。旅行に行ったら、その土地・地域の民芸品や特産品、個性的な雑貨などのお土産を探すのが好きです。帰ってきてからも楽しめます。

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 まず、「彩りそえる しまぬき」さんオリジナルの「仙台遊び箋」。可愛いレターセットです。色々な柄があったのですが、こけしと政宗騎馬像を。便箋として使うのもいいですが、ちょっとしたものを包む包装紙のような感じで使うのもいいかも。

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 「染の工房 なとりや」さんの仙臺てぬぐい(ふきん)。仙台七夕吹流しと宮城野萩柄を。柄が沢山あって迷いました。こちらも、飾っておくのもいいかも。

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 3つ目は白石和紙のしおり。白石の特産物である和紙。染めた色がきれいです。和紙の手触りもいい。読書のお供にぴったりです。
 しおりのほかにも、名刺入れやがま口、印鑑入れなども。和紙でがま口には驚きました。この白石和紙は結構丈夫。大事に使おう。

 あとは、震災復興ボランティアの記事で紹介した「onagawa fish」。お土産で復興支援も出来ます。
・震災復興ボランティアについての記事:宮城の”今” 東日本大震災から1年半に

 以上、仙台旅行の記事はこれにて。楽しくも、ボランティアでは衝撃を受けるなど、有意義な旅でした。旅行の後、疲れがどっと来てしまう…体力無いorz
by halca-kaukana057 | 2012-09-25 22:59 | 旅・お出かけ

杜の街・仙台を歩く

 前回の記事から間があいてしまいましたが、仙台旅行の続き。今回は行った場所について。
・前回の記事:美味しい仙台食べ歩き

 仙台市内中心部、仙台の名所めぐりには「るーぷる仙台」という市内周遊バスが便利です。仙台の名所にバス停があります。一日券が600円。レトロな小さめのバス(写真撮るの忘れた…)で、細い道も通るのがいい。更に、運転手さんが通過したところのガイドアナウンスをしてくれます。運転手さんの中にはユーモアたっぷりに案内をしてくれる方もいて、車内笑いが絶えないこともありましたw
仙台市交通局:るーぷる仙台
 ↑詳しくはここを見てね。

 仙台駅を出発して、まず向かったのが「瑞鳳殿」。伊達政宗公の霊屋(おたまや)です。仙台の歴史に触れたいと思って来てみた。
バスを降りると…
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この坂。さらに
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この階段。結構きついです…。でも、森の中を歩くのは心地いい。緑がきれいです。

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ここが、政宗公が眠る瑞鳳殿。1636年造営。しかし、1945年戦災にて焼失してしまいます。現在のものは1979年に再建されたものです。とても煌びやかです。
 この横には資料館があって、再建の際に発掘された副葬品や、政宗公の姿を等身大で再現した人形が展示してあります。この瑞鳳殿のほかに、2代目忠宗公の感仙殿、3代目綱宗公の善応殿もあります。
 伊達政宗公のことをあまりよく知らないまま来たのですが、仙台の歴史と伊達家について触れられました。そういえば、3代目綱宗公の頃の伊達家「お家騒動」は、山本周五郎の「樅ノ木は残った」で描かれていますね。小説と、歴史と、土地が一致しました。
◇感想記事:樅ノ木は残った
◇周五郎が小説執筆の取材で宮城を訪れたことも書かれているエッセイ:雨のみちのく・独居のたのしみ

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 この森から、政宗公は今も仙台の街を見守っているかのようでした。

 瑞鳳殿の次は、仙台に来たらここにも訪れたいですね。
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 仙台城(青葉城)跡。政宗公の像…カッコイイです。

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 仙台の街を一望できます。仙台は街中も、緑が多い。まさに「杜の街」です。

 こんなところにも行きました。
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 東北大学理学部自然史標本館。化石・鉱物がたくさんあると聞いて。この入り口の横に注目。
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 デボン紀の海の化石がドンと置いてあります。オウムガイの仲間の直角石と、古生代型のアンモナイトのゴニアタイトの化石がたくさん。じっと見入ってしまいました。中にも、ステゴサウルスやクジラの化石、あのバージェス動物群のアノマロカリスの化石の一部もありました!!カンブリア紀のコーナーの前で、しばらく見惚れてしまいました…w鉱物も、地学の教科書で見たものばかり。
 また、「東北が支える宇宙惑星科学」というコーナーもあって、月周回衛星「かぐや」や、小惑星探査機「はやぶさ」と小惑星イトカワのサンプルの分析の解説パネルもありました。「かぐや」と「はやぶさ」の模型も。魅入ってしまったのは言うまでもありませんw
 科学好き、地学が特に好きな方は是非どうぞ!!穴場だと思います。

 午後だけの観光だったので、回ったのはこのぐらい。午前中からだと、もっと色々なところに行けると思います。夕方になると、るーぷるバスは混んでました。カーブの多いところだと、立っているのが大変。

 仙台は他にも魅力的なところがあります。また行きたいな。七夕祭りにも行ってみたい。
by halca-kaukana057 | 2012-09-24 22:41 | 旅・お出かけ

美味しい仙台食べ歩き

 前回の記事で、宮城へ行ったと書いたのですが、ボランティアもですが観光もしてきました。仙台市内中心部をぐるりと。その模様を、何回かに分けて書こうと思います。
・前回の記事:宮城の”今” 東日本大震災から1年半に

 今日は、仙台の美味しいもの。その土地の美味しいものを食べて、歩いて、一休みして食べて…いいものです。

 まずはこれ。
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 仙台といえば牛タン!!これまで、焼肉屋さんで出てくる牛タンは食べたことがあっても、本場の定食スタイルの牛タンは初めて食べました。
 行ったのは「伊達の牛たん本舗」さん。夕飯時だったので、行列が出来ていました。お店の中から美味しそうな香りが…これだけでお腹が空きます(思い出しただけでお腹が空くwしかもこんな時間にw)。
 ジューシーな牛タンと、漬物、麦飯、テールスープのセット。麦飯に合う、とろろも頼みました。歩き疲れていたので、体力回復になるかなと。牛タンは噛めば噛むほど味がじわじわと出てきて美味しい!そして、テールスープが美味。中のテール肉が、とても柔らかくて驚きました。美味です!とろろ付きの麦飯も美味しい。お腹いっぱいです。
 ちなみに、ビールを頼んでいるお客さんが多かった。仕事・出張のお兄さん・おじさんたち。この日は暑かったのもあるが、牛タンを食べていてビールが飲みたくなる気持ちがわかりました(飲まなかったけど)。


 もうひとつ、仙台といえばずんだ。すみません、写真無しです。「菓匠三全」さんのすんだシェイクは、街歩きのひとやすみにぴったり。ちょうどよい甘さです。


 あと、気になったのがこれ。
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 「そば処丸松」さんの「冷やし花そば」。私の地域では見たことが無い。仙台は冷やし中華発祥の地でもあります。最初、冷やし中華かと思ったのですが、お蕎麦屋さんだし、冷やし中華にしては雰囲気が違う。頼んでみて、食べたら別物でした。特に仙台限定のお蕎麦というわけでもないらしい?(検索してみたがよくわからない)
 お蕎麦の上に、ご覧の通り具がたくさん!見た目もきれい。つゆをかけて食べます。食べても美味しい。具の食感の違い、蕎麦の食べ応え。暑い夏にぴったりです。こんなお蕎麦もあったんだなぁ。

 最後に、甘いもので〆ましょう。
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 「蔵王のたまご舎」さんのたまごプリン。お土産を買ったらサービスでついてきました。帰りの新幹線の中で食べましたが、濃い!濃いけど、優しい味です。そしてカラメルがほろ苦い。甘すぎず、ちょうどいい。

 ということで、紹介したのはほんの少しですが、仙台は美味しいものがいっぱいです!ガイドブックを見て、食べたいものがもっとあったのだが時間切れ。また今度行ったら、狙って食べます。
by halca-kaukana057 | 2012-09-13 22:44 | 旅・お出かけ
 先月、宮城で震災復興ボランティアに参加してきました。震災後、募金をメインに、被災地・被災された方々へ何かできないかと思ってきたのですが、お友達が震災復興ボランティアをしているので友人に「参加して活動してみないか」とお話をいただきました。体力面や、ボランティアに参加する際に伴う”責任”などが心配になったこともありました。しかし、自分でも現地で何か少しでも力になれるなら惜しまず力になりたい。そして、テレビや新聞、ネットでしか観てこなかった被災地の現状、現実に、自分の問題として正面から向きあいたい。震災後、私の地域は大きな被害はありませんでしたが、様々な面で「自分とは関係の無いこと」とは思えなかった。自分も向き合わねばならないことだ…そう感じてきました。2日間、短いですが参加して思ったこと、そして被災地で見たもの、聞いたこと、考えたことを、震災から1年半の今日、書こうと思います。(もっと早めに書こうと思ってましたが、なかなか頭中で整理がつかず、更に体調が優れなかったり、忙しかったりで今日になりました。)

※この記事には、私が個人的感じたこと・考えたことを書きます。書いた内容の責任は、すべて私・遼にあります。
 また、被災地の画像も含みます。辛いと感じたら、無理せずにこのページを閉じてください。



 私が参加したボランティアは、被災地の直接的な復興活動(環境整備など)や、被災された地元の方々と直接交流するような直接的なものではなく、被災された方々のこれからの生活・心理面でのサポートのための場を作る作業でした。農業で生計を立てていたのが、津波で田畑が流されてしまった。田畑は未だ元に戻らず、農作業すら出来ない。比較的近くにある仮設住宅に篭りがちになってしまわないように、活動できる場があればいい。その準備作業に参加しました。

 活動場所は海から離れた内陸だったので、津波の被害は無かったそうです。ただ、あの強い地震で、建物には被害があったようです。しかし、私が行った時には、外から見た分には何も無かったようでした。とてものどかな、自然に溢れる地区で、ネオンもなく、夜は星がきれいに見えるのだろうなと思っていました。
 そんなところで、2日間、黙々と、かつボランティア団体の方々や地元の方とも交流しながら作業をしました。この場が、被災された方々に愛され、役に立つ場になればいいなと願って。自然溢れる屋外で作業をするのは気持ちがよかった。

 そんな作業の途中、仮設住宅にお住まいの方がお手伝いに来てくださいました。現地の方のアドバイスは非常に勉強になりました。そして、昨年3月11日、被災した時のことを、私と誘ってくれた友人にお話してくださいました。
 自宅は海に近いところにあり、大地震のあと、自宅に津波が直撃…。当時その方とご家族は家の中にいて、浸水してしまった家の中で何とか天井と水面の隙間で一命をとりとめたのだそうです。しかし、あの3月の冷たい海水。第2波が来るという防災無線とサイレン。第2波の前に家の中から脱出。しかし、救助が来るまで何時間もかかった…。あの寒さの中で。もし救助があと少し遅かったら、命は無かった、と…。
 お話を聞いていて、この方とお話をしているのが、陳腐な言葉ですが奇跡かもしれない…と思いました。あの大地震、大津波、救助を待っている時間、寒さ、水の冷たさ…。その方は淡々とお話してくださいましたが、人に話せるようになるまで、時間がかかったのではないだろうか…。直に、被災体験を聞いて、その壮絶さを実感しました。


 その後、作業を終え、車で仙台市内へ移動。いつもは高速道路を使うのですが、この時は海側の道路を走りました。そう、津波が押し寄せた現場を。途中、仮設住宅の横も通りました。先程の方のお話を思い出す。この仮設住宅に住んでいる方々は、あの津波を生き抜いた方々なんだ…。暮らしは大変だろうなぁとこれまで思っていたのですが、見方が変わりました。震災後を、生きている・生き抜いている方々がここで暮らしている。

 テレビや新聞、ネットで被災地の画像・映像を見てきましたが、実際に目の前にすると、あの津波のすさまじさが(当時)約1年半経っても伝わってきました。現場に来て、現場に身を置くと違う。

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 かつては田畑だった土地は草が生え、手付かずになっている。家の土台だけが残っている。家が残っていても、ビニールシートやベニヤ板で窓や壁がふさがれている。電信柱は斜めに傾き、海の方にある松の並木も斜めに傾いている。この景色に頭の中で、あの津波の映像を思い出し被せて見ていました。流される家や車、逃げる人々…。目をそらすことなんて出来ません。
 それでも、車が通れるようになり、瓦礫(この言葉はあまり使いたくない…地元の方々にとっては、大切な家やもの、財産であるのだから)も撤去されている。ここまで来るまでには、多くの人々の力があった。敬意を評します。

 車は、名取市へ。被害の大きかったところのひとつ・閖上(ゆりあげ)地区へ。ネットや報道などで、名前は聞いていました。
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 日和山という人工的な丘。神社があり、閖上地区全体を見渡すことが出来ます。

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 日和山の近くには閖上中学校があります。そこで、被災体験を語る会が催されているそうです。

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 日和山に登り、周囲を見渡す。海がすぐそばに見える。津波は、この日和山よりも高く襲ってきたのだそう。ここに逃げた方々もいたのに。日和山の上には、犠牲になった方々を悼む木の碑と、仮設の「神籬(ひもろぎ)」という神が宿る柱が建っていました。手を合わせ、犠牲になった方々のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い物理的・精神的な復興を願いました。

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 土台だけの家の跡…。むごいとしか言いようが無い。

◇震災後の日和山から撮影した閖上地区のパノラマ画像がありました:MSN産経フォト【東日本大震災パノラマ Vol.46】名取市閖上地区(2011.4.2)
◇こちらは、昨年の9月の動画:YOMIURI ONLINE(読売新聞): 動画 【震災から半年】閖上・日和山の祈り

 その閖上地区でも、復興へ向けて尽力されている方々がいます。
名取市閖上(ゆりあげ)復興支援のブログ

 ボランティアに参加して、考えたことは、基本的なことではあるけれども、ボランティアは自己満足ではいけない。助けを必要としている人のために、役に立たなければならない。そして、地元の人でない人が活動する場合、それが本当に地元の人のためになるのか。地元に密着したものでなければならない。私の参加したボランティアで作った場は、その後完成し、地元メディアにも取り上げられて多くの方々が集っていると聞いた。これからも、集いの場になってほしいと願っています。

 そして、被災した現場に行ってみて、メディアを通して見るのと、現場に行って自分の目で見るのは違うということ。約一年半。震災直後とは変わってきてはいるが、これからこの土地をどう復興したらいいんだろう?田畑をどう元に戻そう?地元の方々が住んでいた場所は?しかも、宮城だけじゃない。私が行ったのは宮城の一部。岩手も、福島も、茨城も。同じように、震災から生き抜いて、暮らしている方々がいる。どう支援したらいいのだろう?あまりの事の大きさと、目の前に広がる土地の広さ、被害の甚大さに圧倒されてしまいました。でも、圧倒されている場合ではない。やはり、この震災は自分も向き合わねばならないことだ。自分なりの、できる事を。私の地元に帰ってきても、出来ることはある。そして、またボランティアの機会があるなら参加したい。被災地を訪れ、地元の方のお話を聞くようなツアーもあるそうだ。是非参加してみたいし、。観光も地元の力になる(被災された方への配慮は忘れずに)。宮城だけでなく、岩手や福島にも支援を続けたい、そう強く感じました。
読売新聞:マナー守り復興の支え…風化防ぐ被災地ツアー
NAVER まとめ:被災地(東北)応援ツアーリスト
 被災地ツアーに参加する際の注意点・心構えが書かれています。


 また、こんな取り組みも。
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 「onagawa fish」という、宮城県女川町のスタッフが手作業で作製している木製キーホルダー。
小さな復興プロジェクト
女川フィッシュ @onagawafish
 女川町の方々へ、義援金がダイレクトに届きます。ネットでの販売もしています。女川町のほかにも、このような取り組み・企画をしている地区があります。このような形の支援もあります。
 このキーホルダーを手に、震災の事・被災された方々のことを決して忘れない、そして一日も復興を願っています。

 以上、拙い内容ですが、私のボランティア&被災地訪問記録でした。これが終わりにならないように。
by halca-kaukana057 | 2012-09-11 23:58 | 旅・お出かけ

帰ってはきました

 帰ってきました。ツイッターでもほとんど呟かず。webそのものから離れていました。いや、世の中からと言っても過言ではないかも知れません。

 この数日間で、様々なところに行き、見て、聞いて、体験して来ました。楽しかったこと・興味深かったものもありますが、それ以上にショックで言葉を失った、辛かったことがありました。まだそれらを心の中で整理できていません。整理して、いつか書こうと思っています。

 簡単に言うと、宮城で復興ボランティアに参加してきました。プラス、仙台を観光してきました。観光は楽しかった・興味深かったことです。

 書きたいことはあるのですが、帰ってきてから疲れがどっと出てきているので、もう少し休みます。
by halca-kaukana057 | 2012-08-27 22:23 | information
 今日から、先日の旅行のことを書きます。所用で出かけたつもりが、個人的な観光の方がメインになってしまった。しかも、個人的趣味全開ですw

 まずは出発。交通機関は新幹線。ならば、今年3月にデビューしたばかりの新型E5系「はやぶさ」に乗りたい!あのピカピカの鮮やかなエメラルドグリーンの「はやぶさ」に!しかし、「はやぶさ」がデビューした1週間後、東日本大震災により、運休。その後運行再開しますが、本数を減らし、徐行運転の区間も。7月になって徐行運転区間は短く(一ノ関~福島)なりましたが、上りの「はやぶさ」は朝1本。それでも、あのM9.0の大地震でも大きな事故や損傷は無く、来月には通常ダイヤに戻せる状態になっている、新幹線の技術と運用体制には驚くばかりです。

 「はやぶさ」が朝1本のみなので、それに乗り、その日は一日観光に当てることにしました。

 当日朝。
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 ホームにエメラルドグリーンの「はやぶさ」が入ってきました。目が覚めるような鮮やかなエメラルドグリーンです。

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 10両目グランクラスの入り口横に、復興を願ったロゴが。

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 普通車の座席です。グランクラスは…無理でした。普通車でも、車内も座席も落ち着いた色調、且つシンプルでゆったりと出来ました。走行中も、揺れも抑えられているなと感じました。

♪新幹線でゴー・ゴゴ~ ゴー・ゴー!遠くの町へゴー・ゴゴ~ ゴー・ゴ~
 (by「新幹線でゴー!ゴ・ゴー!」/「おかあさんといっしょ」今年度6月の歌より)
↑やっぱり脳内でこの歌が流れましたw「はやぶさ」も出てくるしw

 一ノ関から徐行運転に。でも、そんなにゆっくりというわけでもないな、と感じました。宮城に入り、仙台に到着。あの震災の時、仙台駅前のビルの窓ガラスが割れていた映像を思い出しました。修復されているようでした。私の住む地域は、ある程度揺れ(寧ろ、震度そのものは首都圏のほうが強かった)、地震の翌日の午後まで停電になった程度の被害。岩手・宮城・福島と通過してゆく車窓から、このあたりはあの日どの程度揺れたのだろう、被害は無かっただろうか、住んでいる方々は今は落ち着いて暮らせているのだろうか…と思いながら景色を見ていました。

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 白石蔵王駅のあたり。雲が印象的だったので、思わず撮影。東北は本当に緑の多い地方だと感じます。山々、森、広がる水田…。一見派手ですが、「はやぶさ」のエメラルドグリーンの車体の色は、この緑溢れる東北の自然に合っているのかもしれないな、と感じました。緑の山々・平地を疾走する、鮮やかな緑の線。今私が乗っているこの車両を空から撮影したら、そんな映像が撮れるのかなと想像。

 福島を越えると、一気に加速。300km/hを出している模様。徐行運転の後なので、余計に速く感じます。

 東北地方を走っている間は、とにかく震災のことが頭から離れませんでした。震災でデビュー1週間で運休に巻き込まれましたが、復旧段階にある「はやぶさ」から、東北の復興を願い、祈るばかりでした。

 無事に東京駅に到着。さて、次の目的地に向かいます。

【新幹線「はやぶさ」関連記事】
宇宙と新幹線、2つの「はやぶさ」 「宇宙(そら)のはやぶさ×地上(りく)のはやぶさ」講演会に行ってきた
 3月5日、新幹線「はやぶさ」デビューの日、名前が同じということで、小惑星探査機「はやぶさ」とのコラボイベントに行って来ました。そのレポです。
 ただ「はやぶさ」と書くと、新幹線なのか探査機なのかわからなくなりますw
by halca-kaukana057 | 2011-08-22 21:45 | 旅・お出かけ

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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