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 映画を観た後、すぐにこの原作本を買ったのですが時間がかかってしまった。あと、合わせてDVDで映画をもう一度観たいと思っていたらもう1年以上…。
・映画感想。あらすじを読みたい方もこちらへ:映画「ドリーム(Hidden Figures)」

ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち
マーゴット・リー・シェタリー:著、山北めぐみ:訳/ハーパーコリンズ・ ジャパン、ハーパーBOOKS/2017

 映画感想の最後に、「原作小説」と書きましたが、違います。小説ではありません。ノンフィクションです。

 読んで、まず思ったのが、よくこの本を原作にあの映画の物語を書けたなぁということ。映画で取り上げられたのは、この本の一部でしかありません。映画では1961年から、ジョン・グレンが宇宙に行った「フレンドシップ7」の飛行(1962年)までを描いています。この本では、もっと長い、話は第二次世界大戦前にまで遡ります。ラングレー記念航空工学研究所では、飛行機のデータを計算する計算手を多数必要としていた。1935年、初めての女性計算手グループが発足する。その後戦争が始まり1943年には、計算手の若い女性の確保が難しくなっていった。ここで、黒人労働組合の会長が戦争関連の仕事を黒人にも解放するように大統領に要求。それが受け入れられ、黒人女性たちも計算手として採用される。ただ、この頃はまだ黒人差別が当たり前の時代。しかもバージニア州は厳しかった。有色人種用のトイレを用意しなければならなかった。

 映画で登場した3人の女性、ドロシー・ヴォーン、キャサリン・ゴーブル(ジョンソン)、メアリー・ジャクソンについてこの後語られていきます。ドロシーもキャサリンも最初は学校の教師だった。そこに、ラングレーでの計算手の仕事が舞い込んでくる。「ウェスト・コンピューターズ(西計算グループ)」のことだ。この頃はまだNASAではなくNACAで、航空の仕事がメインだった。メアリーも「ウェスト・コンピューターズ」に配属され、次第にロケットやミサイルのデータの計算に移っていく。
 映画では3人の仕事での奮闘と、人間ドラマが描かれる。この本では映画に出てくるエピソードはほとんど出てこない。どんな仕事をしていたかは出てくる。最初にも書いたが、よくこの本を原作にあの物語を書けたなぁと思う。
 この本では、3人の仕事と同時に、アメリカ社会での黒人の立場、差別と解放の歴史についても語られている。黒人として、女性として、3人が仕事の幅を広げていくのに重ねあわされるが、それぞれがひとりの人間として見られてもいる。

 映画はジョン・グレンの飛行で終わったが、この本ではその後についても描かれている。のちにラングレーにやってくるクリスティーン・ダーデンというドロシーたちの後輩についても書かれている。メアリーはNASAの仕事以外のことでも活躍している。キャサリンはアポロ計画、スペースシャトル計画にも携わった。ドロシーは管理職を務めたが、業績を誇示したり当時の肩書きを利用するような目立つようなことはしなかった。

 この原作を読んで、DVDで映画をもう一度観てみました。本とかなり違う。全くの別物ではない…映画は史実に基づいてはいるけれどもフィクションは入っている。もっと詳しく知りたい人にこの本を薦めます。

by halca-kaukana057 | 2019-02-13 22:05 | 本・読書
 久しぶりに「シャーロック・ホームズ」の話題を。BBC radio3で、シャーロック・ホームズの映像作品の音楽を特集した番組が放送されました。
BBC Radio3 : Sound of Cinema : Sherlock Holmes

 映画音楽の番組で、この回のテーマはシャーロック・ホームズ。それぞれのテーマ曲、サウンドトラックを取り上げています。古い映画から、ガイ・リッチー監督の映画2作の音楽、BBCなので「SHERLOCK」のテーマも。ホームズといったら忘れてはいけない、パトリック・ゴワーズが音楽のグラナダ版、ジェレミー・ブレットがホームズを演じたドラマの音楽も。新しいところでは、映画「Mr. Holmes」の音楽も。この映画はまだ観ていない。観たいと思っていたんだ(でも、ワトソン/ワトスンが出てこない作品は寂しいなと思ってしまう)。

 MCはMatthew Sweetさん。この方、2015年のプロムスで、シャーロック・ホームズの音楽特集の回で司会をした方。このホームズPromでは、「SHERLOCK」脚本・マイクロフト役のマーク・ゲイティスさんも進行役を務めました。スウィートさんはホームズ映像作品音楽にお詳しい方なのかな?
◇2015年 BBCプロムス Prom41:BBC Proms : Proms 2015 : Prom 41: Sherlock Holmes – A Musical Mind
・その時の紹介・感想記事:シャーロック・ホームズの音楽たち

 「シャーロック・ホームズ」は映像化は多いけれども、どれも違っている。その映画・ドラマオリジナルの物語もあるし、コナン=ドイルの正典そのままの作品もある。でも、どれを聴いても、ホームズのほの暗いミステリアスな、危険も漂う世界が感じられる。かつ、どんな事件が起こるのかワクワクもする。テーマ曲や劇中曲は、現実世界を離れて、その作品の世界へ引きずり込む役目をする。「ホームズ」作品は、ホームズがクラシック音楽好きで、ヴァイオリンも演奏するところから、音楽も重要だと思っている。どの映像作品も、そこを大事にしていていいなと思う。

 オンデマンドは1月29日ごろまで聴けます。

by halca-kaukana057 | 2019-01-03 22:22 | 音楽
 青森県立美術館にて開催中の、「新海誠」展に行ってきました。このブログでは、「言の葉の庭」の映画と小説を取り上げています。その他にも、「ほしのこえ」、「秒速5センチメートル」、「君の名は。」はテレビ放送されているのを観ました。「君の名は。」は小説も読みました(小説を先に読んだ)。どの作品も、アニメーション映像の美しさに惹かれています。原画や絵コンテ、実際の映像から、新海作品に迫る展覧会です。

青森県立美術館:新海誠展 「ほしのこえ」 から 「君の名は。 」まで が開催されます。
新海誠展:「ほしのこえ」から「君の名は。」まで

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青森県立美術館のいつもの建物に、どーんと「君の名は。」をはじめとした新海作品が。

 今回の特別展はボリュームがあります。じっくり観て回ると2時間はかかります。そのくらい、ひとつひとつの作品を丁寧に展示、解説してありました。神木隆之介さんによる、音声ガイドもあります。それを聴きながら周りました。

 「ほしのこえ」は、新海監督がひとりで、デジタルアニメーションで制作した、いわばインディーズ作品。20分程度の作品ですが、少年少女の恋あり、宇宙SFあり、新海作品特有の切なさあり…とたっぷりな作品と観ていました。2002年に公開され、当時使われていた携帯電話のメールがコミュニケーションツールになっていたのも、今観ると懐かしい。新海監督がアニメ界に与えた衝撃がどれほどであったか、実感できました。当時新海監督が使っていたPCやペンタブレットなどの置かれた机も展示されていました。当時はブラウン管ディスプレイだったんだよなぁ。

 第2作「雲のむこう、約束の場所」は、舞台が青森でもあります。映画は少し観ただけなので、ちゃんと全部観たい。長編作品になり、制作メンバーも増えた。舞台を青森の津軽半島にしたのは、実際に訪れた新海監督が、生まれ故郷に似ていたから、なんだそう。まだちゃんと観ていないので物語がよくわからないところがあります。ただ、映像は本当にきれい。廃駅と水溜りや、雪や空や雲が。

 第3作「秒速5センチメートル」、好きな作品です。これまで宇宙やSF要素を物語に入れてきたが、自分の手の届く範囲の物語にしたいと舞台は現代日本に。SF要素もなくなります(種子島のロケットは出てきますが)。美しい映像に描かれる男女のすれ違い。映像だけでなく、すれ違い、微妙な心理描写も切ないけど美しいと思える。新海作品のそういうところが好きだなと思います。

 第4作「星を追う子ども」で方向転換。新海監督がつくりたいものと、観客が観たいものを考えた結果、観客が観たいものを優先。しかし、かねてからの新海作品ファンには不評…悩むところとなりました。「星を追う子ども」は観ていない。確かに、これも新海監督の作品なの?と思ってしまった。映像の美しさとかはそのままなんだけど…。試行錯誤し、悩んで、続く作品がうまれます。

 第5作「言の葉の庭」。やっぱり一番好きなのがこれ。新海監督がつくりたいものと、観客が観たいものについてもう一度考え直し、その答えがこれだったそう。日本庭園、雨の情景などの美しい景色に、すれ違う男女。「言の葉の庭」は小説でも読んで、物語をよく知っているから展示も面白いと思えるのかもしれません。でも、不器用な主人公とヒロインや、雨の描写には本当に惹かれる。雨だけで沢山の表情があり、表現がある。神木さんが「この作品で雨の日が好きになった方もいらっしゃるかもしれません」と音声ガイドにありましたが、その通りです。雨が憂鬱だなと感じると、「言の葉の庭」を思い出すと好きになれそうです。展示には、タカオが作った(であろう)靴の実物もありました。これかぁ!

 そして第6作「君の名は。」。新海監督がつくりたいものと、観客が観たいものがうまく一致してこうなったのだと思います。わかりやすいけれども謎のある物語。コミカルなシーンもありつつ、男女の切ないすれ違いと、会いたいというお互いの気持ちをいいタイミングで出している。美しい映像。残酷なところはあるけれども、それをも美しいと思ってしまう…。天文好きとしては、彗星について思うところは色々あるのですが、観はじめるとついつい観てしまう。ラストは、観客(新海作品に馴染みのない人も)が観たいものをうまくいれたな、と。「秒速5センチメートル」のようには終わらないのが、変化だなと思いました。

 そんな美しい映像を作るために、絵コンテやビデオコンテ(ビデオコンテの存在は初めて知りました)をじっくりとつくっている。背景も何重にも重ねている。「君の名は。」を制作した新海監督のPC環境の机も展示されていました。「ほしのこえ」と比較すると、時代は、技術は変わったなと思います。「ほしのこえ」では携帯電話だったのが、「君の名は。」ではスマートフォン。何かを表現し、それを商業作品として世に送り出す苦労も感じられました。

 展示の終わりに、これまでの作品を繋げたショートムービーがあります。その映像とメッセージには見惚れました。

 こんなものもありました。これは撮影OKです。
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 アレです。

 展覧会に行って帰ってきた後、これまで観た新海作品を観直したいし、また映画を観ていないものは観たい、小説をまだ読んでいないものは読みたいと思いました。

【「言の葉の庭」関連記事】
小説 言の葉の庭
[アニメ映画]言の葉の庭
 展示を見て思ったのですが、ユキノの部屋にて、2人はマリメッコのマグカップを使っています。が、ガラスのコップは…イッタラの「アイノ・アアルト」ではないでしょうか…?形が似ている…気がする…?

by halca-kaukana057 | 2018-11-21 22:56 | 興味を持ったものいろいろ
 久しぶりに映画を観てきました。宇宙開発ものと聞けば観たくなります。邦題で話題になりましたね…。公開後、私の近隣の地域の映画館では上映がないようだ…とがっかりしていたのですが、今になって上映されました。嬉しいです。

20世紀フォックス:映画「ドリーム」オフィシャルサイト
リンク先に飛ぶと予告編が再生されるので注意。

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 フライヤーとパンフレット。

 1961年。アメリカ、ヴァージニア州のNASAラングレー研究所。「西計算グループ」に所属する計算手の黒人女性たちは、日々計算を仕事としていた。ドロシーはリーダー格だが、1年も管理職が不在な「西計算グループ」を心配し、管理職を希望していたが、上司のミッチェルに管理職を置くことも、ドロシーが管理職になることも却下されてしまう。メアリーは宇宙船のカプセルの試験をする技術部に転属。エンジニアになりたいが、黒人で女性の自分には無理だと思っているところへ、上司からなりたいんだろうと言われ、望みを叶えたいと思い始める。「西計算グループ」で一番の数学の頭脳をもつキャサリンは、マーキュリー計画の宇宙船の軌道計算をする「宇宙特別研究本部」に黒人女性で初めて配属される。白人ばかりの職場はキャサリンに冷たい。「宇宙特別研究本部」のある建物は「西計算グループ」のある建物からはかなり離れており、有色人種用のトイレがない。厳しい環境ではあるが、ドロシー、メアリー、キャサリンをはじめとする黒人女性計算手たちはそれぞれの仕事でマーキュリー計画に貢献しようと奮闘する。ソ連はガガーリンを宇宙に送り、NASAは先を越されてしまうが、マーキュリー計画は進んでいく。キャサリンはその数学の腕で、計画を支えるようになる…。


 邦題は「ドリーム」なんてタイトルになってしまっていますが、原題は「Hidden Figures」隠された姿。マーキュリー計画で、NASAに黒人女性が差別下にありながら仕事をしていたというの話は私も初めて知りました。ドロシー、メアリー、キャサリンも実在した人物。1960年代はまだ黒人、女性への差別が根強く残っていた。NASAは宇宙開発の最先端の組織なので、実力さえあれば人種は関係ないと思っていた…アメリカという国にある人種差別を甘く見ていました。有色人種への差別は未だにあるのだから。

 物語の中には、様々な「隠されたもの」が出てきます。ドロシー、メアリー、キャサリンをはじめとする黒人女性計算手の存在もですが、キャサリンが「宇宙特別研究本部」の白人男性ポールから手渡されるものも「隠されたもの」。3人が抱く様々な想いも、表には出てこず「隠されたもの」。彼女らを取り巻く様々なものが「隠されて」いる。「隠れていて」白人たちはそれを知らない、というものもあります。例えばトイレ。でも、「数字(figures)」は正直。隠れない、隠されない。彼女たちは数学、数式を駆使し、数字で自分たちの存在を示そうとする。数学の知識、腕前に自信を持っている、心から信頼していて、「できます」とはっきりと自己主張する。ここはアメリカだなぁと思いました。

 彼女たちは厳しい環境に置かれながらも、向上心を持ち続けている。エンジニアの夢に向かって歩き始めたメアリー。コンピューター、IBMを導入し、計算手は必要なくなるのでは…と心配するが、コンピューターでのデータ処理をするのは人間じゃないとできない。プログラミングを学び始めるドロシーたち。軌道の数値が日々変化し、計算が追いつかない…そのために必要なことは何か。それを叶えていくキャサリン。彼女たちを応援しながら観ていました。黒板に数式を書いて計算しているキャサリンはとても素敵です。

 自分たちは黒人で、差別されるのが当たり前。差別される存在なのだと自覚しているキャサリンたち。勿論差別を受けるのですが、仕事が出来れば人種など関係ないと思っている人もいる。「宇宙特別研究本部」のハリソン本部長。技術部のメアリーの上司。「マーキュリー・セブン」宇宙飛行士のジョン・グレン。ハリソン本部長は尊敬できるし、グレンはかっこよすぎ。差別していた他の白人職員たちが悪いというわけではない。映画を観ている間は少々ムカつきはしたけど。それが当然だったのだから。メアリーの「前例」の話のように、前例がなかったから。この頃は、「前例」を作っていく時代だったのだ。

 3人はNASAで仕事をしているが、同時に母親、妻でもある。ただの数学のエキスパート、計算手という面だけでなく、職場を離れればひとりの女性という面も描かれていてよかったと思う。黒人差別や、NASAでの仕事だけの映画ではない。彼女たちの生活も、「隠されたもの」だろうか。歴史の表には出てこない物語。
 仕事と家庭の両立という面では、現代の日本にも通じるものがあると思った。雇用形態、お給料、職場環境など。日本には人種差別はないけれど、違う差別がある…。
 アメリカから見たソ連のロケットについての考え方も、今の日本に通じるものがあると思いました。あまり思いたくはないけれど…。

 1960年代アメリカのファッションがとてもオシャレで素敵だなと観ていました。特にメアリー。かっこいい。キャサリンもドロシーも似合うファッションをしている。音楽もアメリカという感じの歌がいくつも使われていて、雰囲気が出ていました。「宇宙特別研究本部」のオフィスの美しいこと。大きな黒板があり、2階のフロアはハリソン本部長の部屋。ガラス張りになっていてかっこいい。

 私はこの映画を、どんな環境でも向上心をもって奮闘する人たちの物語として観ました。日程的にもう一度映画館に行けそうにないので、DVDが出たらまた観たい。その時はもっと細かいところまで観られると思う。

 原作小説も出ています。買いました。DVDが出るまで読みます。

ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち


マーゴット・リー シェタリー:著、山北めぐみ:訳 / ハーパーコリンズ・ ジャパン、ハーパーBOOKS/ 2017



by halca-kaukana057 | 2017-12-10 22:30 | 宇宙・天文
 昨年公開された映画「劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス」(原題:Moomins on the Riviera/Muumit Rivieralla)をようやく観ました。劇場では観れず、DVD待ちでした。

劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス[通常版] [DVD]

バップ



◇公式サイト:映画『劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス』公式サイト
◇原作本公式サイト:筑摩書房:映画『劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス』特設サイト
 原作は、ムーミン・コミックス第10巻「春の気分」に収録されている「南の島へくりだそう(Familjen Lever Högt)」.

ムーミン・コミックス(10) 春の気分

トーベ・ヤンソン、ラルス・ヤンソン:著/冨原眞弓:訳/筑摩書房


南の海で楽しいバカンス

トーベ・ヤンソン:原作/末延弘子:訳/冨原眞弓:監修/筑摩書房


 原作を元に、映画を絵本化。2014年、フィンランドで刊行されたものの日本語版。

 これまで、ムーミンの物語はフィンランド本国ではアニメ化されていませんでした。今回、初めてフィンランドでアニメ化。全編手描きです。手描きでこそムーミンです。音楽もとてもいいです。サントラあるといいのにな。

 ムーミン谷の近くの海。ある日、海賊船が難波しているのをムーミンたちが見つけます。船から逃げ出した捕虜のミムラ、ミィ姉妹に出会い、船の中には何があるだろう…ムーミンとムーミンパパ、ムーミンママは船の中へ。熱帯植物の種や花火を見つけます。
 一方、フローレン(スノークのお嬢さん)は南の海のリゾート・リヴィエラについての記事を雑誌で読み、行きたいと言い出します。行くことに決めたムーミン一家とミィは、ボートに乗りリヴィエラを目指します。途中嵐に遭いながらも、何とかリヴィエラに着いた一行。ムーミン谷とは全く異なるリゾートに、ムーミン一行は…。

 まず、アニメの絵。日本のアニメ「楽しいムーミン一家」のようなカラフルなパステル調とも違う、あたたかな、幻想的な色遣い。ムーミンたちのキャラクターデザインは原作のムーミンコミックスを再現しているので、アニメのムーミンと言えば「楽しいムーミン一家」の私は慣れるまで時間がかかりました。

 物語は不思議です。海賊の箇所など、原作のムーミン・コミックスにはないところもあります。ミィとミムラとの出会いも、何故こんなところで、こんな時に…?ストーリーで、首を傾げたくなるところは少なくありません。そう、この何かズレてる不思議な感覚が、この映画ムーミンの持ち味なのだと思います。ムーミン谷を出て、全く違う世界にやって来たムーミン一行。リヴィエラでのヴァカンスを楽しむフローレン、友・モンガガ侯爵という話し相手が出来たムーミンパパ。一方で、ムーミンママは部屋や食事などで、豪華なホテルでの暮らしに馴染めない。ムーミンも、フローレンが金持ちのクラークと仲良くしていたり、大女優・オードリー・グラマーに夢中なのに納得がいかない。ミィはいつものマイペースです。ムーミンパパがモンガガ侯爵と飲みながら過去の冒険を語り合ったりしているのはいつものムーミンパパだなとは感じるのですが、フローレンが何かズレている。金持ちたちの中に入ろうと、華やかな服を買おうとしてあることをしたり、クラークとの付き合いが何か合わない。「ムーミン」の物語の世界は、ムーミン谷。ムーミン谷で「イモを育て、平和に暮らしている」。自給自足で、(北欧がモデルの舞台?の)ムーミン谷の自然の中で、様々な人々や動物たちと気ままに暮らしている。一方、リヴィエラはお金が無いと何も出来ない。ホテルや金持ちたちとの社交パーティでは、そのコミュニティでのルールがある。ムーミンママはチップのルールも知らない。知らなくて当然、そんな世界とは無関係に暮らしてきたのだから。ムーミン視点で見ると、リヴィエラは何か違う、何かズレた世界。

 クラークやオードリー・グラマーはリヴィエラの世界の住人。モンガガ侯爵がキーパーソンになります。金持ちの貴族だけれども、質素で自由なボヘミアンな生活に憧れている。実は芸術家。ムーミンパパとの出会いで、自分もムーミンパパのように暮らしてみたいと、邸宅から離れて、芸術に没頭する暮らしを始めるが…。それから、もうひとり(人ではないが)キーパーソンが犬のピンプル。ピンプルも原作には出てこないキャラクタです。犬だけど、ネコしか好きになれない。ムーミンママはそんなピンプルの友達を探し、あることを思いつきます。

 そのコミュニティ(リヴィエラ)に馴染んでいる、そこでの生活が当たり前だと思っている人。一方で、今いる場所に違和感を覚え、違う世界で生きたいと思っている人。リヴィエラで、ムーミンたちはそんなふたつのタイプの人たちに出会います。違う世界で生きたいと思っている人はどうするか。それは映画を観てのお楽しみ。特にピンプルは深いキャラクタです。

 これまで様々な媒体で、「ムーミン」の物語とトーヴェ・ヤンソンの想いに触れてきましたが、この映画でもヤンソンの想いが反映されていました。反映されてなければ「ムーミン」じゃない。「ムーミン・コミックス」は「たのしいムーミン一家」が英訳され、イギリスで人気が出た後に、ロンドンの夕刊紙「イブニング・ニュース」に連載されたもの。「ムーミン・コミックス」では一気に世界的作家となったヤンソンの心の内を垣間見ることができます。この原作「南の海にくりだそう」でも、人気作家ヤンソンの心の内が表現されているのかな、と思ったりもしました。

 可愛いアニメのムーミン…と思って観ると、ちょっと拍子抜け、もしくは違和感を覚えるかもしれません。是非原作もお供に、「ムーミン」とヤンソンの独特の世界に触れられるアニメです。

 最後に、映画の中では問題発言?も出てきます。それ言っちゃイカンだろ!wとツッコミたくなるセリフがいくつか。元のフィンランド語、英語版でも同じなんだろうか…。こんなシニカルさもムーミンの持ち味です。
 あと、フローレンですが、この名前は日本語版での名前。アニメ「楽しいムーミン一家」がベースになっています。フィンランド語ではNiiskuneiti(ニース(フィンランド語版でのスノーク)のお嬢さん)、英語ではSnorkmaiden(スノークのお嬢さん)です。
◇英語版ウィキペディア。日本語版はない!:Wikipedia:Moomins on the Riviera
by halca-kaukana057 | 2016-06-20 21:59 | フィンランド・Suomi/北欧

[アニメ映画]言の葉の庭

 先日小説版を読んだ「言の葉の庭」。早速DVDを観ました。
・小説版感想:小説 言の葉の庭

劇場アニメーション『言の葉の庭』 DVD

新海誠:監督/東宝



言の葉の庭:公式サイト
 ↑サイトにジャンプすると、映画の予告動画が再生されるので、音量にご注意ください。

 小説は、結構な長さがあった。それが、元のアニメになると上映時間45分程度。物語はタカオとユキノを中心に進み、小説で登場したタカオとユキノの周囲の人々は、そんなに出てこない。小説が先か、アニメが先かわからないのだが、どちらにしてもあの物語をこんな短い時間にぎゅっと凝縮して、素晴らしい魅せ方をしているなぁと思いながら観ていました。

 予告編映像を観て、この映画が気になったのですが、本編も映像がきれい。美しい。最初は実写かと思った。映像特典のスタッフ・キャストインタビューで色の塗り方について監督が仰っていたのだが、技法についてはよくわからないのですが、美しく魅せることを徹底しているなぁと、そのインタビューから感じました。舞台は東京のど真ん中の公園。東京のど真ん中、周囲には高層ビルが立ち並び駅は人でごった返しているけれども、公園に入れば緑。そして雨。その対比も美しい。高層ビルや駅の人混みまで、違う何かに見えてしまうのだから凄い。
 そして、その公園にいるユキノさん…美しい…。小説でもユキノさんがいかに美しいかについて書かれていましたが、絵で観ると一目瞭然。緑と、雨と、美しい女性。これは惹かれる。

 でも、ユキノは心に傷を負い、暗さ、憂い、脆さ、弱さを抱えている。そのユキノはタカオと出会い、何かが変わりだす。独りで思い悩み、独りで抱え込み、独りうずくまっている。独りで「歩こう」としても、うまく「歩けない」。そんなユキノさんの姿を観て、心が揺さぶられる。心が痛む。一方のタカオ君は、15歳だけれどもとてもしっかりしている。靴職人になりたくて靴を自作し、靴作りのため、進学のためにバイトも頑張る。独りで「歩こう」と前を向いている。ユキノにとって、タカオは希望だったのだろうな。「こんな風に歩けたら」という理想であり、希望である。

 そして、タカオがユキノが何者なのかを知り、クライマックスシーンでは涙腺崩壊。小説ではじんわりとは来たけど、感極まることはなかった。ユキノは、不器用でもある。料理も苦手だが、人と話す、自分の気持ちを伝えるのも思ったようにできない…。そんなユキノがタカオに想いをぶつけるシーン…不器用な伝え方だけど、それが心を打つんだよなぁ…共感しました。もし私がユキノの立場だったとしても、私もユキノと同じような言動、不器用さでタカオに向かってしまうだろう。

 タカオもしっかり者でいい子(でも雨の午前中は学校をサボる)だけれども、ユキノの前では少しその鎧をとっているようにも感じました。ユキノが何者か、ユキノの今後を知って、その原因となった者のところに立ち向かう…あまりに無防備で、無謀で、まっすぐ過ぎる。普段のタカオとは違うタカオの面。ユキノと出会って、逢瀬を重ねるうちに出てきたタカオの一面なのだろうか。

 小説は物語を楽しみ、アニメ映画は映像とタカオとユキノの心の揺れ動き、シーンを楽しむ。同じ「言の葉の庭」という作品なのに、メディアで異なる楽しみ方が出来ていい。アニメ映画はドビュッシーやラヴェル、フォーレなどのフランス近代印象派の音楽のような雰囲気かなと感じました。どこか曖昧で、揺らいでいて、儚くて、美しい。

 音楽も、ピアノをメインに静かで、そっとそれぞれのシーンに寄り添うような形でよかった。

 小説だけ読んで終わらなくてよかった。アニメ映画を観て本当によかった。雨のように、心を潤す作品です。私もうまく「歩けない」状態だけど、不器用でも「歩きたい」。
by halca-kaukana057 | 2014-09-07 22:21 | 興味を持ったものいろいろ

小説 言の葉の庭

 公開された時から気になっているアニメ映画「言の葉の庭」。気になってるのに、上映館が当地には無く、そしてまだDVDで観てない…。と思っていたら、新海誠監督自らによる小説版を見かけたのでまず小説を読むことにしました。

言の葉の庭:公式サイト
 ↑サイトにジャンプすると、映画の予告動画が再生されるので、音量にご注意ください。

小説 言の葉の庭
新海 誠 /KADOKAWA/メディアファクトリー(ダ・ヴィンチブックス)/2014

 高校生の秋月孝雄は、雨が降ると午前中は学校をサボって、国定公園に向かう。ある日、公園内の東屋にスーツを着た女性がいた。午前中から缶ビールを飲んでいる。孝雄はその女性…雪野にどこかで会っている様に感じる。それから、雨の日になると孝雄と雪野はその東屋で会う。孝雄は母の靴の手入れをしているうちに、独学で靴を手作りしている。そして、いつか靴職人になれたら、と雪野に話してしまった。一方、雪野は「うまく歩けなくなっちゃったの」と孝雄に語る。

 アニメの予告の絵がとてもきれいで印象的だったのですが、小説でもそのきれいな絵が思い浮かぶような物語、文章でした。雨の日、公園の東屋で会う孝雄と謎の女性・雪野。普段ならその雪野について詳しく書こうとするところなのだが、あまり書きたくない。ネタバレ阻止の意味もあるし、私が語るよりも小説で、アニメでその美しさを味わって欲しい、という想いがある。儚く、弱く、傷や陰を抱えている。それが、美しく感じられる。

 孝雄は靴職人を志し、独学で靴を作っている。自分で作った靴を履き、歩いてみてまた改良する。この物語の鍵になるのは、その「靴」、そして「歩く」ことだと思う。外を歩く時、靴を履く。靴を必要としない人もこの世界にはいるが、現代の日本では靴を履かないととても外を歩くことは出来ない。硬いアスファルトは素足では痛い、尖った石ころやガラスの破片などの危険物もある。雨が降れば尚更。靴は歩くための足を守り、体を支え、遠くまで行けるようにしてくれるもの。
 この物語に出てくる人々は、壊れかけの「靴」でうまく「歩けない」人たちばかりだ。表向きは歩いているようでも、心の中、ひとりになると傷や陰が出てくる。壊れかけの「靴」でも歩いていけるように自分の足を強くするか、「靴」を鎧のように頑丈にするか…それが本当に頑丈かどうか、頑丈に見せているだけのこともあるけれども…。または、「靴」も自分も強く「つくっていく」か。その時、一緒に「歩く」「歩きたい」と思う人がいるか。一緒に「歩きたい」と思う人がいれば、そうストレートに簡単にはいかないけれども、「靴」も自分も強く「つくって」いける。孝雄も、雪野も、ひとりで歩こうと思いながら、お互いを気にしている。その想いも簡単には届かない、叶わないが…。

 人と人はどこで繋がっているかわからない。そしてその想いも錯綜する。あちらこちらで絡まり、衝突する。それでも、美しい物語だなぁと思いながら読んでいました。物語に散りばめられた和歌が、その美しさを引き立たせているのかもしれない。

 美しくて、儚くて、辛いけれどもやさしさがある物語。これはアニメも観るしかない。
by halca-kaukana057 | 2014-08-28 22:09 | 本・読書
 小惑星探査機「はやぶさ」を描いた映画の第3作目(劇場上映されたので、「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」も含む)、「はやぶさ 遥かなる帰還」(東映、監督:瀧本智行、主演:渡辺謙)を観てきました。

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チラシとパンフレット。

映画「はやぶさ 遥かなる帰還」公式サイト

 まだ公開中の作品なので、ネタバレしないように控えめに書きます。あと、昨年10月に公開された「はやぶさ」映画第2作目、20世紀フォックス「はやぶさ/HAYABUSA」と比較してしまうところもあります。先に観たものがあると、どうしても、ね。

 私の観た感想を一言で書くと、”「はやぶさ」プロジェクトチームとその周囲の人々の、苦悩と葛藤、挑戦、そして情熱の物語”でしょうか。20世紀フォックス版よりも、人間ドラマ色が強いです。「はやぶさ」よりも、人々に焦点が当てられます。なので、人間の喜怒哀楽の表現も強いです。

 観始めて、なかなか物語に入り込めませんでした。「はやぶさ」の運用の流れと時間の流れがつかみにくく、また人間に焦点が当てられているので、その時「はやぶさ」はどこにいて何をしているのかわかりにくいところも少なくない。また、この時その場所にはないものが写っていたり。でも、観ていて徐々に物語に入り込めました。

 予告編などを観てのとおり、渡辺謙さんが演じるプロマネは、クールで、口調も穏やかだけれども、その内には熱いものをもっている。「やりましょう」の一言も、穏やかなようで、熱い。しかし、渡辺謙さん以上に、NECでイオンエンジンを開発し、運用にも関わっている吉岡秀隆さん演じるエンジニアや、「はやぶさ」の部品の試作品を作った町工場の社長・職人役の山崎努さんの存在が良かった。「はやぶさ」のプロジェクトチームのメンバーは、JAXAの中の先生方だけじゃない。メーカーさん、外部のエンジニア、町工場の職人さん…「はやぶさ」に関わった全ての人がチームの一員なんだ。そして、チームの一員として、意見もはっきり言うし、その意見が対立することもある。沢山の人が関わっているプロジェクトだから、皆がすぐに納得して、気持ちをひとつにやりましょう…とすんなりとはいかない。そんな様も描いていて(実際あった)、いいな、と思いました。

 セットや小道具をよく観ると、細かい描写があって、リアルだなぁと感じました。打ち上げの際の、管制室の中の様子は特に。

 「はやぶさ」の機体の一部を随所で写すのはうまいなぁと感じました。冒頭のものは、そういう意味だったのか…。あと、この作品も、エンドロールの左側に注目です。説明が無いけど、わかってもらえるはず。このエンドロールで流れる、辻井伸行さんのピアノ・音楽もよかった。広い宇宙を飛ぶ孤独な「はやぶさ」と、広がる宇宙、そして人々の思いの強さも感じました。ちなみに、編曲・音楽監督は山下康介さんです。

 twitterの宇宙ファンの間で「先生、帰る方向はそっちじゃない」との話があったのですが、理解しましたw確かに、そっちじゃない!気になる方は、JAXA・宇宙科学研究所(ISAS)相模原キャンパスへ!見学できますよ。
・昨年夏行ってみた記事:緑の中に、宇宙科学の最前線  JAXA・宇宙科学研究所 相模原キャンパスに行ってきた

 一度観ても、まだ物語を飲み込めていない部分もあるので、DVDでまた観ます。その時、おやつにかりんとうを準備しなくてはw

【過去関連記事】
小惑星探査機 はやぶさの大冒険
 ↑この映画の原作である、山根一眞さんのノンフィクション。現在「はやぶさ」関連本は数えられないぐらい出ていますが、「はやぶさ」本第1作目です。
「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」劇場上映を観てきた
 ↑映画第1作目「HBTTE」。これは本当にいい作品です。
映画「はやぶさ/HAYABUSA」(20世紀フォックス版)を観てきた
 ↑昨年10月公開の20世紀フォックス版。3月にブルーレイ・DVDが出ます。ブルーレイBOXを注文しちゃいました。届くのが楽しみ。


 

***
 この記事を書いている途中、ちょっとしたことで、書きかけの記事が全部きえてしまいました…orz 一度書いた文章が思い出せないこの辛さ、かなしさ、悔しさ…。思い出したら、追記します。
by halca-kaukana057 | 2012-02-25 00:24 | 宇宙・天文

ヤコブへの手紙

 少し前に、面白そうなフィンランドの映画を見つけました。私の地域では上映されなかったのでDVD待ち。ようやく観ました。

ヤコブへの手紙(原題:postia pappi Jaakobille) [DVD]

監督・脚本:クラウス・ハロ/出演:カーリナ・ハザード,ヘイッキ・ノウシアイネン,ユッカ・ケイノネン,エスコ・ロイ/ネエプコット/2011(フィンランドでの公開は2009)



 1970年代のフィンランド。終身刑で12年間刑務所にいたレイラは、恩赦で釈放される。釈放されても行くあてもないレイラだが、勧められしぶしぶ年老いた盲目の牧師・ヤコブのもとで住みこみで働くことに。仕事は、ヤコブに届いた手紙を読み、返事を代筆すること。ヤコブに届く手紙には、人々の悩みや相談、祈っていて欲しいということが書かれている。レイラはその手紙を読みつつも、内容やヤコブの話すことに理解を示さず、ヤコブや郵便配達人と距離を置いていた。
 そんな中、ヤコブのもとに手紙が一通も届かなくなってしまう。落ち込むヤコブ。そんなことは自分には関係ない、どうでもいいと思いつつも、レイラは…。

 75分と短めの映画です。牧師さんがメインキャストであること、タイトルの「ヤコブへの手紙」も新約聖書の「ヤコブ書」を意識していることなど、キリスト教の思想が根幹にある作品です。なので、キリスト教に疎い私が観ても大丈夫だろうか…と思っていたのですが、観て、キリスト教というひとつの宗教に限定されない、「生きること」全てに共通するものを感じました。

 終身刑という重い罪(何の罪なのか、何を犯したのかはネタバレになるので伏せます。物語の最後で出てきます)を負い、人と距離を置き分かり合おうとはせず、いつも周囲を警戒し、威嚇しているレイラ。更に大柄で恐そうな顔。一方、年老いて盲目ではあるけれども、人々から毎日手紙が届き、相談にのっている心優しいヤコブ牧師。全く正反対の2人。レイラが刑務所を出て、ヤコブの住む牧師館へやってきた時も、ヤコブは歓迎するが、レイラは何故自分はこんなところに来なければいけないのだと言わんばかりの態度。手紙を届けに来る郵便配達人も、ヤコブを慕う一方で、レイラは終身刑だった女だと知っており、恐れてなるべく関わらないようにしている。レイラからすれば、わけのわからない老牧師と、どうでもいい手紙を読み、郵便配達人にもイライラする。レイラは何か事件を起こすんじゃないかとハラハラしていました。

 しかし、時間は淡々と流れる。牧師館の周囲は、白樺の林が美しい。まさにフィンランドの田舎だ。レイラとヤコブの食事やお茶の時間も、ぎくしゃくしているようでどこかゆるやかな空気が流れている。そして、”静か”だ。レイラがどんなにイライラしていても、雨で牧師館のあちらこちらで雨漏りがしていても。この静けさに、レイラの凍りついた心の奥にある何かが見えてくるようだ。

 そして、突然来なくなったヤコブ牧師への手紙。手紙を心待ちにしていたヤコブにとってはショックである。自分はもう必要となくなってしまったのではないか。レイラも、ドアの前で郵便配達人を待つが、素通りしてしまう。来なくなった手紙、そしてレイラの一言が、今度はヤコブ牧師を変えてゆく。牧師ではなく、ひとりの人間として。

 ヤコブにとって、手紙は何だったのか。牧師であることは、どんなことだったのか。そして、レイラも恩赦で釈放されたが、”元終身刑”であることを引きずっている。本当は終身刑の受刑者のままでいい、そうあるべきだとさえ思っている。2人を取り巻いていたもの、支えていたものが無くなり、孤独な2人の人間が、肩書きの無い人間として「生きること」「生きてゆくこと」を語り始める。誰からも必要とされなくなっても、孤独でも、生きる。生きる道はある。生きる意味はある。レイラからヤコブへの”手紙”、ヤコブに届いたある人からのレイラへの手紙。その深みが、じわりじわりと心に届きます。

 レイラは来るべくしてヤコブのところへ来たのだろうし、ヤコブもレイラが来なければ気づけないことがあった。人間が「生きる」ことを、控えめに、ひっそりと、でも崇高な思いを持って伝えようとしたこの作品に、静かに拍手を贈りたいです。音楽もいい。

「ヤコブへの手紙」オフィシャルサイト (*ジャンプすると予告動画が自動再生されるので、注意してください)

 ところで、この公式サイトに、「郵便配達人を巡るギモン」というのがあった。ん…確かに、郵便配達人の視点からこの物語を観ると、全然違った物語になる。郵便配達人の行動も、謎めいているところがあるし…。郵便配達人は、一体何者なんだ?何なんだ、この映画…。

 ちなみに、この映画から生まれたサイドストーリー絵本「シニッカさんどうしたの?」(絵・文:七字由布)も出ているとのこと。アマゾンにはないようだが、読みたいなぁ。
by halca-kaukana057 | 2012-01-16 23:40 | フィンランド・Suomi/北欧
 休みだった昨日、NHK-BSプレミアムでお昼に映画「雨に唄えば(原題:Singin' in the Rain)」が放送されていました。気になっていて、いつか観ようと思っていたので観ることに。はい、白状します。今まで観たことがありませんでした…。

 「雨に唄えば」と言えば、「♪I'm singing in the rain~」の陽気な歌が真っ先に思い浮かびます。原曲もそうですし、「クインテット」でアキラさんがトリプル(ピアノ・カスタネット・ピアニカの三役を同時に!)で、この曲を演奏したバージョンも。大好きな編曲です。でも、もともとの映画を観たことが無い。どんな経緯で、どんなシーンで歌われていたのか、観たことが無い。今回観て、魅了されました。「雨に唄えば」のシーンだけでなく、映画全編で。

 この映画はミュージカル映画。ミュージカルを映画で上演したといえばいいかな。歌と軽快なダンスがちりばめられていて、魅入ってしまいます。時は1920年代アメリカ。俳優のドンは、音楽担当の相棒コズモと地道に歌とダンスのショーを積み、今や知らない人はいない映画スターになった。このドンとコズモのダンスが凄い。下積み時代の回想でも、軽やかに、俊敏に踊る。今、こんなに踊れる俳優さんはいるのだろうか…と思うほど。ドンは女優・リナと組んで主演している。2人は実生活でもカップルと噂されているが、ドンにその気は全く無い。あくまで仕事だけでの相手。そんなドンが、ひょんなことから駆け出しの女優・キャシーと出会う。ドンはキャシーの歌とダンスに魅了され、惹かれてゆく。キャシーのダンスも素晴らしい。ドン・コズモ・キャシーの3人で踊るシーンがあるのですが、圧倒されました。人間、ここまで踊れるのだと。しかも笑顔で、心から楽しそうに。私も踊りたくなるほど。

 その時代の映画はサイレント映画だったが、映画界に激震が起きる。トーキー映画の登場だ。他の会社が作ったトーキー映画が大ヒット。サイレント映画の時代は終わった。ドンとリナの最新作もトーキーで撮影・録音するが…うまくいかない。しかも、リナは元々酷い声。試写会でも悪評ばかり。どうしよう…と頭を抱えるドン。そこで、コズモがミュージカル映画にしたらどうかと提案する。それはいい案だ!とドンもキャシーも喜んで同意する。しかし、リナは酷い声、歌も下手。どうする…。この後の展開は、観てのお楽しみで。

 そしてこの後で、「雨に唄えば」のシーンが出てきます。キャシーと会った帰り道、雨の中、ドンが歌い踊る。ここで、日本語訳の歌詞に初めて出会いました。ああ、こんな意味だったんだ。…僕は雨雲に笑いかける。雨が降っても僕は笑顔でいる。サイレント映画からトーキー映画の時代へ。その奔流に飲み込まれそうになっているダン。でも、大丈夫。キャシーがいる。コズモもいる。そして、歌とダンスがある。今の社会、時代、そして私自身が置かれている状況に重ね合わせて観ていました。こんなに深い歌だったんだ。

 雨の中でも、笑顔で楽しく歌い、踊ろう。自分の心の中にある幸せを、雨も嵐も消せやしない。そう、雨が降ろうと嵐だろうと、心の中に幸せを持ち続けよう。そんなメッセージが込められていたんだ。この映画、歌に出会えただけでも幸せな気持ちになれました。

 「クインテット」のトリプルアキラさんバージョンの「雨に唄えば」も、何故あんなに楽しそう、聴いているだけで幸せになれるのか。その理由がわかった気がしました。音楽そのものも素晴らしい。でも、この音楽に込めたメッセージが、あの編曲とアキラさんの表情に詰まっていたんだ、と。あれ、また放送してくれませんかね。DVDにもCDにも入っていないし…。

 録画もしたので、何度でも観たいミュージカル映画です。古い映画ですが、何十年経っても見続けられている理由もわかりました。ああ、踊るって、唄うって、いいなぁ!
by halca-kaukana057 | 2011-12-07 22:58 | 興味を持ったものいろいろ

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


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