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私にとって、「感想」を表現するって、何だろう

 先日読んだ本「羊と鋼の森」(宮下奈都)で思ったこと。感想記事にも少し書きました。この本を読んで思うことは色々あった。ピアノのこと、ピアノを弾いていた時のこと。そして、音楽のこと。
・その感想記事:羊と鋼の森
 上記記事から引用します。

 以前、今もまだ続いているが、聴いた音楽の感想が出てこなくなった時期があった。感想を出すのが怖いのだ。外村が調律がうまくならなかったらどうしよう、怖いと思ったように。この演奏は、「いい演奏」か「悪い演奏」か、叩き切るように判断できなければならないと思って、それがわからず、感想を言うのが怖くなった。感想が他の人…ズバッと感想を出している、しかも説得力のある感想を出している人と違えば、自分は間違っていると思えてしまう。その作品を初めて聴く、聴いたことがなくて、判断できないこともある。いい曲だとは思ったけど、感想は…?「いい」「よかった」、でいいの?それだけだと足りない、弱いのではないか。判断基準が自分ではなく、他の人になってしまい、音楽は聴いても、その感想を出すことはなかった。そもそも自分に判断する権利はあるのか。音楽経験も少なく、叩き切るような感想を出せるような説得力も知識も読解力もない。音楽を聴くのが辛かった時期を思い出した。

 過去にも、こういうこと、似たことについて、思うことがあって、ブログに書いたことがありました。
「優劣」はどこから来る?(2014.3.16)
読解大会、もしくは読解合戦(2015.3.5)
表現することが「わからない」(2016.1.5)

 かなり前から定期的に?思っていることですね。まだ、解決できていない、答えを出せていない、トンネルを抜けきれてない。

 これらを読み返して、「羊と鋼の森」も読み返して、考える。「羊と鋼の森」でこんな箇所がある。主人公の外村は駆け出しのピアノ調律師。高校生の時、偶然ピアノの調律に立ち会って、初めてピアノの調律に触れて、調律師になりたいと思った。山奥で生まれ育ったため、それまでピアノについて何も知らなかった。ひたすら勤務している楽器店のピアノを片っ端から調律し、先輩調律師について調律の現場で学び、夜はピアノ曲のCDを聴いてピアノ漬けの日々を送っている。そんな外村が生まれ育った環境ゆえ町の子どもたちなら当然のように触れられるものを、「あきらめる」「素通りする」ことが多かったと回想するシーン。
 
 あきらめようと思えるまでに時間がかかったものが、ひとつだけあった。絵だ。僕には絵がわからなかった。(中略)きれいだな、おもしろいな、と思うことはあっても、そこまでしかたどり着けなかった。きれい以外の絵のよさがほんとうにはわからない。先生からは好きな絵を一枚見つけるよう言われたけど、それも違うんじゃないかと思った。色がやさしいとか、なんとなく雰囲気が好きだとか、そういうことで絵を観ては間違うような気がした。
 もしかしたら、それでよかったのかもしれない。この絵が好きだと思えればそれでいい。いい気分になれればそれでいい。絵がわからないとか、そんな観方じゃいけないとか、自分で自分を窮屈にすることなどなかったのだろう。でも、僕はあきらめたのだ。絵は、わからない。わかったようなふりをしてもつまらない。
(95ページ)
 (中略)
 好きだとか気持ちがいいだとか、自分の中だけのちっぽけな基準はいつしか変わっていくだろう。あのとき、高校の体育館で板鳥さんのピアノの調律を目にして、欲しかったのはこれだと一瞬にしてわかった。わかりたいけれど無理だろう、などと悠長に考えるようなものはどうでもよかった。それは望みですらない。わからないものに理屈をつけて自分を納得させることがばかばかしくなった。
(96ページ)

 外村の絵の観方は間違いではないと思う。自分で自分を窮屈にしていると思う(大ブーメラン、自分もです)。でも、外村には「わからなかった」。「わかったようなふりをしてもつまらない」。自分の観方は間違っている。そんな考えから抜け出せなかった。この外村が悪いわけじゃない。どんなに間違ってない、それでいいと認められたとしても、自分で納得がいかなければ本気になれない。自分に無理強いしても辛いだけだ。
 でも、外村にとって、ピアノは違った。わかるとかわからないとかという基準のものではない。わかりたい、あきらめたくない。自分にとって要るものはこれ、ピアノだ。

 私も、音楽にしろ絵にしろ本にしろ、感想が出てこなかったのは「わかったふり」をするのが怖かったのだと思う。そんな観方、聴き方、読み方じゃいけないと、自分を追い詰めていたんだと思う。何がきっかけで…他者の優れた(これも私の主観としか言いようがない)感想に比べて自分はここまでしか読み込めないのか、と落胆したこと。感想を出すなら、もっと立派で説得力のある、独創性のある、誰が読んでも面白いものを…。これは、理想ではあるけれども、「自分の中だけのちっぱけな基準」じゃないかとも思う。感想を書いて、何をしたいのか。かつてはツイッターをしていて、共有を意識していたけれど、それはもう終わった。このブログでは、コメント欄も閉じている。誰かと感想を交わしあいたい…自分の感想もままらないのに、誰かの感想を受け止める心の余裕は今の私にはない。まだ、ここのコメント欄は閉じていたい(他にも理由はありますが)。自己顕示欲…少しはあると認める。ないわけじゃない。でも有名になりたいとかは思わない。ただ自分が何を考えているか、「何処」にいるのかを記したい。その際、ブログで公開する必要はあるのか、自分だけのノートに書くだけでもいいんじゃないのか、と思うようにもなってきてはいる。読み返す時、過去ログを探しやすい、公開することを意識するから、文章や、思考のまとまりに気を遣うなどの利点はある。コメント欄は閉じているけど、何かのきっかけで立ち寄った誰かが、同じ本を読んだり、音楽を聴いたりして、この人はそう思ったんだな、と読んでくれれば嬉しい。同じことを思った、それは思いつかなかったなどと思ったらもっと嬉。

 好きなものをとにかく語りたくて、始めたブログ。今もその気持ちは変わらない。ものすごく好きなものに出会えたら、それについて語りたい。共有とか共感とか関係ない。「自分の中だけのちっぽけな基準」「自分で自分を窮屈にする」ということは考えなかった。純粋な気持ちが前に出ていたけれど、書けば書く程、内容にも凝るようになる。それは、文章や読解の面の成長のあらわれだと思う。前よりも沢山読んだ、聴いたのだから、成長していって当然だと。過去の感想を読んで、今のものと比べて、劣化したと思うことがある。記事数、更新頻度が減って、衰えたと思ってしまう(辛い)。

 そんな状態ではあるけれど、本は読み続けているし、音楽も聴き続けている。面白い、いいなと思うものは次々出てくる。あきらめたくない。わかりたい。無理強いではない。好きだから。接して、やっぱり好きだと思うから。

 感想が出てこない、書けない。どうしたらいいか。
 ひとつ。今はもう他の人の感想を前もって読むことはなくなったのだが、まずは自由でいいと思う。恐れずに。自分の思ったことを、まず言葉にしてみたらいいと思う。
 ふたつ。私が劣等感を抱いているのは、読む本にしろ、聴く音楽にしろ、接したことのないものがとにかく多い。有名作品でも知らない、接したことがない、接したことはあるけど1回程度…経験値が足りない。とにかく沢山のものに接したい。クラシック音楽は大人になってから聴き始めた。ピアノは子どものころ習っていたけど、熱心ではなかったから、加点にならない。本も知らない作家ばかりだ。私はスタートが他の人に比べて遅いと思っている。だから、まず量を増やす。
 みっつ。言葉の語彙を増やす。多彩な表現ができるように、でもあるし、自分の中にある微妙な感情を、ぴったり当てはまる言葉を多く持っていたい。
 よっつ。「感想を書くため」と意識しない。意識すると出てこない。
 いつつ。関係ない、とバッサリ切り捨てない。どんなものも、どこかで何かしらに繋がっている。その繋がりがわかれば、読み解きも広がり深まり面白くなる。自分の接するものは、全て何かに繋がっている。
 まだありそうだけど、今はこの5つ。

 基準は自分がつくればいい。「こう思った」のなら、それが基準だ。基準はどんどん変化していくと信じて。言葉も、それにつれて変化、成長していく。鍛錬、修行だ。つらいこともあるけど、つらいことだけじゃない。楽しくて、好きだからやっている。つらい気持ちしか出てこなくなったらやめる。もし、そうなったら、このブログもやめる可能性があります。でも、今はそれは考えずに。自分で自分を窮屈にしない、難しくしない、つらくしない。

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by halca-kaukana057 | 2018-05-13 23:00 | 日常/考えたこと

悪い時は悪いなりに

 数週間ぶりの更新です。余程のことがない限り、こんなに更新しなかったことはなかったと思います。

・熊本・大分地方での大地震、被災された皆様へお見舞い申し上げます。ライフラインが安定しない、余震で不安な日々が続く…5年前を思い出します。どうぞ、お身体を第一にしてください。心より、一日も早い復興をお祈り申し上げます。

・現在、体調不良が続いていて、更新をお休みしています。音楽は聴いても聴いてるだけ。本は読んでものろのろと遅く、なかなか読み終わらない。そして、ブログ記事を書くだけの気力体力がない。PCに長時間向かっていられない…そんな状態です。

・ツイッターもあまりツイートしていません。ツイート、タイムラインの流れに乗れません。ツイートって何書けばいいんだっけ?と思うこともあります。好きなことを書く…流れに乗れず、好きなことを出せないことも多いです。正直言うと、居心地悪いです。ツイッターやめてもいいかな、なんて思うこともあります。私の体調が悪く、精神的な方にも影響しているので、私の捉え方だと思います…。
 これも、5年前を思い出します。5年前、震災後のタイムラインは見ていて辛かったです。

・あまりツイートしない日が続くと思いますが、それでもよろしければお相手してくださいませ。

・ちなみに、渾身のツイートをしても何も反応が無く、失望・がっかりすることもありました(本当、渾身だったんですけどね…)。

・そんな調子が悪い状態が続き、声楽のレッスンはどうしよう…と先生に相談しました。すると、体調が悪い時なりの歌い方がある、と仰ってレッスンをしてくだりました。プロの声楽家でも体調が悪い時がある。体調を良い状態に保つことも大事だけど、悪い時はどうしたらいいか。私のような趣味のアマチュアなら、悪いなりにリハビリのような歌い方で歌うことが出来ることもある。自分の調子と向き合いながら、丁寧に発声、音を取っていってみると、元気な時は気付けなかったことに気付くこともあります。丁寧に音を取っていくので、寧ろ今の方がよく歌えていることもあります(汗 普段の練習・レッスンへの向き合い方はどうなんだ…)。

・悪い時でも、悪い時なりにできることがあるんだ、と思う今日この頃です。
 ブログも悪いなりにできることがあればいいのですが、それよりも早寝することにします。

 よくなるまで、まだ少しかかりそうです。また気が向けばこんなつれづれの記事を書こうと思います。
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by halca-kaukana057 | 2016-04-21 21:31 | 日常/考えたこと

「わからない」から表現するのかもしれない

 年明けに書いたこの記事。
表現することが「わからない」

 心身の状態が安定しないのもあって、数日ネットから離れていました。ツイッターにも何日もツイートせず。いつもなら、日々思ったことをつぶやいたり、気になった・覚えておきたい宇宙天文関係、音楽関係のニュースや読み物をブックマークしたり、観ているテレビや聴いている音楽についてツイートしたりしていたのですが、数日間だけですが全くやめてみました。別にそんなこと表現しなくてもいいや。何の意味があるというんだ?別に何も変わらないじゃないか。いつも話をしているフォロワーさんと話さないのは寂しいなと思いましたが、とても受け止められる精神状態ではなかった。前の記事で書いた通り、かなり参ってました。

 しかも年末年始に引いた風邪がなかなか治らず。体調が悪いとあちこちに影響しますね。声楽のレッスンにも行けず、歌の練習も出来ず。声楽は自分の身体が楽器。身体、健康状態で大きく左右される。ピアノでも風邪を引いた時、音が変に聞こえる影響があったのですが、声楽はそれ以上。声楽は健康第一だと実感しました。歌えないことは、心が塞ぎます。

 というわけで、夜は10時には布団に入る生活をしていました。が、風邪は治ったのですが、まだ前の記事で書いたことは引きずっています。ネットから離れて、その時間で読書したり、音楽聴いたり…あまりしなかった。ぼーっとしていることが多く、寒い、しんどい、寝る、と早寝。早寝は心身にいいはずなのに、あまり効果を感じられません…。まだダメなのか…?

 数日振りにツイートしてみて、さて、何をツイートすればいいのだろう?と少しの間思いました。今は感覚も戻ってきている…かな?またツイートしない、ネットから離れる日もあると思います。積読本は余るほどあるので(どうなんだそれ)、本は読みたい。読んだ、聴いた感想は相変わらずだけど、時間が経てば、あと何かの拍子にポンと、言葉が出てくるかもしれない。この間はわからなかった作品も、時間が経てば馴染んでくるかもしれない。

 表現することが「わからない」。どう言葉にしたらいいか「わからない」。「わからない」から表現し続けるのかもしれない。「わかる」日は来ないかもしれない。ゴールはないと思う。時間が進むように、毎日何かの繰り返しで暮らし生きるように。

 テーマがよくわからないブレブレの記事になりました…。たまにはこんなこと書いてもいいか。
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by halca-kaukana057 | 2016-01-17 23:15 | 日常/考えたこと

表現することが「わからない」

 昨年書いたこの記事のこと…答えを書こうと思ったのですが、一度書いたものを消してしまいました。消えたのではなく、消した。自分の心の中にあるものを、言葉にするのを躊躇ってしまいます。
2015 よいお年を、また明日
人前では辛くても隠そう、明るく振る舞おうとしていました。それが出来ない場合は、自分の殻に引きこもる。ネットでは、いつどこにどんな「地雷」があるかわからない、どこからどんなものが飛んでくるかわからない…。それらをひとつひとつ真正面から受け止めてしまって、ひとりで傷ついて…。テレビもネットも携帯もシャットアウトしていることも少なくなかった(中略)
 ブログに書くことも減りました。観たもの聴いたもの読んだもの、思ったこと感じたこと考えたこと。それらをアウトプットするよりも、自分の中だけで完結していいや、別に公にしなくてもいいや、と書かないことも多くありました。ここに書くという意味。


 過去記事を読み返して、似たような思いのものがあったので再掲します。
読解大会、もしくは読解合戦
「優劣」はどこから来る?

 また、音楽を聴いても、感想がうまく出てきません。大好きな作品、例えばシベリウスの交響曲でも、「やっぱり好きだな~」で終わってしまう。そして、芸術作品の「優劣」とは何だろう…わからない。どちらも言葉に出来ずに終わってしまっています。

 以前、こんなことがありました。とある演奏が酷評されていました。「ダメ」「下手」「解釈が違う」「残念だった」…海外でのレビューで、翻訳ソフトなどを使って読んでみた。酷評しこき下ろす、というよりも、こんなもんじゃないだろう?もっとやれるだろう?期待してるから残念だった!という叱咤激励のように読めました…私の外国語読解力が合っていれば。もしかしたら酷評しこき下ろす内容だったかもしれません…。

 しかし、その演奏を私はどう受け止めていいかわかりませんでした。その演奏された作品をあまり聴いたことがないから。どんな演奏が、どんな解釈が「標準」なのか。そのレビューにあるとおり「そうかもしれない…」と思ったが、それはそのレビューを読んだから。読んでいなかったら、または、自分がその作品に関する知識や他の演奏をたくさん聴いていたら、私自身がその演奏にどう思ったか、変わってくると思います。それが出来なくて悔しい。とても悔しいです。

 自分自身の演奏、声楽、歌に関しても、冷静に、客観的に、何が足りないか、どこを直していったらいいか、わからずにいます。発表会の演奏は、動画撮影に失敗してしまった…。毎回のレッスンでの先生の指摘・アドバイスも、その言う通りに歌えているのか、わからない時があります。音楽を言葉で表現するのは本当に難しい…。一対一のレッスンでも難しいのだから、文章にするのはもっと難しい。

 それでも、思ったことを言葉にしよう。どうせ素人なんだし、開き直ってしまえ。いや、素人と自分をいつまでも「甘やかす」ようなことはしてはいけない。自分なりに、わからないことは調べるなり何なり勉強して、表現や語彙も増やして、思ったことを書きたい。そのための力をつけていこう。霧の中にいるような状況ですが、それしかないのかな、と思います。

 何も書かなくなったらどうなるだろう。そんなことも考えることがあります。このブログをやめたら?ツイッターも。表現することをやめたら?ただ、本を読んで、音楽を聴いて、声楽・歌を歌って。ブログを書く時間を他の時間に回せる。更新頻度とか、そんなことを考えなくてもいい。時には、それでもいいかもしれません。

 年始から、こんな記事になってしまいました。
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by halca-kaukana057 | 2016-01-05 22:11 | 日常/考えたこと

読解大会、もしくは読解合戦

 少し前から、音楽(クラシック音楽。他のジャンルは気楽に聴けている)を聴いても聴いたものの感想が出てきません。聴いてはいるのですが、聴いているだけ。「いい曲だった」「よかった」このぐらいなら出てくるのですが、「この演奏は~」「この曲は~」という感想が出てこない。初めて聴く曲、馴染みのあまりない曲、それほど好きではない曲は特に。好きな曲、大好きな曲でも、これまで聴いた様々な演奏を聴き比べて「この演奏は~」などと細かく語れない。大好きなはずの曲も、いざ言葉にしようとするとわからなくなる。ちゃんとした専門的な音楽の知識を持っているわけでもない(私にあるのは、ほんのかじった程度)。オーケストラの楽器はやったことがない。オーケストラスコアなんて読めない。難しいことを噛み砕いてわかりやすく、魅力を引き出して語りたい…理想に現実がついていかない。

 以前から、よく思うことがありました。何かを観た、聴いた、読んだ。そのデータ・記録は書いてあっても、感想が書いて無い。そんなブログなどを見ては、「感想は?私はあなたの感想がききたい、読みたいのに」と思ってきました。たとえ、「つまらない」「面白くない」「あまり好みじゃない」「下手」「ここが足りない」…そんなネガティヴな感想だったとしても。それがその人の感想なら、そうなんだな、と受け止める。

 そんなことを思っていた自分が、感想が出てこなくなるなんて…。ただ聴いているだけじゃ駄目ですか?感想が無ければ駄目ですか?そこまで思い詰めてしまいました。
 この時は、体調があまりよくなかった、疲れていた、そのせいもあるだろうと思って、マイペースにのんびりいこう。そのうち感想も出てくるようになる。と、思っていました。でも、そのもやもやの中心が、ようやく見えてきました。

 ここからは、音楽に限らず、本・小説・漫画、ドラマや映画、アニメなども含みます(大風呂敷を広げないように注意しなければ…←自戒)

 感想にも色々ある。「よかった」「好き」「面白かった」「つまらなかった」「好きじゃない」という一言の簡単なものから、細かく詳しく複雑なものまで。感想と言うよりも、「読解」。
 感想が出てこない、というのは、この細かく詳しく複雑な「読解」を出せないからじゃないか、と。上述した音楽を聴いているだけで感想が出てこない話も、「この演奏は~」「この曲は~」という細かく語れない…「読解」にあたる。この「読解」が厄介だと感じている。

 細かく、詳しく、的確な「読解」。気のきいた言葉で、巧みで、わかりやすく、でも深いところまで読んでいる。そんな「読解」は、ツイッターで簡単に探せる。映画やドラマなどテレビ番組の「ハッシュタグ」で、感想がずらっと並ぶ。本なら、ネット通販サイトのレビューがある。私は使ったことが無いが、本の感想を共有するSNSもある。

 うまい、なるほどと思う感想・「読解」を読んで、素直に受け入れられる時はいい。こういう読み方もあるんだな、そこには注目しなかったな、何度も「なるほど」と思う。
 その一方で、自分で感想・「読解」を投稿した後、思いもしなかったうまい感想・「読解」に出くわすと、悔しくなる時がある。自分と大きく見方や意見が異なるもの。言葉の使い方が巧みで、表現のうまいもの。言いたかったけど、うまく表現できなかったことを、さらりとシンプルに表現しているもの。
 自分が悔しいなと思っているだけならそれでいい。が、ツイッターにはリツイート機能、お気に入り機能がある。レビューでも投票のようなものがある。
 数で表される。どのくらい支持されているのか。人気があるのか。同感、共感されているのか。
 その数の多さで、競い合っているように思えてしまった。

 「主人公の気持ちを答えよ」
 「要点を140字以内でまとめよ」
 「この作品のテーマについて答えよ」
 そんな、試験問題を思い出す。国語でよくある問題だが、音楽でも出来ると思う。著者がその問題を読んで、「そんなことは考えてない」と反論することがよくある。試験の外では、主人公の気持ちも、要点も、テーマも正解がひとつとは限らないのは当然のこと。どんな読み方をしたって構わない、自由だ。でも、多く支持された感想・「読解」が正解、のような雰囲気はあると思う。

 また、もし多く支持された感想・「読解」がネガティヴなもの…「下手」「面白くない」「つまらない」「駄作」「プロの作品とは思えない」…などのようなものだと、作品そのものにそんな烙印も押されてしまうように思える。「私は面白いと思っているんだけどな…」そんな感想・「読解」を出しにくくなる。

 SNSに溢れる感想・「読解」を見て、読んで、こんなことを思いました。自分の言葉で語ればいい。リツイートもお気に入りも投票もされなくてもいい。そう思う。でも、今の私は気にしてしまっています。

 正直うんざりしています。異なる「読解」に対して違うと言い合ったり、自分こそ深く読み込めていると言わんばかりに主張し競い合ったり。本当、嫌になってきます。

 なので、ツイッターではなく、ブログに書いています。140字じゃまとめられないというのもある。しばらくの間は
・ハッシュタグには寄り付かない、距離を置く。
・NGワードを設定しておく。極力目に入れないようにする。
・感想はツイッターではなくブログに書く。(あまり人のいないジャンルならツイートするかも)
・難しいことは考え過ぎず、気を楽に。
・気にしない。
・誰がどう思っても、自分はこう思っているんだから仕方ないと割り切る。
・ネガティヴになりそうな時、ナーバスな時はPC・携帯から離れる。目の付かないところに置く。

 という方向で行こうと思います。

 (この間まで、感想書きをがんばり過ぎたせいかなぁ…いや、楽しいからやってましたよ。「面白い」を表現するのは楽しいですし。私の何よりの楽しいと思うことです。
 あと、音楽に関しては、聴いているだけでも別にいいじゃない、とも。音楽作品は、言葉ではない、音楽という表現方法を選んだのだから、何も無理に言葉にする必要もない。音楽に身をゆだねて、「いい音楽だね」それだけでいいような気もする。演奏者はもっと詳しい感想・「読解」が欲しいかも知れないけど…)
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by halca-kaukana057 | 2015-03-05 21:57 | 日常/考えたこと

旅から日常へシフトする時

 旅から帰ってきて2週間近く経ちました。今回の旅は、行く前に色々あり、不安なことも沢山あり…無事に出発できたこと、そして無事にやることもやって帰ってこられたこと。それだけでも十分、行くことができてよかったと思う旅でした。プラス、やってみたかった風景印めぐりや、その過程も楽しめた。私は頻繁に旅に出られる身ではない。今度はいつ、どこに行けるかもわからない。行きたいから予定を立てておく、というよりも、予定があってそれに行けるかどうか。遠距離なら尚更。

 今日、線路の近くを通り、電車が走っているのを見て、電車でどこかへ行きたいな…と思ってしまいました。約2週間前に東京まで行ったじゃないか。いや、新幹線と普通の電車は違う。近場の秋を探しに行きたいな、と。でも、思っているだけで終わる。今の私は近距離であれ、日帰りであれ、旅に出ている場合じゃない。もう日常、いつもの現実に戻ってきてしまった。

 やってみたかった風景印めぐりの過程も、予定が決まっていたその他の日程も、今の私にとっては"冒険"だった。不安なことがあって、実際やれるかどうかわからない、散々な結果になるかもしれないと思っていたから。でも、思う存分楽しめた。楽しんで、自分もここまで出来たんだな、出来るんだなという自信につながった。帰ってきても、その充実感や自信は続いていた。旅に出て、いいものを吸収して来ることができたと実感した。

 が、時間が経つと、どうしてこう薄れてくるものか。その充実感も、自信も、薄れてきている。帰って来たが、環境は何ひとつ変わっていない。現実の問題の数々にため息が出る。結局元通りか…。いや、いいものを吸収して帰って来たなら、その自分が変えていくしかない。でも、すぐにたくさんは変えられない。ひとつひとつ、やっていくしかない。

 充実感と自信を長続きさせる方法とか、無いのかなぁ…。そんな今日の独り言でした。
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by halca-kaukana057 | 2014-10-30 21:38 | 日常/考えたこと

ここ数日のひとりごと

 今日はとりとめもなく、思いついたこと、思っていることをつらつらと。

・ピアノに、まともに触っていません(別のことをしています…そのうち書けるだろうか。諸事情により、書くのをためらっています。何かはしています)。
 でも、やっぱりピアノを弾きたいなぁ、という気持ちはあります。
 偶然聴いた曲に惹かれて、いいなぁ、この曲弾きたいなぁ、と思うことがよくあります。でも、大体自分の演奏レベルよりもずっと上・難易度の高いもので、楽譜を見ては途方に暮れています。
 ピアノも、音楽を演奏すること全般、練習なくして上達無し。でも、難しくてどこから手をつけたらいいかわからない、こんな難しい曲を弾く前にソナチネとかブルクミュラー25やり直しとか、もっと初歩の作品とかからやるべきじゃないのか、などと思ってしまって、結局何もせずに終わってしまっています。
 音楽って、才能なのかなぁ…。なんて思ってしまっています。努力しないで「才能がない」せいにする…最低ですね。


・ペルセウス座流星群の極大の時期ですね。今年は満月の時期と重なってしまって、とても条件が悪いです。流れ星がひとつ見えたらラッキー、ぐらいのレベル。それなのに、テレビなどで「見ごろです。1時間に~個ぐらい観られます」なんて言っているのを観ると、全力でツッコミたくなります。
 私は、天体観測、星空観望、星見、天文宇宙も、日常の延長上にあると考えています。国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在ミッションも。私たちの普段の生活・仕事の延長線上にある…今はその延長線はとても遠いけど、徐々に短くなってくる…と思っています。
 でも、「地上の」日常から離れて、星見をしたい、夜空をずっと眺めていたいと思う今日この頃です。流星が見えなくてもいい。ただ、黙って星空を眺めていたい。要するに、現実逃避したいんです。
 そう思って、今日は夜中に起きて星見しよう…と思っていたら、目が覚めたのは朝4時。もう空は明るくなり始めていました。ただ、明け行く空、北東の空には明けの明星・金星が明るく輝いていました。それを、少しの間見つめていました。
 今夜も、ご近所の屋根の上に、昇りはじめた赤い丸い月が見えました。
 画像は撮ってませんが、印象的な空でした。今夜はどうかなぁ。今夜、起きれたら夜中に星見したいなぁ。

・最後は手書きで。
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 ひとつ目は、ある日のひとコマ。夏休みの自由研究でしょうか。宇宙天文好きとして、応援したくなりました。

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 2つ目は、今思っていること、今、私の置かれている状況。きらきらした澄んだ水面もだが、澄んだ満天の開けた星空を見たい、そんな所に出たい。ずっと深い森の中、視界は遮られ道も無く、空も部分しか見えない。

 愚痴が随分入りました。以上、とりとめもないひとりごとでした。
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by halca-kaukana057 | 2014-08-13 22:05 | 日常/考えたこと

表現者の”一次情報”があることの強さ

 今日は、ずっと心の奥底に押し込んでいることを書こうと思います。書く、と言っても、自分が許す範囲でなので、曖昧に濁す部分はかなりあります。私は、自分の思っていることの中でも、好きなものについて語るのを怖いと感じています。このブログでは好きなことについて語っているじゃないか…ほんの一部です。氷山の一角です。
 様々な理由で、語れないこともあります。語れないけれども、好きで、好きだから語りたい、けれども…。
 そうやって心の奥に押し込んで、城壁の中の自分だけの世界で好きだと思っても、届かない虚しさを感じる…悪循環しています。
 そんな悪循環を少しでも断ちたいと、ちょっと書いてみようと思います。

 少し前から、とある分野のとある人が気になっています。広い分野で言えば、音楽。それ以上は書けません。そんなに有名な方ではありません。かといって、無名、というわけでもありません(多分…そう思いたい)。知る人ぞ知る、その分野に詳しい人は知っている…かもしれません。以前、偶然とあるメディアを通して、その方のことを知り、興味を持ちました。音楽だから聴くものですから、聴いていて、すごく「いいなぁ」と思いました。いいなぁと思えば、もっと聴いてみたい。しかし、CDは無い。公演もそんなに多くは無い。地方民である私にとって、公演に行くのはハードルの高く、予定が立たない。
 そして、その方は、HPやブログ、twitterなどの情報発信をしていない。なので、検索するしかありません。このインターネットが発達した時代、簡単に見つかるだろう…と思ったが、なかなか見つからない。あまり大きな公演活動をされているわけでもないためか…。このインターネットの発達した時代でも…。

 興味を持ったのはその方だけでなく、その広い分野についても興味を持ちました。その方のCDが無いなら、別の方でもいい。そうやって調べていると、有名な人、注目され活躍している人はやはり目立ち、お名前も覚えます。そして、ご自身のサイトがあって、公演情報や公演のこと、考えていること、日々のつぶやきなどに接することができます。そういうのを読んでいると、ため息が出てきます。ああ、これからこんなことをする、取り組む予定なんだ。こんなことを考えているんだ。こんなことが好きなんだ。こんな、ご自身からの”一次情報”があるって、すごくいいな…羨ましいな…と思ってしまいます。

 ”一次情報”には、細かいことも、まだ公式が発表していないことも書かれる。とても小さな公演、クローズドのものについても書かれている。そんなのを読んでいると、この方は凄く活躍されているんだな、と思えてしまう。それが、表現者が自分を”売る・表現する”、ということなんだろうけど…。”一次情報”があるって、強い。…羨ましい。正直そう思います。

 HPであれブログであれSNSであれ、やるかどうかはご本人の選択。そういうものが得意ではない、本業に集中したい、様々な理由でそういうことをしない。理解できます。コメントやリプライなどで何があるかわかりませんし。

 なので、私が頼りにするのは主催者やスタッフ、共演者などによる”二次情報”、公演に行った人による”三次情報”。ただ、この2つには私が求めているものがあるとは限らない。一番早い、一番いいのは、自分で公演に行って、自分の眼、耳、五感をフルに使って、その方の生の音楽に接すること。それが出来れば一番いい。でも、出来なくて、かといって”二次情報””三次情報”には求めるものが無かったりすると…悔しいです。落ち込みます。どうだったのかなぁ、あまり印象にのこらないものだったのかなぁ…と思うと、酷く落ち込みます。どんなに有名な、活躍している人でも、誰にとっても強く印象に残り、誰からも「すごくよかった」という感想はなかなか得られないと思います。人それぞれ、視点が違うから。感じ方、受け取り方は違うから。そして、インターネットが発達したこの時代であっても、ネットにある感想なんて、氷山の一角。自分のサイトを持っていても何も書かない人もいる。サイトが無い人だっている。

 私はこれからも、PCの前で一喜一憂し続けると思います。数少ない情報から、公演予定を見つけて喜んで、でもその喜びも長くは続かない。次の公演は、空いている間は…そっちの方が大きく感じられて、また落ち込んでしまう。
 もっと有名になったら、”一次情報”なんて無くても簡単に探せるのかなぁ。ご本人がどんな方向を目指しているかわかりませんが(これも”一次情報”があればわかるかもしれないのに!)、とにかく、ご活躍を願っています。

 あと、同じように思っている人はいるのかなぁ。そんなに有名じゃないけど、ファンはいたりするのかなぁ、と。でも、お名前を出して積極的にファン活動をする勇気も気合も無い。
 公演にも行ったことが無い、生の音楽に触れたこともない人間が、何ができるというのか。もう何度も公演に行っているなら、まだ話は変わってくるかもしれないが。何もわかってない自分が出来ることなんてたかが知れている。そんな無責任な応援はしたくない。それなら、心の中だけで収めておくしかない。大声張り上げる資格なんてない。

 いつかは、公演に行けたらいいなぁ。行きたいなぁ。行けるかなぁ…(諸事情により自信が無い)

 結局もやもやとし続けるしかないのかなぁ。この道しかないのかなぁ。今日もまた落ち込んでいます。心の中に押し込めていたことを書いてみました。これで、何か変わるかなぁ。

 深い詮索はしないでください。でも、エントリの内容は何となくわかってもらえたらいいな…。
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by halca-kaukana057 | 2014-07-11 22:10 | 日常/考えたこと

"中の人"に届いたら

 先日、以前書いた感想記事について、その製作者の方が読んでくださり、喜んでいたと教えていただきました。この他にも、時々、本でも音楽でも何でも感想記事を書いたのを作者・関係者の方々…いわゆる"中の人"が読んでくださり、感想を寄せてくださることがあります。

 観たり読んだり聴いたりして、面白い!と思ったものについて、感想を書きます。これが面白かったよ、と伝えたいのもあります。でも、その好みは人それぞれ。私が面白いと思っても、他の方はどう思うか分かりません。
 また、その時はこう思っても、後で読み返す、見返す、聞き返した時、違うことを思うかもしれない。よくあります。と言うわけで、私自身、自分の書いた感想記事は、その時その作品に触れてどう思ったか、について書いています。その時の自分の置かれている状況や悩んでいること、考えていることが反映されることも多いので。誰かに伝えよう、という意識は、そんなに強くありません。自分が書きたいから、書いています。

 なので、文章としておかしな部分があったり、うまく言葉で表せないこともあったり、感情が先行、暴走しているものもあったり…。後で読み返して「何だこれは…」と自分でもあきれてしまうことも少なくありません(汗
 そんな感想記事でも、何かのきっかけ・縁で、"中の人"の目に留まって、読んでくださった。感想まで寄せてくださった…本当にありがたいですし、嬉しいです。誰に宛てるでもなく、ビンに詰めた文章を海に投げ込んで、その書いた内容の主に届く、届くだけじゃなくてお返事が帰ってくるのだから、奇跡にも思えます。本当にありがとうございます。

 読んでいただけるだけで幸運、ありがたいのですが、たまに、この作品の作者・関係者の方々はあの感想記事を読んでくださったかなぁ…と思うことがあります。感想を届けたくて書いたわけじゃないけれど、特に好きな作品は、"中の人"に届いていたらいいなぁ…と思ってしまいます。もし読んでくださったとして、どう感じるかは分かりませんが。お気を悪くされるかもしれない。「そうじゃない、そんなことを言いたかったんじゃない」とか、「ちょっと勘違いしているな」、とか。「そこまで書いたつもりは無いのだが…」と私の"深読み"に困惑されるかもしれない(汗 だから、届いたとしても、どうなるか分からないのですが、とにかく、ここにあなたの作品が好きな人がいますよ、ということはお伝えしたい…。読み返して、見返して、聞き返して、新たな感想があればまた感想記事を書きたいぐらいのものもある。書いたことは無いけれど…(本当は書きたいけど、しつこいように思われそうなので…)

 もしも、この感想記事が届いたら…。そんなことを、時々思います。
 が、やはり、面白かったから、そのことについて書きたいから書くんです。そこは変わりはありません。
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by halca-kaukana057 | 2014-05-13 22:08 | 日常/考えたこと

あれから1年

 1年前のブログ
10年間のありがとうを ~音楽はこれからも地球のどこかで 今週の「クインテット」【最終回】

 1年前、「クインテット」の放送が終了しました。今もはっきりと思い出します。ラスト、サイドパネルの「10年間ありがとう」の言葉に手が震え、涙腺決壊したこと…。
 その後、秋と今年の元日に再放送がありました。放送が終わっても、視聴者からのリクエストで再放送が実現するのは、10年間愛されてきた証拠なんだなと嬉しくなります。
 私も昨年秋、悲願だったアンサンブル・ベガのコンサートに行きました。「クインテット」の演奏を一部メンバーが担当しているアンベガの生の演奏に触れ、ああ、この音色・演奏が「クインテット」をつくり、支えていたんだ…と実感しました。アンコールでは「ゆうがたクインテット テーマ」(アンベガ版編曲)も聴けました。感激でした。

 この1年間の間、私は「クインテット」から離れてはいませんでした。これからもずっと、大好きな音楽であり続けると思います。
 そんなことを(ちょっと感傷的に)思う、1年後の今日です。
 来年度も、再放送があるといいな。再放送があってほしい。再放送してください。

 記念イラスト描こうと思ったけど描けなかった。イメージはあるので、そのうち…。

【おまけ】
 アンベガ1stヴァイオリン・辻井淳さんの新CDに…
HMV:ヴァイオリン小品集『愛のよろこび』 辻井淳、藤井由美
タワーレコード:辻井淳:Plaisir d'Amour
Eテレ「クインテット」で実はお馴染!辻井淳のオタケンレコード第1弾!
NHK Eテレ「クインテット」のアリアさんのヴァイオリンでお茶の間にお馴染みとなった辻井淳のオタケンレコード移籍第一弾のヴァイオリン小品集!

 …!!?
 確かに、アリアさんのヴァイオリンは辻井さんが担当してますが、まさか辻井さんのCD紹介に書かれるとは思いませんでしたw
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by halca-kaukana057 | 2014-03-29 21:39 | Eテレ・NHK教育テレビ


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