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ぼくらの中の発達障害

 先日、NHK「クローズアップ現代」でも取り上げられた発達障害。よく聞くけれども、よく知らない。話を聞くと、「これは自分にも当てはまる?」と思ってしまうこともある。そんな中で、この本を読みました。

NHK:クローズアップ現代:“大人の発達障害” 個性を生かせる職場とは?
 ↑番組の全文を掲載しています。


ぼくらの中の発達障害
青木省三/筑摩書房・ちくまプリマー新書/2012

 まず、この本で主に扱っている「発達障害」は、自閉症、高機能自閉症、アスペルガー症候群といった「広汎性発達障害」「自閉症スペクトラム障害」と呼ばれているもの。注意欠如・多動性障害(ADHD)や学習障害(LD)も少し紹介されています。

 先述した「クローズアップ現代」や、そのほかの場面で、発達障害と定型発達(障害が無い人のことを、この本では「定型発達」と表記しています)はどう違うのだろう?どこが境界なのだろう、何が障害で何が障害ではないのだろう…?と疑問に思ったことがある。

 そのことに関しての記述がとても興味深く、またわかりやすかった。人と交わることや集団に入ることがうまくできない対人関係・社会性の障害。言葉を中心としたコミュニケーションや、いわゆる「空気を読む」といったことがうまくできないコミュニケーションの障害。こだわりが強く新しいことや状況の変化に強い不安や恐怖を抱くこだわり、想像力の障害。これらを主とする障害が、強めに出ているか。発達障害と定型発達は連続しているもの、と書いているところになるほどと思った。発達障害かと思う場合でも、グレーゾーンのような場合も多いそうだ。程度の軽い人、はっきりしない人、発達障害の特徴を持っていても普通に社会生活を送っている人もいる。境目はなく連続していると著者は考えていて、「これは自分にも当てはまる?」と思ったこともこれで納得。

 しかし一方で、発達障害の人々のものの見方や考え方は、定型発達の人のものとは全く異なるということも忘れてはならない、と。「自分とは異なった思考・行動・生活の様式を持っている」という意味での「文化」という表現を使っているのにもなるほどと思えた。

 更に中身を読んでいくと、広汎性発達障害を持つ人は他者との交流を避けがち、ひとりでいるほうがいいと思っていたのだが、そうとも限らないそうだ。著者が出会った発達障害をもつ人々の例を読んでいて、痛切な気持ちになった。「いつもひとりでいるのが好き」というわけでもなく、「友達とうまく話せない、友達の中にうまく入っていけない」、ひとりでいるほうが楽という意味でひとりがいいと思う。でも実際は、学校でできた友達と音楽など好きなものを共有し楽しんだり、同級生が話している冗談が分からず苦しかったが、先生や友達のサポートで楽になり学校が楽しくなったといったように、友達との交流を発達障害を持つ人も求めていて、その交流で穏やかに生活できるようになったということもある。ただ、定型発達の人とは異なる「文化」を持っていて、友達を作りたい、友達の輪に入りたいけど、うまく出来ずに悩む。これは定型発達の人でも思い悩むこと。やはり発達障害と定型発達は連続していて、でも異なる「文化」を持っているのだなと思う。

 第6章「発達障害を持つ人たちへのアドバイス」は、発達障害を持っている人にも、定型発達の人にも読みやすくわかりやすい内容になっていて、急いでいる時はここから読むことも出来る。本当にわかりやすい。筆者がイギリスに留学した時、英語でのコミュニケーションがうまく取れなかったこと、イギリス独特の文化になかなか馴染めなかったことと発達障害を関連付けて話しているのが、身近に感じられて分かりやすい。

 読んでいて、「クローズアップ現代」でも論じられていたように、異なる「文化」として、受け入れる、そこから学ぶ、共生する姿勢が必要なのだなと感じました。異なる「文化」として捉えることは、これまでにない新しいものと考えることにもなる。実際、発達障害の人に出会ったら、最初は驚くと思う。その言動に、イライラするかもしれない。そんな時、またこの本を読んで、少しずつ異なる「文化」と共生できたらと思う。


 そういえば、Eテレ・NHK教育でも、発達障害の子どもや先生・家庭向けの番組があります。
NHK:NHK for school:スマイル!
 この番組は小学校低学年向け。中学年~中学生向けだった「みてハッスル☆きいてハッスル」、「コミ☆トレ」が終わってしまったのが残念。「コミトレ」は時々観ていたのですが、やはり「これは発達障害じゃなくても悩むことだよなぁ…」と思ったことが何度も。
 
 ちくまプリマー新書は、中学生高校生向けの新書なので読みやすいです。大人の方も是非。
by halca-kaukana057 | 2013-04-19 22:50 | 本・読書

終わらない歌

 先日読んだ小説、宮下奈都「よろこびの歌」。その続編です。早速読みました。
よろこびの歌


終わらない歌
宮下奈都/実業之日本社/2012

 あの「麗しのマドンナ」を合唱してから3年後。20歳になった彼女たちはそれぞれの道を歩んでいた。再び声楽を志し、音楽大学に入学した玲。しかし、クラスのトップとクラスの上位にもなれない自分を比べ、自信を無くしていた。千夏はアルバイトをしながら、劇団に所属しミュージカルの役者を目指して奮闘していた。早希はスポーツ科学を専攻しトレーナーを目指していた。…


 高校を卒業し、20歳になった玲たち。彼女たちの進んだ道は、予想通りのものもあれば意外なものもあり。性格や考え方も、変わっていないところもあれば変わったところもある。成長を読めるのが嬉しかった。

 「よろこびの歌」を読んで、私は彼女たちが「諦め」の気持ちを持っていたと書いた。失敗し、挫折し、行き詰まり、様々なことを「諦め」た彼女たち。そんな彼女たちは「麗しのマドンナ」の合唱を通して、歌うこと一筋で生きてきたのを「諦め」た玲が、歌う気持ちを新たにして立ち上がる姿を見て、その歌声に魅了されていた。そして千夏や早希たちも玲の歌と歌う気持ちに動かされ、「諦め」たことに向き合い、それぞれの答えを出した。

 続編の「終わらない歌」では、「諦め」を通過、もしくは乗り越えたけれども、また新たな壁にぶち当たったり、新しい何かと出会ったり、変わりゆく自分自身に出会ったり…とそれぞれの道で様々です。

 玲はクールそうに見えて、情熱を秘めている。千夏は壁にぶつかってもぶつかっても、やっぱり歌が、音楽が、舞台に立つのが好きだと素直に立ち上がる。早希のまっすぐな熱意は、剛速球のよう。「よろこびの歌」でも惹かれた佳子には、今作でも惹かれてしまった。「よろこびの歌」の感想で、「それぞれの登場人物の要素が、私自身に合致する」と書いた。今作「終わらない歌」でもそうなのだが、佳子には特に自分と似ているところがあるなと思う。私もダラダラと目標も無く歩いている。ただ、佳子と自分の違いは、年齢だと思った。
 「よろこびの歌」ではあまり出てこなかった登場人物も、この「終わらない歌」でメイン登場します。でも、視点はその彼女自身ではなく、会社の先輩というのがうまい。

 自分のやりたいことに、「今」「この時」に、叶えたい未来のために、情熱を傾ける。「諦め」という醒めた姿勢をやめて、今に精一杯ぶつかっていく。20歳の頃は、そんな時期だなと自分の20歳の頃を思い出して読みました。千夏のように精力的に動いていた。玲のように才能や技術を持っている人と自分を比べて落ち込むこともあった。早希やひかりのように目標があっても、その目標の先で思い悩む時も合った。でも、一生懸命で、精一杯。それが20歳の頃。「若いってすばらしい」の歌ではないが、若いっていいな、20歳の頃に戻りたいなと、自分の今の年齢を思うと羨ましくなる。

 いや、玲の母・御木元響のヴァイオリンのように、歳を重ねても深くなってゆければと思いなおした。
 20歳だからできること。歳を重ねたからできること。れぞれ違う「できること」があると思う。

 素直で明るい、輝かしいだけではない希望。希望や夢は儚い。でも、夢や希望を持たずにはいられない。玲が出したこの答えのような気持ちになった。

 続編があって、よかったと思いました。
by halca-kaukana057 | 2013-03-25 23:17 | 本・読書

よろこびの歌

 以前、宮下奈都さんの小説を読んだのですが、文体や雰囲気が気に入ったので他の小説も読んでみた。2作目がこれ。
・以前読んだ本:遠くの声に耳を澄ませて

よろこびの歌
宮下奈都/実業之日本社・実業之日本社文庫/2012(単行本は2009年)

 著名なヴァイオリニストの娘で、声楽を志す御木元(みきもと)玲は、まさかの音大付属高校の受験に失敗。失意の中、玲は新設されて間もない普通科しかない女子高に進学する。音楽からも遠ざかり、高校での毎日もただ何となく、諦めて過ごしていた。2年の秋、クラス対抗の校内合唱コンクールにも興味を持たずうんざりとしていたが、突然指揮に指名されてしまう。ためらい、自信はないが引き受けることにした玲。そして、玲は以前音楽室でうれしそうにピアノを弾いていたのを見たことがある、玲を指揮に指名した原千夏をピアノ伴奏に指名。しかし、練習にも人は集まらず、練習でも玲の厳しい指導にクラスメイトはついて行けず、結果は散々なものに。しかし、その後のマラソン大会。走るのが苦手な玲がゴールまでもう少しのところで聴いたのは、千夏をはじめとしたクラスメイトたちが合唱コンクールで歌った歌だった。合唱コンクールの時とは全く違う歌声に、玲の心と音楽・歌に対する考え方は変わってゆく…。


 以前、私は「本に呼ばれる」ことがある、と書いたことがある。この本を読んだときも、「呼ばれた」と思った。「遠くの声に耳を澄ませて」も、その時(今でも)の自分にとって、欲していたと思うような登場人物の抱えているものや、言葉・台詞が沢山出てきたのだが、この「よろこびの歌」では全部、と言いたいぐらい。各章、玲のクラスの少女たちがそれぞれ主人公となって、彼女たち自身のことや抱えているもの、高校での日々、合唱のことが語られる。それぞれ、様々なことを抱えて、諦めの気持ちとともにこの女子高へ入ってきた。

 音楽一筋で生きてきたのに、音高受験失敗で挫折、音楽から遠ざかってしまった玲。音楽は好きだが、ピアノが欲しくても買ってもらえない、父のうどん店の手伝いをするしかない千夏。中学時代はソフトボール部でエースのピッチャーだったが肩を故障し、二度とソフトボールは出来ない早希。人には見えないものが見えてしまう史香。大きな挫折や、どうしようもない不満な現状、自分自身や他者に対する不安、どう考えていいかわからないこと、諦め。この物語で少女たちが抱えている様々な「諦め」の数々が、どれも私自身のものだと思えてしまう。それぞれの登場人物の要素が、私自身に合致する。私も様々なことを「諦め」てきた。「諦め」るしかない。自分では納得はいかないけれども、もう先に進めないから「諦め」る。「諦め」たことを思い出し、苦しいと思いつつも、彼女たちが歌い、日々を過ごす中で思ったことを読み続けた。

 「諦め」たのは、過去のこと。でも、今の自分自身に影響を及ぼしている。その一方で、歌うのは、今のこと。マラソン大会での歌声をきっかけに、もう一度歌わないかと音楽教師である担任に言われ、再び歌う少女たち。玲も合唱コンクールの時とは違う指導や指揮を試みる。千夏も玲にピアノや歌を教えてもらいながら、伴奏をする。玲も千夏も他のクラスメイトも、「諦め」の気持ちよりも、今を歌う気持ちが強くなる。玲が指揮・指導の合間に少し歌う歌声に魅了され、玲もこのクラスの歌声に出会ったことで音楽・歌に対する考え方が変わってゆく。「諦め」を解き放つのは、「今」のことだけを思うこと、なのかもしれない。そこに、清々しい空気を感じた。

 特に惹かれたのは、美術部で玲に反抗的な態度を取っていた佳子の「バームクーヘン」。古文の教師の”ボーズ”との会話、出てきた歌の歌詞が印象的だった。ああ、そういうことなんだ。私もこれでいいんだと少し思えた。

 どの章も、挫折や「諦め」とは書いたが、人によっては些細なことかもしれない。でも、私には大きなことで、徐々に変わってゆく彼女たちを見守る気持ちだった。これから、どう進んでゆくのだろう、と。大きな変化は描かれない。日常の小さな変化だけど、その瞬間瞬間はかけがえのないものなのだ、と。史香の「サンダーロード」のような、デコボコだらけの道を歩いているような。

 この小説の続編が出てました。

終わらない歌

宮下 奈都 / 実業之日本社


 昨年11月に出たばかり。文庫化はまだまだだろうから、単行本で買ってしまおうかな。続きがあるなら読みたい。彼女たちのその先を読みたい。
by halca-kaukana057 | 2013-03-13 23:01 | 本・読書
 ふと思ったことを。

 これまで私は、「選ぶ」ということをネガティヴに捉えていた。色々なことに興味がある。見たいもの、ききたいこと、読みたいもの、会いたい人、話し合ってみたいこと、やりたいこと、行ってみたいところ…たくさんある。

 でも、全部は出来ないな、と感じるようになった。体力・気力・時間・経済的なこと。そして、何に重きを置くか。

 生きてゆくうえで、様々なことを選択する。今日の献立、読みたい本、休日の過ごし方のような日常のことから、これからの人生を決める重大なものもある。小さいもの、大きいもの。軽いもの、重大なこと。毎日何かを選んでいる。これまで意識してこなかったけど、私は選んでいた。全部、なんてなかった。

 「選ぶ」のが怖かったのだ。何かひとつを選べば、他のものは選ばない、ひとつに絞られる。その先の未来に何があるか、何が起こるか。もし辛いこと、苦しいこと、困ったことなどあまり歓迎できないことが起こった時、「あの時あれを選ばなかったら…」と後悔するのが怖いのだ。選択肢を広げておけば、その後悔する可能性は減る。私は昔から、後悔するのが嫌だった。チャンスを逃すのが嫌だった。チャンスはあったのに、出来たのに…そんな後悔はしたくない。だから、このように思うようになったのかもしれない。

 「選ぶ」ことを厳しい、難しいと思う。でも、決めるのは自分。全部は選べない。棚上げしたり、全て選択しないという方法も取れる。でも、選ぶ時はいつかやって来る。その時は、心の準備が出来ている時なのだろう。

 選ぶこと、つまり、自分が決めた答えを恐れずにいたいと思う。選んだ結果、あまり歓迎できないことが起こったとしても、そこでまた選んで決めればいい。自分で選択肢をつくる、増やすことだって出来る。「選ぶ」ことを、受け身のようにも感じていたけど、自ら作ることも出来るんだ。

 何かひとつを選んだとしても、他をばっさり切り捨て、もう二度と出てくることはない…ということもない。以前書いたように、「引き出し」のように考えることも出来る。

 選ぶことを恐れず、自分で決めたことは大事にしたい。そうふと思いました。

・以前の記事:心の中にあるものという”引き出し”から(2011.12.15)
by halca-kaukana057 | 2013-01-28 21:29 | 日常/考えたこと

自分の軸を持つこと

 2013年になりました。

 NHK教育テレビ(Eテレ)「0655・2355 年越しをご一緒にスペシャル」今年も録画で観ました(初詣に行っていたため)。2012年聴き納めの歌が、「のりこえるの歌」。はい、色々と乗り越えましたなぁ…としみじみ。

 そして年が明け、月周回衛星「かぐや」(SELENE)がハイビジョンカメラで撮影した「地球の出」の映像で始まる2013年。…昨年もこの映像だった…覚えてます。ミッションが終了し、衛星そのものはなくなってしまったのですが、「かぐや」の映像が今も使われるのは、嬉しいことではあります。チームにょろにょろの歌がゆるいw
 最後は大好きな「toi toi toi」特別バージョン…ロングバージョンだ!いつも「0655」で聴くものよりも長い、もしかしてフルバージョン?歌詞に、新年の希望と元気を貰いました。いい番組です。

 この「0655・2355」年越しスペシャルの目玉が、爆笑問題・田中さんによる「たなくじ」新春バージョン。テレビで一年の運試し。毎週の「たなくじ」も好きで、時間になると携帯片手にテレビの前でスタンバイしてますw

 出たのがこれ。
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 「ブレない吉・自分をしっかり持つと吉」

 昨年は、ブレてばかりでした。やろうと決めたことも、周りに翻弄され貫けないまま諦めたり、チャンスを逃して出来ずに終わってしまったり。その時に合わせて柔軟に…と考えればよく聞こえるのですが、場当たり次第、とも捉えられる。この違いは何か。「こうしたい」「これが最終目標」という軸があれば、自分を取り巻く状況が変わっても、目標を見失わずに進める。コンパス・方位磁針のようなものとも言えるかな。それが去年は無かった。「こうしたい…けどそこにどうやって行ったらいいか、やり方がわからない」と、わからないまま終わらせてしまった。情けない限り。

 という反省を胸に、「目標」を示すコンパスと、貫く意志、自分の軸を持って、今年は進んでいこうと思います。
 第一は健康。昨年はストレスフルな環境に置かれ、体調を大きく崩してしまった。こうなると元のリズムに戻すのが大変。ストレスフルな環境にあっても、健康を保つために何をすべきか。生活リズムを保った生活、ストレスはこまめに発散する。溜め込まない。
 第二は仕事、それから生活。目を背けていることがある。今年は決着をつけたい。

 でも、楽しむことも大事。ずっと続けてきたピアノからほぼ完全に離れてしまった去年。何か続けていけることをやりたい。自分を保つためにも。ピアノに夢中だった頃は、自分を保てていた気がする。黙々と練習することが、心身のバランスを取ることにも繋がっていたような。

 そんな一年にしたいです。
 良い一年でありますように。

 皆様の今年一年のご健康と、ご多幸をお祈り申し上げます。
by halca-kaukana057 | 2013-01-01 23:30 | 日常/考えたこと

コルシア書店の仲間たち

 今年読んだ本は、今年中に感想を書いておきたい。しばらく前に読んだのですが、感想を書くとなると難しい、文章にしにくいと思ってしまうのは何なのだろう?読んでいて、とても惹かれた本なのに。
・読んでいた頃の過去記事:活字に飢える(2012.6.4)
 体調不良、精神状態不安定だった頃だ…。

コルシア書店の仲間たち
須賀敦子/文藝春秋・文春文庫/1995(単行本は1992年)

 1960年代須賀さんが若い頃、イタリアへ留学し、ミラノで「コルシア・デイ・セルヴィ書店」という小さな書店に出入りするようになる。カトリック神父のダヴィデ・マリア・トゥロルド神父が中心となり、理想の共同体をつくろうと政治的な活動も行う若い人々が書店に集っていた。そんなコルシア書店に通い、集う仲間たちのことを綴ったエッセイです。

 イタリア、と聞くと、地中海の明るい日差しが降り注ぐ海と街、朗らかで陽気な人々、彩りよく美味しいイタリア料理やワインをイメージする。しかし、この本で描かれているイタリア・ミラノは、そんなイメージとは異なる。須賀さんが描くミラノは、淡く、どこか暗く、「モノクローム」もしくは「セピア色」という言葉が似合う。銀板写真のようなイメージもある。

 しかし、描かれている人々は個性的で、活き活きとしている。彼らが生き、暮らす周囲は鮮やかだ。一癖あるけれども、愛おしい人々。夫となるペッピーノをはじめ、読んでいてその人たちへの愛情が伝わってきた。

 それと同時に、イタリアやヨーロッパの歴史も語られる。第1次世界大戦、ナチスとユダヤ人、第2次世界大戦…。戦争は過去のものではない、人々が生きることを脅かした身近なもの、自分たちに繋がるものと書かれている。歴史の教科書やドキュメンタリーとは違う、リアルさを感じた。

 どの章も印象的なのだが、「銀の夜」のダヴィデの詩に惹かれる。「街」で描かれるミラノの2面性。「大通りの夢芝居」のミケーレはどうなったのだろうと気になってしまう。先述したナチスとユダヤ人の「家族」。「小さい妹」のガッティと共に描かれるミラノの風景。夜、アイスクリーム屋へ向かう道の描写に惹かれる。そして日本に帰ってからの「ダヴィデに」。

 コルシア書店はなくなってしまい、集っていた人々も離れ離れになってしまう。夫・ペッピーノも他界してしまう。同じ場に集っていて、ひとつのものを目指している仲間たち。でも、その心の中が全く一緒とは限らない。私もそんな経験は何度もある。その度にかなしい、残念だけれども、これは当然のことなんだ、私と他者は「別人」なのだから、と言い聞かせる。でも、完全に「別人」でもない。「孤独」とは。最後の232ページを読んで、また最初から読むと、描かれている人々がますます愛おしく感じる。

 文章を味わい、描かれている情景や人々を味わう。いとおしむ。優しく抱きしめたくなる。最初に書いたとおり、「モノクローム」な味わいもありますが、そんな雰囲気もまた愛おしい。何度でも読み返したい本です。

 須賀さんの本は、これからも読みたい。読みます。既に積読になってます。
・前回読んだ須賀さんの本:遠い朝の本たち
by halca-kaukana057 | 2012-12-18 22:58 | 本・読書
 日々、色々なことで心が揺れ動きます。イライラしたり、焦ったり、羨ましがったり、むなしくなったり、心配になったり、不安になったり…。ここ最近の社会の動きを見ていると、色々なことを考えずにはいられません。更に、自分の住む地域の現状を憂い、他の「恵まれている」「豊かな」地域(外から見ているだけで、実際の中身は違うかもしれない)を羨ましがる。こんな不安定な、油断すると厭みな言葉ばかり出てきてしまいそうな自分自身が嫌になりそうにもなった。

 でも、私が生きる、暮らしてゆくのは、今いるこの土地。ここで暮らし、仕事して、生きている。否定はいくらでも出来る。厭みはなんとでも言える。ただ、その後、ますますむなしくなるだけだ。

 今、ここで、自分が出来ること。すべきこと。自分自身の今を、身近な暮らしを、おろそかにせず大事にする。毎日ひとつひとつ続けてゆくことが、私のすべきことなのではないか。小さいものから大きなものまで「こうなりたい」「これをしたい」という願望はある。短期的な視点でも、長期的な視点でも、目指すものはある(おぼろげなものですが)。今していることが、そんな近い・遠いこれからの時間に繋がってゆく。まずは今ここ、身近なところから。

 また、やりたいけど今は手が届かないことも、きっと手が届くと信じる。この「信じる」ことには、「自分自身を信じる」ことも含まれると思う。
 運とか機会とか誰かの計らいとか自分ではどうしようもないことはある。その一方で、自分が行動しないといけない時もあると思う。そんな時、勇気や行動力、体力精神力などの自分の力を信じたい。大丈夫だと自分に言い聞かせていたい。
 そして、「機が熟す」時を待つことも。何かを実現するのにかかる時間は、人によって違う。すぐ出来る人もいれば、何年、何十年もかかる人もいる。すぐ実現できた人と比較すると、何十年もかかった人は損なのだろうか、実力が無いのだろうか。違うと思う。人それぞれのタイミングがある。誰もが同じように、順序通りに事が進むわけじゃない。その人に実力はあっても、家族・家庭、仕事・職場、社会…様々な要因で事が進められない時もある。生きることは、自分だけでどうにかできるものではないと思う。「機が熟す」時が来れば、きっと出来る。それも、「自分を信じる」ことに含まれると思う。

 そんなことを、最近twitterで会話したり、思っていました。

【過去関連記事】
今、ここで生きること
"私の暮らし"を見つめ直す
「今」ここにいる自分が思うこと

 過去記事と似ている、同じところもありますが、微妙に違うところもあります。こんな風に、考えを広げ、めぐらせていきたいなと思います。
by halca-kaukana057 | 2012-12-17 23:08 | 日常/考えたこと

遠くの声に耳を澄ませて

 最初、この宮下奈都さんの他の作品が気になったのだが、タイトルに惹かれて、こちらを先に読んでみた。初めて読む作家さんです。


遠くの声に耳を澄ませて
宮下 奈都/新潮社/2009

 12の短編を収めた本。旅行雑誌に連載されたものだそうで、旅もテーマになっている。ちなみに、本のタイトル「遠くの声に耳を済ませて」というタイトルの作品は無い。表題作のない短編集です。

 登場人物たちは、仕事や恋愛、家族や友達、同僚などのことで悩んだり、躓いたり、挫折したりしている。どこにでもありそうな、悩みや挫折。思い悩んでいても、躓いて涙を流しても、毎日は続く。日常は止まることなく進んでゆく。

 そんな時、遠くへ行きたいと思う。行けない時は、遠くを想う。「ここじゃないどこか」へ行って、または「ここじゃないどこか」を想って、そこから、「今ここ」を客観的に見る。「今ここ」では気づくことが出来なかったことがあり、がんじがらめになっていた気持ちが解き放たれ、刺々しかった気持ちが丸くなる。何か悩んでいる時、挫折した時は「今ここ」しか見えない、見ようとしないことが多い。でも、「今ここ」だけじゃない場所がある。道がある。可能性がある。時間がある。方法がある。「今ここ」から抜け出して、ちょっとの間遠くへ行く(気持ちだけでも)。それがきっかけで、動き出すことがある。大きな変化じゃなくても、小さな心の中での変化でも。この本の短編では、小さな心の変化のほうを描いていて、最終的なラストはわからないまま終わる。ゴールはどうなるかわからないけど、その小さな心の変化が起こった過程が描かれいているのが、とても印象的でした。

 それぞれの登場人物は、別の作品でも登場することもあるので、その関係を読むのも面白いです。この作品では主人公だったのが、別の作品では客観的に描かれていて、ひとりの人物を多方面から見ることも出来る。連続した作品ではないのに、どこか繋がっているところがある。そういえば、現実でも友達の友達が知り合いだったとか、仕事で会ったことがあるとか、そんな繋がりに驚くことがあります。

 どの作品も印象的で、好きなのだが、「アンデスの声」や「うなぎを追いかけた男」の、行ってはいない(過去に行った)けど、その話を聞くことで遠くを想うこの2作は清々しい気持ちになる。また、「転がる小石」や「部屋から始まった」、「クックブックの五日間」は実際に遠くに行って、その場所に行ったことよりも、行った行動そのものが変化に繋がる過程が描いてあって、わかる、と感じた。旅に出て、その旅の中身も楽しんだけれども、それ以上に旅に出たということ、遠くに行ったということが変化の始まりだったということが私にもある。「転がる小石」の陽子ちゃんのように、見知らぬ場所に来て、「怖がっていたものの正体を見きわめ」、「道草をやめ」て、「簡単には近づけないものから目を背けるんじゃなくて、正面に見据えて半歩ずつでも近づいてゆく」。読んでいて、目を背けていることを正面に見据えたいという勇気が出てきた。

 最後の「夕焼けの犬」の病院の喩え・描写もいいなと感じました。夕焼けは、場所でも時間でも、遠くを思わせる。何か思いつめた時、仕事で疲れた帰り道やちょっとした休憩の合間に夕焼けを見ると心が落ち着くのは、そんな力があるからかもしれない。

 読んでいて、また旅に出たくなりました。遠くに行くことは大事だとも。なかなか行けない時は遠くを想うけど、でも、実際に行ってみるのはまた違う。人生・生きることも旅。「今ここ」と「ここじゃないどこか」を行き来して行くのだなと感じました。

 宮下奈都さんの著作を、また読みたいです。
by halca-kaukana057 | 2012-12-06 23:12 | 本・読書

雪と珊瑚と

 久々に梨木香歩さんの小説を。今年春に出た新刊です(今年中なら新刊扱いの私)。


雪と珊瑚と
梨木香歩/ 角川書店(角川グループパブリッシング)/2012

 珊瑚は21歳、8ヶ月になる子どもの雪の母。シングルマザー。生活するために働こうとしているが、雪を預ける先に困っていた。雪との散歩中、珊瑚は住宅街の古びた家に「赤ちゃん、お預かりします」という張り紙が張ってあるのを見つける。その家に住む老婦人・くららと会い、珊瑚はくららと話すうちにここに預けようという気になる。珊瑚と雪はくららの家へ通い、また、くららに様々な料理、食べることについて教わる。一方で、以前勤めていたパン屋に再就職した珊瑚だったが、そのパン屋はもうじき店をたたむとのこと。その後どうするか。パン屋で出会ったアトピー持ちの子どもとその母親との会話、珊瑚と同じアパートに住む助産師の那美との会話、そしてくららの料理…そこから、珊瑚は惣菜カフェを開きたいと思い、動き出す…。

 物語は珊瑚がくららと出会い、くららから教わった料理のことや、自分自身の食の思い出・経験から惣菜カフェを開きたいと動き出し、様々な人々の協力でカフェを開業。自分で店を切り盛りし、雪も成長して行く。カフェも珊瑚も予想もしなかった方向へ動き出す…。という珊瑚と、雪と、珊瑚の店の物語。なのですが、それはあくまでテーマを語るための材料で、本題は物語の中に散りばめられていると思った。
 食べること、母親として生きるということ、育児、シングルマザーの置かれている状況、たくさんの人の中で生きるということ、それに対するひとりで生きるということ、誰かに頼るということ、相性が合わない・嫌い・苦手な人と接すること、自分がどんな立ち位置で生きているかということ…。
 色々な読み方が出来る作品だと思う。どれが一番のテーマなのか。何回も読んでみないとわからない…私はまだそこまで読み込めてない。いや、あえて決めていないのかもしれない。

 ただ、珊瑚の生い立ちは、この作品の幹にあたるものだと思う。母は多くの男性と付き合い父親が誰なのかわからない環境で育ち、母が家にいないことが多かった。食べるものが家に無い。命の危険を感じた珊瑚は、学校のスクールカウンセラーの元へ行く、「家に食べるものが無いんです」と。カウンセラーは、給食の余りなどを分けてくれた。しかし、その後高校に進学したが授業料が払えなくなり、退学。同時に家を出て、パン屋で働き始める。

 珊瑚は母がほとんどいない家で育ち、ひとりでも生きていかなくてはと常に思っている。しかし、完全にひとりでは生きてゆけない。カウンセラーやパン屋の主人と妻、くららや那美。カフェを開く時にも、様々な人の協力が合った。合ったが、自分では納得できないこともある…。私もそんなことを思うことがある。ひとりで生きなくては。親はいつかは死んでしまう。結婚しても、配偶者に頼るというのはどこか納得がいかない。でも、ひとりで生きているということはなく、職場の上司や後輩、友人、様々な人がいて、自分がいる。この矛盾をどう納得のいく形に持ってゆけはいいのか。この物語を読みながら考えたが、まだ答えは出ていない。
 また、この物語では、珊瑚に対して好感を持つ人が多いが、ひとりだけ嫌悪を抱く人が登場する。そんな、嫌悪を抱く人も、自分に何らかの影響を与えているのだろうか。自分のどんなところが嫌いで、それを相手を傷つけたいと思ってストレートに表現してくる。その感情には偽りがない。ある意味、ありがたい存在なのかもしれない。
 そして、珊瑚にとっての母の存在。珊瑚は、離れていた母に向き合い始める。

 震災後、家族はかけがえの無いもの、絆、という言葉や意識が広まった。でも、それがいつも好感の持てるものとは限らない。絆を切りたい、絆じゃなくてしがらみだという関係もある。人とのつながりは複雑だ。その複雑さの中で、どう生きるか。

 終盤、珊瑚が夜の店でひとり料理の下ごしらえをするシーンがある。雪は寝ている。下ごしらえがひと段落して、自分のためにコーヒーを淹れる。そこで、珊瑚はこう思う。
誰かのための、居場所をつくりたい、なんて驕った考えだ。自分がそもそも、そういう場所が欲しかったのだ。
 母でも娘でもない、自分が今、ここにいる。
(314~315ページより)

 自分の居場所…慎重に扱わねばならない表現だと思う。下手に使うと安っぽい、便利に使える表現になる。でも、それを本気で欲している人もいる。ここの、「母でも娘でもない」に、うんうんと頷いた。人の中で暮らしていると、自分には何かしらの「肩書き」が付く。上司に対しては部下、後輩に対しては先輩、友達と会えば友達、家族といれば家族。話はそれるが、NHK教育「ピタゴラスイッチ」で「ぼくのおとうさん」という歌があるのだが、「お父さん」も場所によって違ってくる。会社にいれば課長さん、お店に入ればお客さん、歩いていると通行人、電車に乗ると通勤客、病院に行けば患者さん、そして家に帰ってくるとぼくのお父さん。というように。そして、自分には名前がある。本名もあるし、このブログにいれば「遼」というハンドルネームがある。時々、その名前すらも必要としない、ただ人間としての自分でいたい…と思うことがある。この時、本当にひとりになれるのだろうかなどと考えつつ。


 もうひとつ、この物語の幹は、食べること。くららの料理、その料理に使われる食材はとても豊かだ。私は料理が苦手、今日の夕飯をどうしよう…それを考えるのも嫌になるほど、料理が苦手だ。でも、食べないといけない。こう思うと、食べることが強制的なもの、辛いものに思えてしまう。くららや、くららから料理を教わってカフェで様々な料理を作る珊瑚のように、黙々と、でも楽しく料理して、食べることを大事にできたらいいなと思う。食べることは大事にしたい。活動するエネルギーであり、生きることそのものだから。家に食べるものが無くて困り果てていた子ども時代の珊瑚も、くららに料理を教わった大人になった珊瑚も、食べることで強く生きようとしている。ここで、悩んでいる人を招き悩みを聞き、手作りの料理を食べてその人が生きるのを支えようとしている「森のイスキア」の佐藤初女さんを思い浮かべた。くららは元修道女。キリスト教の信仰の話も出てくる。佐藤さんもクリスチャン。どこか似ている気がする。

・佐藤初女さんのことに関する記事
食べること、料理すること、生きること
おむすびの祈り 「森のイスキア」こころの歳時記


 そういえば、この作品、梨木さんの小説で一切ファンタジー要素が出てこなかった作品かな?前作「僕は、そして僕たちはどう生きるか」もファンタジー要素は少なめだったが、ファンタジーのような謎の存在や、ユージンの家はファンタジーのようだった。今回は、珊瑚がカフェを作った場所はちょっとファンタジーっぽいが、ファンタジーではない。ひとりの作家の作風がこんな風に変わってゆくのは面白い。

・前作:僕は、そして僕たちはどう生きるか
・この作品に関連して体験したこと、思ったこと:「痛い」と表現すること

 最後に、梨木さんの最新刊。エストニア紀行エッセイ。エストニアとはまた惹かれる。読む。読みたい。

エストニア紀行: ――森の苔・庭の木漏れ日・海の葦

梨木 香歩 / 新潮社


by halca-kaukana057 | 2012-11-09 23:23 | 本・読書
 雑誌「暮しの手帖」が愛読書になって約2年。誌面のどの部分も気に入っているのですが、気になっていたコラムがある。それが「すてきなあなたに」。雑誌の真ん中あたり、紙が黄色い、他のページと色が違う。書いてある文章が、どれも興味深い。これは誰が書いているのだろう?読者の投稿?いや、違う。そんな「謎めいた」でも魅力的なコラムのよりぬき集が出ました。

すてきなあなたに よりぬき集
暮しの手帖社/2012

 この「すてきなあなたに」は、大橋鎭子さんが1969年に始めた連載エッセイ。「はじめに」でこう書かれています。



「なにもない普通の暮らしのなかで出合った、いろいろなことや、仕事でお目にかかった何人もの方々のお話しのなかから、私が大切に思い、すてきだなあと思い、生きていてよかったと思ったこと、私一人が知っていてはもったいない、ぜひ読者の皆様にもお知らせしたい、メモとして遺しておきたいことなどの、折にふれての記録から生まれたものです。」

 そうだったのか。毎号読むたびに、みずみずしい文章で、内容も日々のささやかな、ちょっとしたことなのに、それをじっくり観察して、素敵だと思ったことを爽やかに表現している。美味しい料理や、身の回りの自然、おしゃれのこと、旅先でのこと、海外での暮らしのこと、身近な家族や友人とのこと、自分自身のこと…。当たり前のことが、美しく、いとおしく思える。そんな視点を持てることは、幸せだなぁと読んでいて思います。

 12の月の各章に分かれ、季節を感じさせる内容になっています。料理のレシピも多いのが特徴のひとつ。一般的な料理本のように、作り方の画像や絵がない、文章のみのレシピなので、ちょっとわかりにくいと思うところはあるのですが(お料理のうまい方なら、すぐにわかるのだろうなぁ…)、読んでいると美味しそうだなと感じます。北欧・スウェーデンの家庭料理「ヤンソンさんの誘惑」のレシピも書かれていて、これを読んで実際に作りたくなりました(この「ヤンソンさんの誘惑」はお隣のフィンランドでもよく食べられるらしい)。

 ポジティヴなことばかり書かれているわけでもなく、例えば5月の章の「落ち着かない日」。気持ちが落ち着かず、何をしても集中できない。そんな時、どうしよう…という内容で、私もそんなことがよくあるので「わかるなぁ」と思いつつ読んでいました。私も落ち着かない日はどうするか、メモしておこう。

 何気ない日々の、ささやかだけれども、自分にとっては特別と思えること。読むだけでなく、自分もそんな「すてきな」ことを探してみよう、日常をよく観てみよう。そう思えるエッセイです。

 欲を言うと、このエッセイは何年のものかわかるように書いておいて欲しかったなぁと。あと、「よりぬき集」なので、あくまでほんの一部。もっと読みたい方は、単行本が5巻出ているので、そちらをどうぞ。私も単行本も読んでいます(5巻は2006年刊行。6巻はいつ出るのだろう?)。勿論、本誌もどうぞ。
 ちなみに、単行本のイラストは「暮しの手帖」初代編集長・花森安治さんのもの。この「よりぬき集」は、「minä perhonen(ミナ・ペルホネン)」の皆川明さんが装丁・イラストを担当。その違いも楽しめます。
by halca-kaukana057 | 2012-08-02 23:22 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


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