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 先日読んだ漫画「海とドリトル」(磯谷友紀)で参考文献になっていた本を読んでみました。この本の著者の佐藤克文先生が取材協力、モデルになっているのだそうです。
海とドリトル 1

サボり上手な動物たち 海の中から新発見!
佐藤克文・森阪匡道/岩波書店・岩波科学ライブラリー/2013

 イルカやクジラ、ペンギン、アザラシ、ウミガメ、カツオドリやオオミズナギドリなどの海鳥といった海洋生物たちが、海の中で一体どんな行動をとっているか…実はよくわかっていない。水族館に行けば観察は出来るけれども、実際の広い深い海の中で、どう行動し、仲間とコミュニケーションをとり、エサをさがしているのだろうか。実際にその姿を「見る」ことは難しい。そこで、登場したのが「バイオロギング」という方法。動物にカメラなどの機器をつけて、その行動データを記憶させ、そのデータを分析する。その手法で、海洋生物たちのこれまで「見えなった」姿が見えてきた。

 テレビの自然ドキュメンタリー番組では、海中に潜ったカメラが海洋生物たちが悠々と泳ぐ姿がよく放送される。この本からはちょっとずれるけれども、NHKスペシャルで一躍有名となったダイオウイカが泳いでいる姿を撮影するために、潜水艇で深海へ潜る映像も興味深かった。ダイオウイカもだが、見たことも無い深海の生き物に驚いた。
 イルカやクジラなどの海洋生物でも、そんな風に何らかの方法でカメラを海中に潜らせて調べているのかなと思った。でも、人間が潜れる深さや領域には限りがあるし、第一海は広い。広い海をあちらこちらへ泳ぐ生き物を追うのは難しい。撮影できたとしても一部分だけ。テレビ番組ならそれだけでもいいかもしれないけど、実際の研究となるともっとしっかりとしたデータが必要。これでは足りない。

 そこで登場するのが、「バイオロギング」。海洋生物にカメラや音声センサー、更には加速度センサーをつけて、その行動を記憶させ追うという方法。カメラだけじゃないのは、映像では追えないもの・場合もあるため。濁った水の中に棲む生物もいる。そこではカメラは使い物にならない。また、イルカの仲間は「エコーロケーション」といって、「カチカチ」とか「ギー」という「クリックス」という音で距離を測ったり、仲間とコミュニケーションしている。音を使って「見て」いる。人間は視覚から得る情報が圧倒的に多いが、イルカは音から得る情報が多い。そんな音で「見える」世界…どんな世界だろうなと想像すると楽しくなる。しかし、この音を出すことが、逆に自分を身の危険にさらすこともあるそうだ。イルカやクジラの天敵・シャチもエコーロケーションを使う。「盗み聞き」されて、襲われることもあるのだとか…。なんという…。なので、いつも音を出しているわけで無く、適度に「サボって」いる。ほかの仲間のクリックスを「盗み聞き」することもあるのだそうだ。結構ちゃっかりしている。
 この本のタイトルにあるとおり、生き物たちは適度に「サボる」のが上手いらしい。人間は「サボる」とバツが悪く思われがちだが、人間でもボーっとしていたり、回り道していることもある。生き物たちも同じなのだなと感じた。

 また、私たちは動物達の最大能力を調べようとする。時速何kmで走れる/泳げるのか、一番深く潜れるのは何mか、最高何時間潜っていられるのか…など。でも、動物たちはいつもその最大値・全力を出しているわけではない。日々の暮らしは平均値で表現される。生き物たちの暮らしぶりを知りたいなら、平均値に着目しよう、という内容になるほどと思った。研究者も、私たち一般人も、普段の暮らしを知りたい、見たいのだ。

 バイオロギングを使っても、なかなか思い通りにデータ収集できないことも多いのだそうだ。相手は生き物、自然。人間の思った通りにはいかない。地道な、地味なフィールドワークの積み重ね。いつも効率よく動いているわけでもない。人間も含めて、生き物は無駄なこともするし、遊ぶし、サボるし…一筋縄でいかない、だから興味深い、研究したくなるのだなと感じました。

 この本にあることが、今後「海とドリトル」にも出てくるのかなと思うと楽しみです。漫画と一緒に楽しめる。
by halca-kaukana057 | 2014-09-01 22:46 | 本・読書

海とドリトル 1

 「本屋の森のあかり」の磯谷友紀先生の新連載です。思ったよりも早く単行本が出て嬉しい。

海とドリトル 1
磯谷友紀/講談社・KC KISS/2014

 大学2年の亀山七海は、彼氏に振られ、その彼と行くはずだった富士山にひとりで来ていた。寒さに震えながら、七海は好きな海を思っていた。その時、不思議なアンテナを持った2人の男に遭遇する。ひとりの男はクジラ、クジラと言いながら、倒れてしまった。クジラと言っていたことが気になった七海はその2人の男たちの機材を持って、一緒に下山する。倒れてしまったのは准教授の烏丸重行、もう一人は博士課程の佐藤陸男。2人は海洋生物を研究していて、クジラにつけたデータロガーという行動を観察する装置を探すために富士山に登り、アンテナで受信していた。海にやってきた3人は、データロガーを回収、その時、一頭のクジラがやって来る。そのクジラにロガーをつけようとした2人、だがうまくいかない。七海はとっさにロガーをつけた棒を持ち、クジラを狙い…。

 磯谷先生の新作、楽しみにしていました。今度は海洋生物学、海洋生物の行動を研究している研究室が舞台です。海洋生物…クジラだけでなく、アザラシやカメ、海鳥も出てきます。
 海は好きです。これまでの人生のほとんどは海のある町で暮らし、職場も海が近いところで働いたこともありました(仕事内容は海とは関係ない)。もやもやした気持ちになったり、落ち込んだりすると、よく海を見に行きます。青い海を眺め、海風と波の音を聴きながらぼんやりしていると、頭の中が整理されてきます。海洋生物も、あまり詳しくはありませんが好きです。クジラ、イルカ、カメ…水族館にはしばらく行っていませんが、海の生き物には興味があります。少し前に海を見に行った時には、イルカの群れが泳いでいました。遠くからだったので背びれしか見えませんでしたが、野生のイルカに遭遇できて感激していました。

 そんな海洋生物を研究する…どんなことをしているのだろう。烏丸と陸男、そしてクジラに出会った七海は烏丸の研究室に編入する。地道なフィールドワークもあれば、ゼミでの発表もあり、研究資金を出してくれそうな企業に向けてプレゼンもする。各々の研究対象も様々。第1話のクジラもハードですが、第3話の海鳥のフィールドワークもハード。完全にアウトドア。自然が相手の研究は大変だ…と思いながら読んでいたインドア派です。大学3年で編入した七海の視点がありがたい。海洋生物の研究の仕方もだが、大学院…修士→博士→ポスドクと歩む研究者と、研究者を取り巻く厳しい環境・受け入れ態勢が整っていないところにも、なるほどそうだったのかと思いながら読みました。これまで、宇宙天文分野でそんな話を聞いてはきたものの、いまいちピンと来ていなかった。研究職は憧れの存在であるのですが、難しいのだな…。

 それでも、興味がある、興味が尽きない、好きだから…そして覚悟もあるから、研究の道を歩んでいるのだろう。彼氏に振られ、鬱屈した日々を過ごしていた七海。
ここのところ ずっとにごった水たまりのようなところにいて 浮上できない
キラキラした 水面に出たい
(8ページ)

 富士山で七海が思っていたことなのですが、これがまさに今の自分そのもので、ああ、私も浮上したい、水面に出たいと思っている。そしてクジラに出会い、魅せられ、猛勉強の末烏丸研に編入する。編入した時はすぐに辞めるだろうと見ていた烏丸。でも、七海は本気。烏丸研で海鳥を研究しているポスドク・戌飼に出会い、心が揺れる。そんな揺れる想いでモヤモヤしていても、海でクジラに会うと吹っ切れる。「やばい、超たのしい」と(5話より)。落ち込んで、モヤモヤしていても、本気で惹かれているものの前では、そんな迷いも落ち込みも忘れてしまう。それが、浮上した瞬間、水面に出た瞬間なんだろうな。その瞬間に、心の動きに気付いて、バシッと捉えたい。

 タイトルの「ドリトル」…ヒュー・ロフティングの「ドリトル先生」シリーズが元ネタですね。「本屋の森のあかり」でも登場、それをきっかけに私も読み、大好きな作品になりました。その「ドリトル先生」シリーズや、「ニルスのふしぎな旅」が鍵となる第4話。七海と戌飼が話していた内容がとても気に入りました。鳥やクジラの目線でこの世界を見られたら、とても面白いのだろうな。このあたりは、さすが磯谷先生です。

 この烏丸研にはモデルがあり、その先生の本も出ています。読んでみようかな。

サボり上手な動物たち――海の中から新発見! (岩波科学ライブラリー)

佐藤 克文 / 岩波書店


 あとがきで紹介されていたのがこの本です。ほかにも色々出ています。夏の読書にピッタリだ。
by halca-kaukana057 | 2014-08-11 22:19 | 本・読書

すてきな地球の果て

 雪も降り、白く凍てつく季節になりました。もうすぐ冬至。そんな季節に(夏でもいいですが)、この一冊を。

すてきな地球の果て
田邊 優貴子/ポプラ社/2013


 表紙の青と白…まずこの写真に惹きこまれました。青い、真っ青…ともちょっと違う、澄んだ抜けるような青。そして氷の白。白もただの白じゃない。青っぽかったり、灰色っぽかったり。なんて風景だ…。

 著者の田邊さんは植物生態学者。第49次・51次・53次日本南極地域観測隊で南極へ、また北極圏へも向かい、極地の植物・自然を調査観測、研究している。田邊さんが何故南極・北極…「地球の果て」に惹かれるようになったのか、そこで見た植物や動物たち、風景、調査観測の様子について書いたエッセイです。

 田邊さんは研究者であり、学者であり、極地の植物や自然に関しては専門家である。観光で南極・北極に行っているわけではない。専門の研究者・学者が研究対象の地をどう見て、どう表現するのか興味があった。意外にも、自然や極地で生きる生命への驚きや感激、感動に溢れていた。いや、そういう感情がきっかけになって極地に、そこに生きる生命に興味を持ったのだろうし、持ち続けていることが研究にも繋がっていくのだろう。専門の研究者だからこそ、こんな驚きがある、こんな美しいものがある、「地球の果て」は「すてき」なところだ…と活き活きと語ることが出来るのかもしれない。それから、田邊さんご自身のバックグラウンドも生きていること、命があることについて考えさせられるものだからこそ、更に活き活きと語ることが出来るのだろう。第1章でそれについて語る部分や、大学時代、ペルーで見た満天の星空や、アラスカでの体験とその感動について語る部分で、私も心を動かされた。大学院の頃、2度目にアラスカを訪れ帰国した後のことを、こう書いている。
 私は、そのよくわからない思いを必死に抑えつけた。が、抑えれば抑えるほど、さまざまなことに対して純粋に感動できなくなり、世界を面白くないもののように感じるようになっていった。それは、まるで心が凍ってしまったかのような日々だった。

 一年近く経った頃、私はある決心をした。
 ――感動や情熱を抑え込むことをやめてみよう。
 たったそれだけのことだが、私にとっては大きな決心だった。時間に追われている日々の生活の中、それがいかに難しく大変なことかもよくわかっていた。けれど、今、とにかくそうしなければいけない。それだけは確かだと思った。
(27~28ページ)

 この本で語られている南極・北極でのことも、田邊さんがそこで思ったことも、活き活きと語られているのは、こんな想いがあるからだと思う。情熱を、感動を、抑えつけないで表現しよう、と。

 そして、南極・北極へ。上記の引用した箇所で、「心が凍ってしまったかのような」とあるが、南極・北極での日々は田邊さんの心を解かしていったのだと思う。気温では、凍りついた世界が。
 南極と北極は同じ極地でも、雰囲気が違う。季節が異なっていたのもある。どちらにしても、生き物が生きるには過酷な環境。それでも、そこでも生きている生き物、生命がある。植物も、動物も、鳥たちも。キョクアジサシは、何と北極と南極を往復する渡り鳥。その翼だけで、とてつもない距離を飛び、渡る…驚くしかない。南極の淡水湖に潜ると、苔の「森」が広がっていた。その一方で、厳しい自然は容赦しない。どの生き物も生きるのに必死だ。そこで力尽きる生命も、勿論ある。

 人類の力の及ばない、まだ知らない、想像を超える自然が、生命が極地にはある。まだまだわからないことばかりだ。南極も北極もはるか遠い、非日常の世界。でも、この地球上にあって、今冬も南極越冬隊は南極へ向かっている。このような本という形で、そんな非日常だけれども、遠いけれども存在している世界の姿と、それを見た人の驚きや感動を間接的にだけど味わえるのが嬉しい。

 極地での音について言及している箇所もあるのですが、この本を読んでいると、静けさ、静寂を思います。極地から見れば大したことはないけれど、私の住むこの地でも、雪が降れば降らない季節とは違う静けさを感じます。氷点下の日々が続き、毎日のように吹雪いて、日照時間も短く、どんどん雪が積もって雪に閉ざされれば閉ざされるほど、静かだと感じます。夜であれば尚更。晴れていて星空が見えても、吹雪の夜だったとしても。その感覚と似ているのかなぁ、と思いながら読んでいました。いや、違うだろう。もっと違う静けさ、静寂が広がっているのだろう。

 極限の自然と、その中に生きる生命が、ただそこにある。そこで生きている。それが驚きに満ちている。写真も多く、田邊さんの言葉を代弁しているような美しさです。ペンギンやアザラシなどのおなじみの生き物から、極地だからこそ見られる風景まで。「地球の果て」の姿に心を突き動かされ、「すてき」だと感じる。ストレートに伝わってくる本です。


 ちなみに、調べたら、今日12月14日は「南極の日」。1911年ノルウェーのアムンゼン率いる一行が世界で初めて南極点に到達した日なのだそうだ。もう100年も前のことです。
by halca-kaukana057 | 2013-12-14 20:56 | 本・読書
 もう8月も明日で終わり。こちらは朝夕だけでなく日中も涼しくなり、もう秋です。日中の陽射しはまだ夏の明るさですが、夏の終わり、秋の始まりを感じさせる毎日です。

 夏と言えば色々ありますが、私はこれです。
NHK:夏休み子ども科学電話相談

 毎年恒例の夏休み特別企画。子どもたちの科学に関する疑問に、専門の先生方が答えてくれる。今年で30周年だそうです。私がこの番組を聴き始めたのは…高校生になってからでした…。小学生から聞いてれば…。でも、高校生の時も、そして今大人になってからも、聞いていると本当に楽しい、勉強になります。素朴な疑問から、小学校高学年~中学生の専門的な質問、マニアックな質問。特に恐竜の質問を受け付ける回では、子どもたちの恐竜博士ぶりに「マニアックだ…」と驚いてばかり。いや、好きだから自然に覚えてしまうのだろう。私も子どもの頃、星座の本を読んで名前や形、見える時期、星座の神話を自然と覚えていました。

 受け付ける質問も、近年では「心と体」、「いのちの不思議」、「放射線衛生学」といった以前は無かった分野も質問を受け付けたり、ダイオウイカで注目されている「深海」の質問も。「心と体」「いのちの不思議」は聞いていてなるほどなぁと思った質問ばかりで面白かったです。

 天文宇宙の質問では、ベテルギウスの超新星爆発に関する質問が何回かあって、皆気になっているだなぁと感じました。気になります。

 子どもたちの質問そのものも面白いのですが、わかりやすく丁寧に答える先生方のお話も面白い。専門的なことを、どう説明するのか。もし、自分が同じように質問されたらどう答えるか…そんなことも考えながら聞いていました。マニアックな質問に対して、マニアックに答える先生の楽しそうな声も印象的でしたw

 好きなこと、興味があることは、自然と学んで覚えてしまう。学んでも「なぜ」と思うことを忘れない。難しいことでもひるまずにどんどん学ぶ。そんな子どもたちが学んでいる姿(声)に、止まっている私自身の「学び」を再開したいとも感じました。先生方と子どもたちに励まされたような。

 放送のある日が休みでも、午前中用事でなかなか聞けないことも多かったのですが、今年も楽しかったです。また来年も、楽しみにしています。
by halca-kaukana057 | 2013-08-30 22:46 | 興味を持ったものいろいろ

果しなき流れの果に

 2011年7月26日、ちょうど2年前。SF作家の小松左京氏が亡くなりました。小松先生の作品をそれまで読んだことが無かったので、読みたいと思っていたのですが、代表作「日本沈没」は震災後には重過ぎて読めず。それからしばらく経って、この本を手に取りました。ようやく小松作品を読みました…(遅い


果しなき流れの果に
小松左京/角川春樹事務所・ハルキ文庫/1997(単行本は早川書房、1966年)

 理論物理学の研究所で助手をしている野々村と、教授の大泉のもとに、大泉教授の友人の番匠谷(ばんしょうや)教授がやって来る。番匠谷教授が持ってきた”珍しいもの”を野々村にも見てもらうために。番匠谷教授が出したのは、少し変わった形をしている砂時計。しかし、よく見ると、砂は落ち続けているのに、上の砂溜めの砂は減らず、下の砂溜めの砂も増えない、永遠に砂の落ち続ける砂時計だった。しかも、番匠谷教授はこの砂時計を、中生代・白亜紀の地層から発掘したというのだ。砂時計の謎を探るべく、出土した現場へ向かう。その途中、野々村は不思議な青年に話しかけられる。「”クロニアム”はどうしました?」と。その青年は、発掘現場の古墳にも現れる。古墳の中を調べてみると、これも不思議な構造をしていた。それから、野々村たちは奇妙で不可解な出来事に次々と巻き込まれ続ける。大泉教授も番匠谷教授も、砂時計のことを知っている人々も、そして野々村も…。


 このあらすじの部分まで読んで、さてこの後どうなるのだろう?砂時計と、野々村たちの行方の謎を解く物語が始まるのだろう…と思いきや、物語は予想もしない方向に。第3章からの展開に「なんだこれは!」と驚くばかりでした。読んでも、しばらくは事態と展開がつかめず、よくわからないまま、でもどうなるのか楽しみで、どんどん読んでしまいました。

 宇宙を舞台に、壮大な時間と、時間の中で生きる人々のたたかい。宇宙の中では、人間の寿命なんてちっぽけなもの。でも、もしその宇宙の中で生き続けることの出来る”別次元の命”を手に入れたら?更に、今私たちがいる時間軸とは別の時間軸・次元をも行き来できるなら?一体この人は何とたたかっているのだろう、誰が敵で、誰が味方なのだろう?もう壮大過ぎて頭がパンクしそうですが、でも面白い。

 時空を飛びまわる壮大な舞台で、野々村の恋人である佐世子の存在に、ほっとします。佐世子は「今、ここ」にいる。最初の地点であり、還るべき地点であることを教えてくれる。佐世子の登場するラストが、切なくかなしくも、しあわせだと感じました。

 ページを開く度に頭がパンクしそうな状態が続いているので、何度でも読みたいです。

 ところで、この作品が書かれたのは、1965年(翌年単行本化)。そんな昔にこんな凄いSFがあったのか!とまた驚きました。まだ人類が月に立っていない時代。いや、ジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズ、アーサー・C・クラークやアイザック・アシモフ、ロバート・A・ハインラインは更に前の時代ですが…いや、まだ現実の科学・技術がSFに追いついていない時代だからこそ、自由に想像して書けるのかもしれない。でも、リアリティもある…。やっぱり凄いです。

 「日本沈没」はこの「果しなき~」の後の作品。「日本沈没」も、読める精神状態になったら読みます。
by halca-kaukana057 | 2013-07-26 22:18 | 本・読書
 久々に天文関係書です(久々、が多い)。七夕に書こうと思ったのですが、今になりました。8月7日の七夕祭り、8月13日の旧暦・伝統的七夕(&ペルセウス座流星群極大日)に間に合わせたということで…。


星の王子さまの天文ノート
縣 秀彦:監修/河出書房新社/2013

 サン=テグジュペリの「星の王子さま」の物語・物語に出てくる言葉・文章、挿絵と共に、天文学を学べる本です。最初、「星の王子さま」のキャラクターに便乗した本?かと思いましたが、ごめんなさい誤解でした。中身を読んだら、「星の王子さま」の物語と、天文学が見事に融合していました。

 「星の王子さま」の王子さまは、小惑星B612に住み、その小惑星を出て、様々な星へ向かい、様々な人と出会い、そして地球を訪れ、飛行士の「ぼく」と出会います。物語の文章の中には、天文・星を語るものも所々にあります。王子さまが地球にやってくるまで、観たかもしれない太陽系やもっと果ての星々。星を見つめる人の描写。それらと共に、天文に触れる。これまでにない天文へのアプローチだな、と読んでいて思いました。児童向けの、漫画やアニメのキャラクターと学ぶ学習漫画・図鑑とも違う。

 監修は、国立天文台の縣(あがた)秀彦さん。以前「天文学者はロマンティストか?」という本の記事を書きましたが、その著者です。現在も、国立天文台で広報のお仕事をされています。
・以前の記事:天文学者はロマンティストか?
 5年ほど前の本ですが、絶版なのかなこの本…。

 月からスタートして、太陽系の天体、日食などの天文現象、もっと遠くの星雲や銀河などの天体、四季の星座、天文学と人の歴史…と、天文学の科学的な面と、歴史や文化、民俗などの文化的な面がバランスよく取り上げられていて、天文入門者も、天文ファンも楽しめると思います。「星の王子さま」の一節や、文化的な面に、「ああ、そんな見方もあったんだ」と思わされました。「天文学者の話」では、天文学の最前線で活躍する天文学者によるコラムもあります。研究の話と同時に、天文・宇宙に惹かれる理由や魅力も語られ、天文学の最前線でワクワクしながら日々研究・観測を続けているのだなと伺えます。

 星空を見上げ、宇宙を思い、天文について学ぶのは、その知識を増やしたい、のではない。星空は毎日変化し、全く同じ星空というのは無い。その度に宇宙について思うことも変わる。天文学の研究も、新しい観測結果や研究・論文が発表され、どんどん覆されたり、解けたと思ったらまた謎が増えたということも多い。いつも新しい気持ちで宇宙を観ることを楽しむ、ことなのだなとこの本を読んで思いました。知識を増やしたい、「知っている」ことを増やしたい、と思っているところがありました…反省です。

 現在、まだ梅雨で、星空を拝めないのですが、その間はこの本を読んで楽しもうと思います。勿論、星空を見上げながら読むのもありです。
by halca-kaukana057 | 2013-07-11 22:20 | 本・読書

ふわふわの泉

 読んだ本の感想を。今回もSF。前回は古典SFでしたが、今度は比較的新しいSFです。


ふわふわの泉
野尻 抱介/ 早川書房・ハヤカワ文庫JA/2012(元のファミ通文庫は2001年)

 浅倉泉は高校2年生、化学が好きで化学部の部長をしている。部員は1年生の保科昶(あきら)のみ。文化祭に向け、展示するフラーレンの生成を行っていた時、落雷による実験器具が故障、実験は失敗に終わったかに見えた。しかし、部屋の空気中には不思議な物体が浮かんでいた。ミクロのシャボン玉のような、でも中身は真空で、とても固い…。泉はこの物体を「ふわふわ」と名づけ、文化祭の後に詳しい検査をしてみる。すると、その物質はダイヤモンドより固く空気より軽い、「立方晶窒化炭素」…夢の新素材と予言されていたものだった。「ふわふわ」を生産し、売って一儲けしようと考えた泉は、昶と再び「ふわふわ」を作る。そして昶の祖父と祖父の鉄工場に協力してもらい、「ふわふわ」を生産し販売する会社を立ち上げる。夢の新素材に人々は殺到。そして3年後…泉は社長、昶は専務となり、「ふわふわ」は世界を変えていた…


 2001年に刊行されるも絶版してしまいましたが…この度復刊した作品です。話には聞いていて、読みたいと思っていたので復刊が嬉しかった。

 物語が次々ととんでもない方向に進んでいきます。勢いがよくて、とても面白い。化学はあまり得意分野ではないのですが、「ふわふわ」がいかに優れた物質で、様々なことに応用が利くことは読み進めるうちにすんなりと頭に入ってきます。

 泉と昶が開発した「ふわふわ」。この「ふわふわ」を様々な形に活用し、新しいものが次々と生まれ、その過程にワクワクするのですが、その一方でワクワクを阻むものもある。「ふわふわ」の工場の立地や、「ふわふわ」を使った建造物の立地。「ふわふわ」を活用して、空飛ぶコミューンを作った人々…。「ふわふわ」はそれまでの建築などの概念を根底から変え、それまでにない画期的なものも生み出された。それを活用して、それまでの概念の枠から飛び出し、打ち破る人々も現れるが、どこかでこれまでの概念や決まりにぶつかってしまう。環境、その地域に住む人々の考え、国境…。「ふわふわ」で広がる可能性、生まれる自由。でも、どこかで止まってしまう…。そんなもどかしさが力になっているようにも読める。

 後半は、更にとんでもない方向に物語が進みます。あまりにもとんでもなくて、一体どうなるの?と思わずにいられなかった。そして泉は新たなるプロジェクトを進める。ここでもまた、それまでの概念や決まりにぶつかってしまう。でも、泉は、いや「ふわふわ」はどこまでも自由を、広がる世界を目指しているように読んだ。最後、そのとんでもない展開が収拾したのには、もう驚き…非常に驚いた。何も制限するものが無く、どこまでも自由で、どこまでも広がる世界へ進んでゆける…実際にそうなったら、私もラストシーンのようになるかもしれない。

 読んでいてとても楽しかった。復刊してくれて有難い、読めてよかった作品です。
by halca-kaukana057 | 2013-06-28 22:41 | 本・読書
 しばらく読んだ本の感想を書いていませんでした。なかなか時間が取れなかったり、心身の調子が悪くて読書がはかどらなかったのが理由です。あと、書く時間が無かった、書く心の余裕が無かったのも。これから少しずつ書いていきます。

 少し前、南大西洋の海底に、沈んだ幻の大陸”アトランティス大陸”の跡かもしれないものが発見された、というニュースがありました。そのニュースで紹介されるのは、ジュール・ヴェルヌ「海底二万里」。そしてNHKでは、この「海底二万里」を原案としたアニメ「ふしぎの海のナディア」も。そういえば、子どもの頃リアルタイムで「ナディア」を観ていた時、毎回のオープニングの最初に出てくる「海底二万マイル」(アニメではこちらの表記)がどんな作品なのか、ずっと気になっていました。しかし、読まぬまま時は過ぎ…。
 昨年新潮文庫で新訳が出たので、これは読まねばと買い、ニュースを見て読み始めました(その間積読…)

海底二万里(上)

ジュール・ヴェルヌ/訳:村松潔/新潮社・新潮文庫/2012


海底二万里(下)

ジュール・ヴェルヌ/訳:村松潔/新潮社・新潮文庫/2012



 時は1866年。大西洋を航海していた船が、謎の巨大な何かに遭遇、目撃していた。パリ自然史博物館教授であるピエール・アロナクスも、その謎の巨大な何かが生き物なのか何なのか、考えていた。イッカクか?アロナクス教授は使用人のコンセイユとともに、高速フリゲート艦エイブラハム・リンカーン号に乗りこむ。そして、ついにフリゲート艦はその巨大な何かと遭遇。しかし、それと衝突し、アロナクス教授とコンセイユ、そしてクジラの銛撃ちの名手であるカナダ人・ネッド・ランドは海に放り出されてしまう。死に物狂いで何かにしがみついた3人は、それが例の巨大生物であることに気づく。しかし、それは生き物ではなく、鋼鉄で出来た潜水艇だった。その潜水艇・ノーチラス号の中に入れられ、アロナクス教授はその船長・ネモと出会う…。


 これが100年以上も前に書かれた作品とは…!ジュール・ヴェルヌのSFにもっと早く出会っておくべきだった…と感じました。その後、アロナクス教授たちはノーチラス号で海底の旅へ。世界のあちらこちらでの海の、生物たちの描写が詳しく、面白い。時には潜水服を着て、海底散歩へ。博物学にやけに詳しいコンセイユの反応が楽しい。コンセイユが本当にいい使用人で、コンセイユの出番を待ち遠しく思ってしまうw

 その一方で、ネモ船長はアロナクス教授たち3人を”捕虜”とした。ノーチラス号の中は自由に歩けるが、もう二度と地上には返さない、と。憤慨するのはネッド。海洋探検が楽しいアロナクス教授も、ネモ船長とノーチラス号の別の面を垣間見て、思い悩む。ノーチラス号の乗組員たちは聞いたこともない言語で会話し、衣食住の全てを海の恵みで成り立たせている。3人が一度島に上陸し、食べ物を探し、狩りをした以外は、魚介類ばかり食べている。そして、海は興味深い生物や地形だけを見せてくれるわけではない。難破船の残骸、ノーチラス号でも通過するのに危険な地帯、そしてネモ船長とノーチラス号の目的。謎めいたネモ船長の内面・過去・やろうとしていることと、未知の海の鮮やかな姿の対比が、ネモ船長のかなしさや暗さを際立たせる。

 SFとして、科学・技術ものとして読むのも、海洋探検ものとして読むのも、アロナクス教授たちとネモ船長の対比の物語として読むのも、どう読んでも面白い。

 この新訳は、完訳であることも勿論ですが、刊行された当時のエデュアール・リユーの扉絵、アルフォンス・ド・ヌーヴィルの挿絵も全て収めています。福音館もこの挿絵を収録しています。
by halca-kaukana057 | 2013-06-20 23:04 | 本・読書
 「ピタゴラスイッチ」特別編、「大人のピタゴラスイッチ」第2夜は「かなりむず」。「ちょいむず」だった第1夜よりも、難しくなります。大丈夫かなぁ…ついて行けるかなぁ…ちょっと不安。
・第1夜:もっと深く、もっと考えるピタゴラ 「大人のピタゴラスイッチ ちょいむず」

NHK:大人のピタゴラスイッチ

 と、観る前はちょっと不安だったのですが、そんな心配は必要ありませんでした。ピタゴラですもの。

 ひとつめのテーマは「機構」。百科おじさんが愛用している呼び鈴から、話が始まります。こんな仕組みだったのか…。私も中がどうなっているか、考えてましたが外れました。
 「機構」、よく聞く言葉だけど、その意味は?「ある目的のために動く仕組み」のこと。辞書では機械での意味と、会社や団体、組織での意味に分けて書いてあります。その「動く仕組み」をつくるために、様々な要素がある。番組で出てきたのは歯車やカム、リンク。歯車にも色々なものがあるんだなぁ。そして、この「機構」は身近なところにもある。車のワイパーには驚きました。こんな動きをしていたのか!!全くの予想外。様々なものは、どうやって、どんな仕組みで動いているのか。見えないところに何が隠れているのか。

 そして出てきたピタゴラ装置。これは…まさしく「機構」ではないか!!そのものじゃないか!不思議な組み合わせで並べられたレールやねじ、本、ばね…そこをビー玉などが転がり、次々と繋がってゆく。先ほどの例にはない、身近にあるねじや定規などを本来の使い方とは違う遣い方をして、ひとつの動き「機構」を作っている。その身近なものを遣う、というのがピタゴラ装置の面白いところだなと感じました。今後、ピタゴラ装置を観る目がまた変わりました。

 見えないところに何が隠れているのか…それを更に考えさせるのが「ブラックボックス人問題」。ある形のものを、様々な方向にしてブラックボックスの中に通すと…同じ向きに出てくる。何故?中はどうなっているの?想像したけど、2つとも外れました。でも、中は、思ったよりもシンプル。ちょっとした工夫で出来ている。「機構」を形作る要素として挙げられた歯車やカム、リンクもシンプルな構成。でも、ちょっと形を変えたり、組み合わせ方を変えると複雑な動きも出来る。元はシンプル、というところに驚き。

 「機構のロトスコープ」も、身近なものの中にある「機構」を探ります。扇風機の首振りと、トランペットのピストン。扇風機の首振り…こうなってたのか!こちらも、やはり歯車やねじを組み合わせた元々はシンプルなもの。そこからできる動きがあの首振りとは、意外だなとも思う。そしてトランペット。3つのピストンの押し方、組み合わせで管の長さを変え、音程を変えます。空気の動きがどうなっていたのか、これは興味津々。面白いのは、例えばドとソ、そしてオクターブ高いドは同じ管の長さなのに、音程は異なる。これは演奏者の息の吹き込み方なんだろうな(管楽器は演奏したことが無い、触ったことが無いので…)。「機構」だけで音が変わるわけではないところも面白い。

 私は、「ピタゴラスイッチ」を1年目から観てきた。2002年スタート、来年度・今年の春も放送が続けば13年目、なかなかの長寿番組である。ピタとゴラが、身近にあるものを不思議に思い、百科おじさんとテレビのジョン、スーに教えてもらう、という番組のメインコーナーは変わらないが、他のコーナーは色々と変わっている。新しく出来たコーナー。反対に、あまり観なくなったコーナー。長寿番組は、そこのところが難しい。番組のメイン、根幹は変えずに、新しい要素も取り入れる。この新しい要素も、番組が目指すもの、何をしたいか、何を伝えたいかに沿っていなくては、番組の軸がぶれてしまう。「何がやりたいの?」「変えないほうが面白かったのに…」そう思った番組はあるし、大体観なくなったか、短い間で終わってしまった(もっと長く続けて欲しい番組も勿論たくさんありました)。「ピタゴラスイッチ」は、番組の軸がぶれることなく、身近なところにある不思議や当たり前だと思っていたことの面白さや凄さを伝え続けている。すごい!(ピタの声で再生してくださいw)

 そんな新しいコーナーのひとつが、「こんなことできません」。通常なら有り得ない動きも、動きを一つ一つ分割して写真を撮り、その写真を繋げる。すると、ひとつの動きになって、有り得ない動きが出来てしまっている。本当に面白いコーナーだw

 人間の脳は、止まっているものでも繋げて連続して見ると、動いているように見えてしまう。「仮現運動」。そんな人間の脳の情報処理能力を研究する「認知科学」を応用して、「ピタゴラスイッチ」は難しいこともわかりやすく、面白く魅せて、伝えている。そうか、認知科学だったのか…。言葉そのものは難しそう、とっつきにくいと感じる。「機構」も、「仮現運動」も、「認知科学」も、第1夜の「アルゴリズム」も。でも、用語の難しさに捕らわれず、それが何を意味するものなのか、それを応用すれば何が出来るのか、何を伝えられるのか。今年で12年でも、その探求を続け、番組として表現している。テレビ番組、しかもNHK教育の、子どもたちが観る番組だからこそ妥協しない。佐藤雅彦さんをはじめとする「ピタゴラ」の挑戦を、今後も見守りながら楽しみたいと思いました。「ピタゴラスイッチ」、やっぱりただの番組じゃない。素晴らしい番組だ!

 水滴のピタゴラ装置は、驚きました。水滴がどう動くかだけでつくられている。シンプルだけど、つくるのは大変だ。
 そして、「どっちが本物」ひとつは本物、もうひとつは絵に描いたにせもの。でも、その絵がリアル過ぎてどっちが本物かわからない。遠近法を逆手にとった目の錯覚も使っている。凄いなこれ。

 「ピタゴラスイッチ」の凄さを実感した2日間でした。これからも楽しみにして観ます。

 最後に以前読んだ佐藤雅彦さんの本を紹介します。
考えの整頓

考えの整頓

佐藤雅彦 / 暮しの手帖社


 雑誌「暮しの手帖」に連載されているものをまとめたもの。「ピタゴラ」でも出てきたテーマもあります。佐藤さんの考え方の面白さがうかがえる本です。現在も連載は続いているので、「暮しの手帖」もどうぞ。
by halca-kaukana057 | 2013-01-05 23:02 | Eテレ・NHK教育テレビ
 年末年始、NHK教育の番組も様々な特番があって楽しいです。その目玉が、「大人のピタゴラスイッチ」。あの「ピタゴラスイッチ」が、深夜に大人向けになって登場。大人向け…あやしい意味ではありません。もっと深く、もっとディープに、もっと考える番組になってます。

NHK:大人のピタゴラスイッチ

 まず、オープニングのテーマ曲のアレンジからして違う!「10本アニメ」の声を担当している片桐仁さん(「シャキーン!」のジュモクさんでもありますね。NHK教育に欠かせない方のひとりです)がゲスト。百科おじさん、テレビのジョンも、普段とはちょっと話し方や雰囲気、ノリが違う。

 初日の「ちょいむず」は、「アルゴリズム」について。「アルゴリズム」は、「アルゴリズムたいそう/こうしん」でおなじみですが、そもそも「アルゴリズム」って何だ?数学やコンピュータ・プログラミングで出てくる用語だけど、私も実はよくわかってない。「アルゴリズム」とは、ある問題を解くための手順のこと。電車の車掌さんの手順、あるものをある順番に並べるための手順。しめじとジャガイモという例が、ピタゴラらしい。ねじねじの歌も面白い。大人の、いつもより難しい、もっと考える、とはいえ、その考えることそのものを面白いと魅せるやり方はさすがです。
 あみだくじの「レイヤー」も、そうだったのか~と思いました。

 さて、「アルゴリズムたいそう」もありますよ。その「アルゴリズムたいそう」が…なんと、「NHK交響楽団メンバーのみなさんと一緒」!! N響の皆さんが演奏しつつ、アルゴリズムたいそうを踊ります。勿論、オーケストラ編曲版。すごい!!N響の皆さんも楽しそうwいつも、かつての「N響アワー」や現「らららクラシック」、BSの「オーケストラ・ライブ」で見慣れたN響の皆さんが…w特に打楽器さんたちには爆笑しましたwそう来たかw

 このN響でアルゴリズムたいそうは、以前、やって欲しいなと思っていたものなんです。「ピタゴラ」初年度後半(1年目から観てますよ~)、アルゴリズムたいそうを様々な人々と一緒に踊るのを観て、NHKにはオーケストラ・N響があるのだし、そのN響やったら面白いだろうな、と考えてました。演奏も、N響によるオーケストラ編曲版で。でも、なかなか実現しないので、無理だったのかな、と思ってました。しかし…ここで実現するとは!!爆笑しつつ、感激して観ました。ありがとう、ブラボー!!
 ちなみに、エンディングの演奏もN響でした。

 普段の「ピタゴラスイッチ」も、身近にあるものを様々な見方から見ると、規則性や便利にする仕組みなど、「なるほど」と思う発見がある。身近なところに、様々な考え方から生まれたものが隠れている。見た後、自分もそれを探してみよう、と思う。「大人のピタゴラスイッチ」も、「ピタゴラ」の哲学と言いますか、テーマ、モットーが貫かれている。大人向けに、深く、難しくなっても同じ。大人も子どもも同じ。さすがです。

 さて、今夜は「かなりむず」。もっと難しく、深くなります。面白そうです。楽しみです。
・第2夜:「かなりむず」へ。
by halca-kaukana057 | 2013-01-03 22:51 | Eテレ・NHK教育テレビ

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


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