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 「古典部」シリーズも4作目。今度は短編集です。


遠まわりする雛
米澤穂信/角川書店、角川文庫/2010(単行本は2007)


 神山高校に入学して1ヶ月。奉太郎は居残りで家に忘れてきた宿題をもう一度書いていた。一緒にいた里志は、学校の怪談話を始める。放課後、音楽室に行った女子生徒が、誰もいない教室からピアノ演奏を聴いたという話。これは実際にあったことを、里志が聞きつけてきたという。宿題に苦戦している奉太郎のところへ、えるもやって来る。奉太郎は、えるよりも先に他の学校の怪談話を始めてしまう…。

 「やるべきことなら手短に」「大罪を犯す」「正体見たり」「心あたりのある者は」「あきましておめでとう」「手作りチョコレート事件」「遠まわりする雛」の全7作です。話は時系列で並んでいて、「やるべきことなら~」は入学1ヶ月後、「遠まわりする雛」は4月、春休み中の話です。

 今までの3作は、アニメを観る前に読んでしまっていました。なので、アニメとは関係なく純粋に物語を追って楽しんだり、このシーンはアニメではどう描かれるのだろうとアニメが楽しみになったり、そんなことを考えながら読んでいました。しかし、この第4作は「遠まわりする雛」以外はアニメを先に観てしまっていました。「やるべきことなら~」は、アニメ1話の後半(Bパート)に収められています。なので、アニメを観た時はこの話は原作にあったっけ?とわからず。後からこの短編に収録されていることを知りました。

 1年かけての短編なので、古典部の4人の関係も、奉太郎の「省エネ主義」の変化も楽しめます。古典部に入部し、千反田えるという不思議な女子に出会い、えるに振り回されつつもちょっとした出来事の不思議な箇所や、えるの過去と古典部の過去に向き合うことになった奉太郎。「やるべきことなら~」の最後、奉太郎がえるに影響を受けることに対して取ったある態度。それが、「遠まわりする雛」では、その態度を自分で動かそうとしている。第1作「氷菓」で、奉太郎の青春は灰色と里志と話していたが、薔薇色とまではいかなくても、桜色になったのかもしれない(バラも桜も好きですが)。むしろ奉太郎はそのぐらいでいいと思う。しかし、「遠まわりする雛」の最後、奉太郎が言いかけた言葉。あれは…実質…ですよね。アニメでは「!!?」となりました。でも一瞬。

 古典部の4人は、優しいと思う。「やるべきことなら~」の奉太郎、「あきまして~」のえる、「手作りチョコレート~」の里志はエゴイズムのようで、相手を傷つけたくなくて自分を守っている。えるは優しさをストレートに出す。「大罪を犯す」の事の発端、「正体見たり」の謎は解けても納得できなかったこと。謎や犯人がわかっても責めることはしない(「正体見たり」は少し違うけど)。背景を理解しているから。「遠まわりする雛」の最後、豪農の一人娘としての覚悟と決心も優しさが感じられる。

 「チョコレート事件」では、普段は竹を割ったような発言(特に里志に対して)の摩耶花も、わかっているから責めない。一方の里志の摩耶花への想い、自分に対する視点に、わかるような気持ちになった。摩耶花はずっと里志に想いを寄せている。中学3年のバレンタインも、里志にチョコレートをプレゼントしようとするも、里志にはぐらかされる。来年こそは手作りチョコレートを渡すから、憶えてなさい!と言う摩耶花だが…。その1年後のバレンタイン。里志は摩耶花の想いを知りながらもずっとはぐらかしてきた。何故だろうと思っていた。摩耶花のことが嫌いなわけじゃない。恋愛関係ではなく、友達でいたいからだろうか?と思ったら…。何か、誰かを「好き」になるということの意味。いつも飄々としている里志がこんなことを考えていたとは。里志の方が「省エネ」じゃないかと思ってしまった。でも、何か、誰かを「好き」になる、「こだわる」ことは、最初は楽しくても後から色々と厄介になってくる。それなら、と里志の方向転換に頷けてしまうけど、寂しい。
 奉太郎は「省エネ主義」だが、人の気持ちはないがしろにしない。「愚者のエンドロール」で入須先輩との2回目に会ったシーンを思い出す。

 アニメでは追加されているシーンがあります。「正体見たり」の最後、「チョコレート事件」の最後の方、「遠まわりする雛」の祭りが終わって奉太郎が里志と摩耶花といるシーンでの会話。これらは、アニメスタッフさんたちの優しさだと感じました。「正体見たり」が原作のままだと悲しい。バッドエンドではないけれど、えるにとっては辛いエンドだ。それを、ワンシーンを加えるだけで救った。「チョコレート事件」も摩耶花とえるのシーンを加えるだけで救われる。古典部の4人が、これからもいい仲でいられると思える。

 「心あたりのある者は」は純粋に推理そのものを楽しめる話。校内放送ひとつで、ここまで読み込めてしまう。面白い。アニメでも、部室で奉太郎とえるがただひたすら推理の会話をしているだけ。派手な演出はない。それなのに面白い。"世の中"を読み解く面白さ。それがミステリの醍醐味なのだと思う。

 アニメ化されたのはここまで。あと、アニメのために書き下ろした18話「連峰は晴れているか」は最新作「いまさら翼といわれても」に収録されています。この回も、奉太郎とえるの優しさが感じられる回だった。

 今後も古典部シリーズを読んでいきますが、アニメ2期が観たかったな…。例の事件の後に読み始めて、アニメも観たけど、本当に面白い作品。こんな素敵な形でアニメ化されてよかったな…。原作のストックがまだ足りないのでまだまだ先でもいいですから、2期が観たいです。
 コミカライズは第5作以降もやるとのこと。コミックを読む?

【過去記事】
氷菓 [小説 +アニメも少し]
愚者のエンドロール [原作小説 +アニメも少し]
クドリャフカの順番 +アニメも少し
by halca-kaukana057 | 2019-11-05 22:27 | 本・読書
 「古典部」シリーズ読み続けています。第3作の「クドリャフカの順番」。宇宙好きとして、タイトルに惹かれるんですが(でも意味がわからない)。



クドリャフカの順番
米澤穂信/KADOKAWA,角川文庫/2008(単行本は2005年)

 いよいよ文化祭が始まった。しかし、古典部の4人は浮かない顔をしている。手違いで、文集「氷菓」を印刷しすぎてしまった。30部の予定が200部。何とか完売させようと、えるは宣伝ができそうな団体に交渉に向かい、里志は古典部名義でイベントに参加し、そこで宣伝することになった。奉太郎は店番。摩耶花は漫画研究会があるのであまり顔を出せない。それぞれ、想いを抱いて持ち場へ向かう。えるや里志が行く先では、奇妙なことが起きていた。いくつかの団体から物がなくなり、そこにはメッセージカードと文化祭のパンフレット「カンヤ祭の歩き方」が置かれていた。文化祭が進むにつれて、その"被害"は広がっていった…。


 文化祭の始まりです。文集「氷菓」も完成しました。第1作で解き明かされた「氷菓」と「カンヤ祭」についてのことも書かれている文集です。
 この第3作は、古典部4人それぞれの視点で書かれています。今までは奉太郎だけの視点。4人の考え方の違い、見ている物の違い、それぞれに起こった出来事、それぞれの想いがストレートに描かれています。4人それぞれの想いがわかるのが嬉しい。そして、奉太郎の姉、供恵も登場します。文化祭でキャラクターも一気に増えました。
 賑やかで楽しい雰囲気なのですが、不思議な事件が起きる。様々な部活、団体から物がなくなる。その団体の頭文字と同じ頭文字の物が「失われる」。置かれたメッセージには「十文字」と署名があるが、神山の「桁上がりの四名家」のひとり、十文字かほも被害に遭っているので彼女が犯人ではない。一体誰が何のために?事件は壁新聞部の新聞などでも取り上げられ話題になる。そして、被害に遭った団体の法則性から、その犯人は古典部も狙っているらしいと…。文化祭がますます賑やかになります。学生時代の文化祭の賑やかな雰囲気を思い出します。

 その賑やかさの一方で、摩耶花の漫画研究会の雰囲気が…。同じものが好きで、集まったとしても、その気持ちのベクトルは同じではない。私も今まで何度も苦い思いをしてきました。それが表面化し、河内先輩と摩耶花が対立する。この対立した意見が興味深い。検索したら、どこかの大学の入試問題にもなったらしい(「古典部」シリーズはじめ、米澤先生の作品は入試問題に多数取り上げられているらしい)。ここで書くと長くなるので別記事にするかも。
 その対立で、摩耶花が例に挙げたある同人漫画。その漫画も鍵になります。
 この第3作は摩耶花が本当に頑張り屋さんで、強くなりたいという想いが伝わってきます。奉太郎は毒舌家と言っていましたが、ただの毒舌家ではない。先輩が相手だろうと、はっきりと自分の意見を言う。河内先輩側の部員に陰口を言われたり、意地悪をされても、落ち込むけれども負けない。一生懸命な子だとわかります。その摩耶花と河内先輩の橋渡しをする部長も素敵です。河内先輩も、最後には自分の想いを摩耶花に打ち明けてくれたし。

 里志も最初はノリノリで文化祭を楽しんでいるのですが、"事件"が進むにつれ、"事件"を解き明かそうと奔走する。現場に向かい、現行犯で犯人を捕まえてやろうとする。里志の想いもストレートで、一生懸命で…。今まで、「データベースは答えを出せない」と謎解きはしてこなかった里志が、何を思っているのか。切なくもあります。

 えるは各団体に交渉に向かうもうまくいかない。前作のキーパーソン、2年F組の入須先輩が再登場。えるにある指南をするのですが…。えるも一生懸命。でも…。第3作は、奉太郎以外の3人がとても切ない。それぞれの壁にぶつかる。それを青春と片付けてしまうか、もっと掘り下げるか。私はもっと掘り下げたい。青春に限らないことだから。

 その3人+河内先輩+"事件"の犯人が抱いているある感情。その掘り下げたいこと。「期待」と表現されています。自分にないもの、自分ではできないことを誰かに望む時に「期待」という言葉を使う、と里志は言っています。すごくわかります。「期待」だとまだまっすぐに相手に望んでいますが、ネガティヴな感情が入り交じると「嫉妬」、「羨望」などになる。私は自分のそんな感情をうまく扱えなくて、こじらせて「羨望」「嫉妬」してしまう。または、自分自身を責めたり、辛く当たってしまう。最近はそういう感情を抱きそうになったら、その対象(人)から距離を置くようにしたり、自分の気持ちを守るために「他者は他者、自分は自分。自分にできることをする」と考えるようにしている。素直に喜んでその対象(人)を賞賛できる時とできない時がある。難しい。人にはそれぞれ得意なものがあって、皆違うから、と思うのは簡単だ。でも、それを心から思い、自分は自分と割り切る難しさ。やりたいことがあるのにうまくできない一方で、身近な他の人が意外にもうまくできてしまった時の気持ち。別に勝負しようなんて思っていない。なのに、悔しい、なぁ…。私が、自分が、と主張し、その人よりも上に立ちたいのだろうか。そうじゃない。やりたいこと、表現したいことがあるのに、できなくて途中で止まってしまった。それが悔しい。
 これはまだいい。その他の人は、できてしまったことをあまり深く考えていない。その時だけで、その後はやろうともしなかったら。残念の一言では片付けられない。何故、と問いたくなる。あなたには才能が、技術があるのに。虚しくなります。5人の叫びたいような想いが伝わってきました。

 その一方で、"事件"を解いてしまった奉太郎。奉太郎は、自分が得意なこと、自分にできることを成し遂げ、「期待」にも応えた。でも、それをひけらかすことはなく、犯人と一対一だった。前作「愚者のエンドロール」で、入須先輩に言われたこと、奉太郎の読み間違いから成長した感じです。"事件"を解くだけでなく、文集の店番をしながらお料理対決では古典部のピンチを救った。「わらしべプロトコル」には笑いました。奉太郎は引き寄せる体質なのか。奉太郎は「省エネ」から脱しつつあるけれども、まだ「省エネ」なところがある。地学室から動かない店番を選んだこと。"事件"の推理は奉太郎にとっては、「他者は他者、自分は自分」だから。自分がやらなくていいことはやらない。自分ができることだけをしている。

 でも、最後には自分自身を取り戻す古典部の4人。皆優しい子たちなんですね。
 あと、「クドリャフカの順番」の中身が知りたかった。「夕べには骸に」も。これ以上はネタバレになるので書きませんが…どんなものなのか知りたかったな。



 GYAO!で配信中のアニメ「氷菓」も「クドリャフカの順番」の回が終わったところ。文化祭の描き方は、さすが京アニとしか言えません。とても賑やかで、華やかで、楽しい。えるが他団体に交渉に校内を奔走する…つもりが様々な団体の催し物に引かれ、楽しんでしまっている。好奇心旺盛なえるらしさを、アニメだからこその表現で描いてくれました。書道で書いた言葉はえるらしい。えるのあの写真はやっぱり京アニだな、と。摩耶花と対立する河内先輩は、最初は嫌な先輩と思いましたが、最後の本心を明かすシーンでは引き込まれました。心の内のネガティヴな感情を出す時の人間が魅力的に思えるのは何故だろう。供恵さんの顔を見たい、と思ったのですが…。なんという結果。
 オープニングとエンディングも変わりました。オープニングのアニメはすごいなぁ。エンディングのホームズのえる、ポアロの摩耶花が可愛い。
by halca-kaukana057 | 2019-10-21 22:58 | 本・読書
 米澤穂信さんの「古典部」シリーズ第2弾です。ちょうどGYAO!でアニメも配信中。ちょうどこの「愚者のエンドロール」の回を見終わったのでその感想も。


愚者のエンドロール
米澤穂信/角川書店、角川文庫/2002

 夏休み。古典部は文化祭で出す文集「氷菓」の編集に追われていた。そんな中、千反田えるは知人に誘われたので2年F組が制作したビデオ映画の試写会に行こうと言い出した。試写会に向かった古典部の4人。そこにはえるの知人である、2年F組の入須冬実が待っていた。ビデオ映画は「ミステリー」と仮題がついた密室殺人事件ものだった。しかし、映画は途中で終わってしまう。脚本を書いた本郷真由は、脚本を完成させる前に体調を崩し入院してしまった。入須は、古典部に、折木奉太郎に、本郷の脚本の続きの答えを出してほしいと頼む。犯人は誰なのか、トリックは?古典部の4人は2年F組のビデオ映画制作スタッフ3人から話を聞き、答えを導き出そうとするが…。


 2作目はミステリー作品をめぐるミステリーです。第1作「氷菓」ではよくつかめなかった摩耶花の性格、得意なこともつかめてきました。そして2年F組の先輩たち。入須先輩は本当に高校生なのだろかと思うぐらい大人びている。本を読み始めると最初にあるチャットの会話ログが出てくる。2000年代のインターネット上のサイトの交流ツールといえば、掲示板(BBS)とチャットだった。今の若い人には他人も見られるLINEのトークと言えばいいかな。最後まで読んで、もう一度最初のチャットを読むと、そうだったのか、と思う。

 ミステリーとは何か。推理ものとは何か。それを探る物語でもありました。作品中でも取り上げられますが、私が「シャーロック・ホームズ」シリーズを読み始めた時、殺人事件ものは苦手なんだけどな…と思いながら読んでいた。でも、「ホームズ」の作品にも色々な種類がある。これも推理もの、ミステリーなんだと思った。その頃思っていたことを、思い出しながら読みました。「ホームズ」はミステリーの入門書と私も思っていたのだけど…。ホームズ作品に思い入れのある里志の話が助けになります。また、里志から見た摩耶花についての発言もある。摩耶花もすごい子なんだよなぁ。

 今回も奉太郎の推理が炸裂しますが、奉太郎一人だけでは「答え」を導けない。「答え」に近づけない。里志、摩耶花、えるがいて、それぞれの視点があって、奉太郎も推理できる。そしてこの古典部4人のつながりは、入須先輩が見据えているものとはまた違う。奉太郎の「省エネ」主義と、入須先輩のやり方、見据えているものは完全一致ではないけれど、どこか近いものがあるのかもしれない。でも、奉太郎は変わりつつある。2回目に入須先輩と2人で話した時、奉太郎の叫びは「省エネ」とはほど遠いものだった。何人もの人間を思っている。

 ミステリーとは、人間の本質、人間の心理を追求するものなのかもしれない。危機的状況、窮地に追い込まれた時、人間は何を考えて何をするのか。読んだ後にそう思いました。

 GYAO!で配信中のアニメ「氷菓」は、2010年代にうまく合わせて、原作のポイントをうまく生かしたテンポのよいものになっていたと思います。入須先輩や、古典部が話を聞いた2年F組の3人、特に沢木口先輩はイメージ通りでした。アニメで観るとより原作の面白さを実感できる。11話の打ちのめされていく奉太郎の表情がとてもよかった。本当に絵がきれいで、その絵で登場人物の心の中を表現している。いいアニメだなと思います。

 古典部シリーズ、まだまだ続きます。
by halca-kaukana057 | 2019-09-28 21:58 | 本・読書
 以前、「満願」を読んで作者の米澤穂信さんのことを知りました。米澤さんの代表作でデビュー作と言えば、「氷菓」に始まる「古典部」シリーズ。タイトル、「古典部」シリーズのことは名前は聞いたことがあったけど中身はよく知らない。アニメ本編も見たことはない。気になるから原作を読んでアニメも観てみようと思っていたら…こんなことに…。
満願


氷菓
米澤 穂信/KADOKAWA、角川文庫/2001(初版は角川スニーカー文庫、2001)


 高校に入学した折木奉太郎。「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」をモットーとする「省エネ」主義者。これといって趣味もなく、何かに活力を持つことを浪費と思っている。そんな奉太郎は、世界中を旅している姉の供恵から、彼女が所属していた部活「古典部」に入れという手紙が届く。部員がおらず廃部寸前の「古典部」を守りなさい、と。
 その通りに古典部に入部した奉太郎は、部室の地学講義室に向かう。鍵を開けると、一人の女子生徒がいた。同じ新入生の千反田える。さらに、奉太郎の旧友の福部里志もやって来る。えるは鍵を持っていないのに講義室の中にいた。その時鍵は開いていたという。奉太郎がやって来るまでえるは部屋に閉じ込められていた…えるは疑問を持つ。

 ミステリーものと聞いていて、人が死んだりするのは全く駄目ではないがあまり気分がよくないなぁ…と思っていたが、そういう話はない。あらすじにも書いた、えるが教室に知らない間に閉じ込められていたこと。些細なことで、まぁいいかと流してしまいそうなことだ。えるには何も危害もなく、奉太郎も困ることも何もない。でも…。えるの一言「わたし、気になります」ここから全ては始まった。

 ミステリー、推理ものは殺人事件ばかりではない。「シャーロック・ホームズ」シリーズも殺人事件だけではない。よく考えてみると奇妙なことも依頼される。(そんな奇妙な話をうまく学園ものにアレンジした三谷幸喜:脚本のNHK人形劇「シャーロックホームズ」は素晴らしい、本当に面白かった)
 ほんの小さな違和感。些細な出来事。日常生活に埋もれて、そのまま見過ごして通り過ぎてしまうようなこと。そんな「日常の謎」に、「わたし、気になります」と興味を持つえる。情報通で様々な知識を提供する里志。えるの好奇心から逃れたいと思いつつも、興味を持ってしまい、それらをまとめて、推理する奉太郎。ホームズは、「君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大違いなんだ。」と言う。ただ「見て」いないで、「観察」した上で「気になる」と言うえる。「観察」して答えを導く奉太郎。とても面白い。導き出された答えも、日常の些細なこと。でもよく「観察」すれば面白い。奉太郎がこんなに推理力があるのは何故なのだろうか。成績もとてもいいわけではない(学業に関しても「省エネ」だから)。そのあたりは後のシリーズで明かされていくのだろうか。
 「古典部」にはもう一人、奉太郎の幼なじみの伊原摩耶花も入部する。私はまだ摩耶花のキャラがつかめていない。これも後々か。

 「古典部」の活動は特に決まってはいない。ただ、文化祭で文集を出すことが伝統となっているらしい。この文集と、えるの過去、家の話が大きな謎に向かっていく。
 最初読んで、随分堅い、古めかしい言葉遣いをする高校生だなと思った。奉太郎も、里志も、えるも、摩耶花も。でも、この雰囲気が彼らの通う高校・神山高校の雰囲気に合っているし、この大きな謎に対してちょうどよく感じる。
 前の記事の「ファースト・マン」、アポロ11号の月面着陸は、私にとっては歴史だ。でも、当時リアルタイムで生中継を見ていた人には実際の体験だ。このある過去についての「歴史」と「実際の体験」の差。私にも、奉太郎たちにとっても「歴史」だった出来事が、文集の謎を解くことで、「実際の体験」にはならなくても、もう少し身近な「過去の実際の出来事」になる。それが、今現在や未来につながることもある。不思議だなと思う。

 「古典部」に入ったことで、「省エネ」だった奉太郎に変化が。奉太郎は、青春を「薔薇色」と表現し、一方自分は「灰色」と例えている。こんな箇所がある。
俺だって楽しいことは好きだ。バカ話もポップスも悪くはない。古典部で千反田に振り回されるのも、それはそれでいい暇つぶしだ。
 だが、もし、座興や笑い話ですまないなにかに取り憑かれ、時間も労力も関係なく思うことができたなら……。それはもっと楽しいことではないだろうか。それはエネルギー効率を悪化させてでも手にする価値のあることではないだろうか。
 例えば、千反田が過去を欲したように。
(180ページ)
 奉太郎がえるの過去や叔父のこと、そして文集のことで触れたことは、奉太郎の「省エネ」とは正反対のことだった。それは、「薔薇色」とはちょっとちがうけれども、熱意がある。その熱意を受け取った奉太郎。今後、どう変化していくか楽しみ。
 続きのシリーズも読みます。


 では、アニメの話も少し。ちょうど小説を読んでいたら、GYAO!でアニメが配信開始されました。

GYAO!:アニメ:氷菓

 観てみました。まだ2話までしか観ていませんが面白い。原作を絵にするとこうなるんだなぁ、と思う。伏線、推理の鍵となるものが何気なく登場しているのがいい。ああ、これか、と。登場人物の口調も上述の通り、高校生にしては堅い、古めかしいが、今風のキャラデザのアニメに合うのがすごい。「古典部」の世界だと思えてしまう。アニメで観るとまた違う。面白さが倍になる。アニメも最後まで観ます。
 オープニングの映像もきれいで、Chouchoさんの歌もいい。奉太郎のことであり、えるの願いのようにも思える。そして、オープニングを観ていたら何故か涙が溢れてきた。ちょっと切ない歌のせいだろうか。それとも、スタッフクレジットを読んだせいだろうか。事件が起こった時はとにかくショックだった。このブログでも、「けいおん!」や「日常」を取り上げてきた。大好きなアニメだ。何かできることはないかとささやかだが募金もした。他のアニメを観ていても、大勢のスタッフさんたちがいて、このアニメはできているんだと思うようになった。この「氷菓」は、アニメそのものも面白いけれども、作り手のことを思わずにはいられない。アニメ「氷菓」は、その意味でも見届けたい。亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
by halca-kaukana057 | 2019-08-26 22:54 | 本・読書

満願

 以前、NHKでドラマ化されていて読んでみようと思いました。でも、ドラマは3作全て観られず…再放送ないかなぁ。



満願
米澤穂信/新潮社、新潮文庫/2017(単行本は2014)

 警察官で、交番長をしている柳岡の交番に新しく配属されることになった新人巡査・川藤。川藤は刃物を持って暴れる男に向かって発砲。男は死んだが、川藤も深く切られ死んだ。柳岡は川藤が配属されてから、この事件までのことを振り返る。川藤は警察には向かない男だったと…(「夜警」)

 表題作の「満願」他、全6篇の短編集です。ミステリー作品ですが、探偵や刑事の謎解きはなく、殺人事件や事故などの大きなものから、日常に埋もれてしまいそうな小さな出来事まで幅は広いですが、人間の命に関わる作品がほとんどです。

 読んで、どの作品も物語が複雑に練られていて、登場人物の心理描写も緻密、伏線やどんでん返しの展開に驚きました。どの作品を読んでも、読後は「怖い…」「怖い!!怖い怖い!!」の一言がまず出てきました。怖いです。

 子どものころ、家族に怪談話を話したことがあります。学校で覚えてきたのか。話をし終わって、お化け、幽霊が怖いと話すと、母親が「幽霊よりも、人間の方がもっと怖いんだよ」と。人間は人を殺めることもあるし、そこまでいかなくても傷つけたり、騙したり、残酷なことを考え実行してしまうのだと。その時はまだ子どもだったためよくわからずにいたのですが、成長するにつれてその意味がわかるようになってきました。そしてこの本を読んだ後で、人間こそ恐ろしい、怖いと実感しました。

 どの物語も、人間の心の奥底を生々しく描いている。「夜警」の川藤が発砲したのは何故だったのか。川藤が発砲した理由を知って、川藤の心の闇を恐ろしいと思った。「死人宿」はちょっと探偵のような感じではあるが、ラスト2ページの展開にゾクゾクした。一番怖いと思ったのが「柘榴」。人間はここまで残酷になれるのかと思った。「万灯」はなかなかハード。人を殺める心理とは何だろう…と思ってしまう。「関守」も特に怖い作品。都市伝説と、実際には何が起こっていたのか。「死人宿」と少し似た感じがあり、ホラーな面が強い。怖い。

 表題作の「満願」。弁護士の藤井は、学生時代に下宿をしていた家の妙子から刑期を終えて釈放されたと連絡を貰う。妙子は殺人事件を起こした。が、妙子の状況からして、もっと裁判で争えたが、彼女はもういいんです、と一審の判決を受け入れた。それは何故なのか…藤井は学生時代にお世話になった妙子のことを思い返す。
 穏やかで優しい妙子。苦学生の藤井のことを励まし、手助けしてくれる。しかし、妙子にはいくつかの悩みがあった。妙子が心の奥底に抱いていたある願い。妙子を取り巻く様々な人間関係が交錯し、事件へと向かっていく。あの事件には、妙子の本当の目的が隠されていた。その本当の目的があまりにも意外で、どういうこと?と思ってしまった。でも、理解できると、人間の心の深さと暗さ、妙子の決意の固さに驚くと共に、やっぱり怖いと思った。

 どの作品もだが、結末にも恐れおののくが、伏線をさりげなく含ませた過程にもすごいなぁと思う。事件の背景をしっかり描いて、全てのねた晴らしの結末に持っていく。だからこそ、結末で怖いと震え上がる。

 怖いものが待っているのはわかっているのに、面白くて読むのを止められなかった。この物語を面白いと感じている私も、心の奥底に残酷なものを持っているのかもしれない。

 この本は、読後、夜、暗い部屋が怖いとか、トイレに行くのが怖いとか、そういう怖さではない。もしかしたら、私の周りにも、今何かに向かって事が動いているのかもしれない…知らない間に…。そんな怖さだった。でもやっぱり、夜中にはあまり読みたくないなぁ。
by halca-kaukana057 | 2019-05-11 22:02 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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