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「~の曲」に考えたこと

 ニコニコ動画で、「作業用BGM」動画をよく聴きます。一言で言うと、色々な曲を詰め合わせた動画。ひとりのアーティストに絞ったもの、その動画を作成した人(うp主)の好きな曲を集めたもの、何かテーマを決めたもの、ただ色々詰め合わせてみたかっただけのもの…。それまで知らなかった曲に出会えたりするので、聴いているのが楽しいです。「作業妨害BGM」であることも少なくありませんw

 そんな、ある動画を先日聴いていました。クラシック音楽を詰め合わせたもの。ニコニコ動画はご存知の通り、動画の前に投稿されたコメントが表示されます。ある曲で、「~の曲だね」「~でよく聴いたw」というコメントがたくさん表示されていました。その曲は、有名なクラシック曲で、ある固定したイメージのある曲です。そこへ、「これは~の曲じゃない!」「~のための曲ではない!」というコメントが。しかも、コメントの色を変えて目立つように。そのコメントを見て、ちょっとしつこい、うざいなと思いつつも、ふと、こんなことを考えました。このコメントを投稿した人は、その曲をひとつの方向…狭い意味での「クラシック音楽」としか聴かない、「クラシック音楽」でしか聴かない・聴けない。それ以外は、あるべきではない。そんな考えを持った人なのかな、と。

 確かに、その作曲者は、まさか今のような形で自分の作品が使われるとは思ってはいなかっただろう。もし知ったとしたら、どう思うだろうか。そのコメントの主と同じように「違う」と言うかもしれない。

 でも、その曲が、今の形でよく流れる曲であり、それで、多くの人もその曲を知っている。曲になじんで、親しんでいる。クラシック音楽は、かつてはコンサートホールやサロンなどの限られた場所でしか聴く機会がなかった。その後、レコードやカセットテープ、CD,デジタルオーディオが登場し、一般家庭や学校、様々な場面で聞かれるようになった。それは、4楽章ある交響曲の第1楽章だけを聴くことも可能にした。聴きたい音楽を好きなだけ、何度でも再生できるようになった。また、メディアの発達により、ラジオやテレビ、映画などのBGM、テーマ曲として、クラシック音楽作品を利用することも増えた。この曲を聴くと、あの番組・作品を思い出す…なんてことはよくある。「クラシック音楽」の聴かれ方は、どんどん幅広くなっていった。

 これは、クラシック音楽が、より身近になってきているということではないだろうか。私たちの日常に、すっと入ってきている。日常のヒトコマで、当たり前のように流れている。クラシック音楽が、私たちの日常の中にあるということは、いいことではないかと思う。コンサートホールで、オーケストラや器楽ソロ、室内楽・アンサンブルの生演奏を聴くのも勿論大好きだし、その時にしか出会えない音楽という意味でも大事にしたい。その一方で、日常の様々な場面でも、クラシック音楽に触れられる。コンサートではあまり演奏されない作品が、日常でよく聴かれているというものもある。このような形で、聴き継がれてゆく作品もあっていいと思う。ひとつのイメージがあって、聴き継がれてゆく。環境や演奏される場所は変わっても、その作品のテーマやイメージが失われていなければ。

 ただ、私は「~の曲じゃない!」とは言わないけど、「~の曲、だけじゃないよ」と言いたい。一部分だけが使われているのであれば、是非フルで聴いてほしい。作曲者や、作曲された背景、何のため(劇音楽・オペラなど)の作品だったのか。オペラや組曲、交響曲であれば、他の曲、他の楽章も聴いてみて欲しい。少しずつで構わないから。そう思う。もっと、その作品の魅力に出会えると思う。

 こう書いていると、音楽へのアプローチ方法は無限にあるのだなと思う。あとは、流れてきた音楽に耳を傾け、じっと聴いてみる。どんな曲なのだろう?と思いながら、再生してみる。最初のイメージとは、違う感想を持つかもしれない。そこも、音楽の面白いところ。だから、音楽を聴くのはやめられない。イメージをあえて壊してみたくて、編曲版を聴くこともある。視点をちょっと変えてみたい、と。それもまた楽しい。編曲版から、原曲を聴くのも勿論ありだ。

 そして、また色々な音楽に出会いたくて、「作業用BGM」を聴いています。

はじめてのクラシック (講談社現代新書)

黒田 恭一 / 講談社


 このことを考えていて、そういえば黒田恭一さんも著書で何か書いてなかったな…と思ったら、書いておられました。「尋ねる耳」を持って、音楽に親しみたい。再読してまた強く感じました。
by halca-kaukana057 | 2011-06-24 23:25 | 音楽
 先日、久々にコンサートに行ってきました。チェロリサイタルで、初めて聴く作品も多かったのですが、作品も演奏も魅力的でとても楽しめました。コンサートの内容について、詳しく書くかどうかはちょっと考え中なのですが(勿論、素晴らしいコンサートでした)、聴いていて考えたことを。

 もっと自分は自由に音楽を楽しんでいいんじゃないかということ。

 ピアノでは、今はソナチネというアリ地獄にはまっているような状態(辛い・苦しんでいるわけではないのだが)。でも、世の中にはもっとたくさんの楽曲がある。ブルグ25終わったらソナチネ…というのがよくあるルートだけど、そのルート通りに「進まなければならない」わけでもない。もっと頭を柔らかくして、「こうしなければならない」という考え方を弱めて、もっと自由に、好きなように音楽を楽しんだらいいんじゃないかと感じたのです。

 以前は、「こうでなければダメ」という思いが、自分に対してだけでなく、人に対してもとても強かったと感じています(昔のピアノ・音楽に関する記事をよくわかるかと思います。それらの記事へのリンクは、今は時間がないので省略)。練習曲をやるなら曲集全部、楽譜も読み込んで、CDも聴きこんで、「テキトー」「一応」「なんとなく」は許さない。特に自分の場合は独学だから、よりしっかりしなくては。そうじゃないと、クラシック音楽は理解できない!、と。でも、今は考え方が柔らかくなってきたと感じている。自分のやりたいように、今はあいまいなところがあってもいい。その時理解できなくてもいい。ひとつひとつ、できることから、ゆっくりとやっていけばいいんだと思うようになった。

 音楽の楽しみ方はひとつじゃない。私は、ただ「音楽に触れていたい」だけなんだろうと思う。「音楽に触れる」、それは演奏することだけとは限らない。聴くこともそうだし、音楽に関する本を読んだり、楽譜を読み解いたり。そんなことを、自分のペースで、ひとつひとつやっていけばいいんだ。あとは「音楽が好き」という気持ちで進んでいける。

 ただ、好きなように音楽を楽しみたい…と思っても、演奏する場合、技術という問題が出てくる。弾きたい曲はある。弾けるかどうか自信はない。全くない。楽譜を読み込めるだろうか。指は回るだろうか。不安は多い。ピアノを練習する時、進まなきゃ、早くこの曲を仕上げなきゃ…と思う。あまり時間をかけてしまうのは、下手くそでカッコ悪いイメージがあるからだ。でも、そうじゃない。長い時間をかけて取り組むのもあり。時間をおいて、また取り組むのもあり。同じ音楽を聴いたり演奏したりしても、その時々で印象が違う…。不思議だ。音楽が伝えられるもの、音楽を通して感じられるものは、無限に広がっているのかもしれない。

 未だ、「挑戦すること」をためらっている自分がいる。でも、誰だって最初から弾けるわけじゃない。練習して、練習を積んで演奏という形になる。楽譜も何度も何度も読んで、そこに書いてあることを理解できるようになる。勇気を出して一歩を踏み出したら、何が見えるだろうか。何を感じるだろうか。踏み出してみたい気もする。

 とにかく、もっと肩の力を抜いて、音楽に接していけたらと思います。音楽だけじゃなく、他の趣味にも言える。

 なんか前に同じようなことを書いたような、書かなかったような気がしますが、今回のコンサートで感じたことなので、書き記しておきます。
by halca-kaukana057 | 2009-10-18 20:19 | 音楽

音楽へのアプローチ方法

 先日、「宙のまにまに」6巻感想の記事で「天文はアマチュアでもプロと肩を並べることが出来る学問」と書いた。そう書いていて、音楽もアマチュアでもプロと肩を並べることが出来るなと感じた。

 例えば、音大卒だけど音楽の道には進まず、でも趣味で音楽は続けている人もいるだろう。アマオケに所属している人もいるだろう。ずっと趣味で音楽をやってきて、コンクールで賞をとったり、小さくてもリサイタルを開いたりしている人もいるだろう。演奏動画をYouTubeなどにアップして、何万回も再生されている人もいるだろう。また、「技巧的に巧い」だけでなく、テクニックは拙いかもしれないけど表現で聴かせる人もいる。その人の演奏のよさは、ひとつの物差しでははかれない。初心者向けの作品でも、丁寧に読み込んで美しく演奏すれば、完成度の高い音楽になる。「音楽」へのアプローチ方法は広い。様々だ。

 ここまではクラシック音楽前提で書いたが、ポップスやロックでも同じことが言える。しかも、自分で作詞・作曲して「初音ミク」に歌わせてニコニコ動画にアップする…なんてことも出来る。ヒットすれば、CD化されることもある。ネットのおかげで、ますますプロとアマの垣根がなくなってきているのではないかと思う。

 私は、音楽へのアプローチ方法を狭い視点で捉えてきた。ピアノの独学という方法をとる一方で、以前、レッスンを受けている人に対する劣等感を感じていた。レッスンに通って師の教えを受けなければ巧くならない、そう考えていたからだ。でも、独学でも楽譜をじっくり読み込んで、CDを聴きこんで、その作品に対するイメージを膨らませて練習する。ひとつの作品を仕上げる進度は遅いかもしれないけど、自分なりの「演奏の楽しみ方」「音楽の楽しみ方」を実感できるようになってきた。さらに、その作品を演奏すること以上に、演奏することを通してその作品に込められたものを感じ取りたいと思うようになった。自分なりの試行錯誤の軌跡として、録音してみたり、動画を撮ってみたり。言葉や画像だけでは感じ取れないこともあるはずと、拙さをさらけ出すことを承知でそれをブログに載せてみたり。今も音楽とどう付き合っていくかは手探りの状態だが、その手探りが楽しいと感じる。

 でも、まだ音楽へのアプローチ方法を狭く捉えているなと感じる。未だに、独学であることに劣等感を感じることもある。発表会やオフ会に何度も参加している人の話を聞くと、一方自分は殻に閉じこもって…と思うこともある。自分が未体験の話を聞くと、それに惑わされて心が揺らいでしまう。視野が狭い、思考が硬い証拠だ。

 音楽へのアプローチ方法は、プロとアマ、初心者と上級者、レッスンを受けている人と独学者…と2つにはっきりと分けられなくなってきているのかもしれない。プロにも色んな演奏者がいるだろうし、アマチュアに関しては分類不可能だろう。だからこそ、自分のやりやすい方法で、やりたい方法で、皆それぞれ音楽を楽しめればいいと思う。どんどん発表会やオフ会に出て演奏を披露するもよし、ひとりで黙々と演奏するもよし。コンクールに挑戦するのもよし、動画を撮ってネットにアップするもよし。アマオケに入ったり、アンサンブルを組むのも楽しい。大人の初心者、独学者、もちろんOK!自分で演奏はしないけど、演奏を聴いて演奏者を応援するのもあり、だ。

 音楽への関わり方は色んな方法がある。ようやくそれに気がついた。音楽は、いろんな意味で「自由」なんだなと思う。以前読んだ「日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ」を思い出した。私も皆も、「自由」に、様々な方向から音楽を楽しめたらいいなと思う。そして、それを見た人が「楽しそう」「自分もやってみたい」と思えたら…とても幸せだな、と思う。
by halca-kaukana057 | 2009-05-02 22:36 | 音楽

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


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